その343 勇者を名乗る青年
避難民の移動を済ませた頃には、私に対する評価は綺麗に二分されていました。
一つ。
物腰穏やかに話を聞いてくれた、メガネの女の子。
一つ。
悪魔のように人を攫う、ジェットコースター系女子。
とはいえ、私が悪魔役を請け負ったお陰で避難民は皆、無事に中継点のビルに到着できたみたい。
危惧していた浜田さんの陰謀的なことは(今のところ)起こらず、最終的には屋上に集めていた食糧も含めて、何もかも運び込めた感じ。
リュック一杯に溜め込んだカップ麺をナナミさんに渡すと、
「よーしっ。これであとは、――あの鎧野郎と舞以だけだよっ」
「ええ」
「終わったら一度休憩して、祝杯あげよう!」
手を振って笑うナナミさんを背に、私は最後の往復作業に出ます。
もはや通学路と行って良いコースを辿り、私が東京ビッグモールの屋上に到着すると、すでにあっちこっちのバリケードが破られている状況でした。
私はぷかぷか空を飛びながら、屋上の高所に陣取っている犬咬くんと舞以さんの元へ着地します。
「はいどーも。おまたせしました~」
「おつかれさま♪」
唄うように言う舞以さんと、
「あ。俺、最後でいいっす。鎧、重いし」
と、真面目に挙手をしながら犬咬くん。
ちなみに二人の周りには、”ゾンビ”たちが我先にと手を伸ばしていました。
常人であれば半泣きしたくなること必至の絵面ですが……。
自分の足元に連中の手が届きそうになるたび、犬咬くんは剣を天に掲げて、
「――《セイント・ライト》ッ!」
何やらぴかーっと発光します。
どうもこれ、”ゾンビ”たちを怯ませる効果があるみたい。
潮が引くように怪物たちが後ずさっていくのがわかりました。
「ここは俺に任せて、先に」
む。
この男さりげなく、人生で一度は言いたい台詞を。ごく自然に。
とはいえ、彼の好きにさせる訳にはいきません。
私は彼の手を握って、
「逃がしませんよ」
と、念押しします。
私、――うっすら気付いてました。
たぶんこの人、やろうと思えば、自分一人だけ逃げ出すこともできたんじゃないかなって。
どういうスキル(或いはアイテム)を使うのかはわかりませんが、きっとそう。
「みんなの安全はまだ、ぜんぜん保証されてません。危険なのは、これからなんですから」
「そう……ですかね?」
「ええ。見てください」
私が指さしているのは、いま中継点になっているビルに、蟲のように群がっている”ゾンビ”たち。
「このまま、避難民全員を連れてビルからビルを飛び移っていくのには限界があります。どこかで地道をいかなくてはならない瞬間が来る。……その時、我々は殿を努めなくてはならないんです」
これはまあ、半分くらい方便。
都内の建物の多さなら、丁寧に進めばきっと渋谷近くまでビルからビルへと渡っていくことも不可能じゃありませんでした。
少し時間はかかるでしょうが、きっと安全なルートを模索することはできるはずです。
私にとって大切なのは、――この”勇者”を名乗る青年から、あらゆる情報を聞き出すことにありました。
彼はどのようにして”勇者”になったのか?
その目的は?
能力は?
仲間の数は?
數多光音さんとの関係は?
質問は山ほどあります。
「まさか。俺だって逃げ出すつもりは……。だいたい向こうにゃ、コウたちもいることだし」
「なら、いいんですけど。私一度、あなたと腰を落ち着けてお話がしたいんです。なんならお茶でも飲みながら」
「…………」
犬咬くんは応えませんでした。
それは言外に、「イヤだ」と言っているかのよう。
「”名無し”さん。戻る前に少し、この辺の”ゾンビ”でレベル上げしてもいいかな」
「えっ。……まあ、いいですけど」
”ゾンビ”ってあんまり経験値効率、良くないのでは?
すると、舞以さんが代わりに応えてくれます。
「この走るやつら、強いだけあって経験点も大きいみたい」
「へえ。それマ?」
「うん。マ。私もさっきレベル上がったもん」
ほほう。興味深い。
私が顎の下を撫でながら犬咬くんを見守っていると、――彼は一言、
「ここからは、”死人狩りの鎌”に武器を変えよう」
と、”相棒”さんに囁きます。
すると彼の持つ諸刃の剣が変異し、一本の巨大な鎌へと形を変えました。
よくお話の中で死神が持ってる例のアレを手に持った犬咬くんは、それをぐるんぐるんと振り回しながら、次から次へと襲い来る”ゾンビ”を斬り捨てていきます。
私はしばらく、日曜朝にやってる特撮ヒーローものの殺陣を眺めている気持ちでそれを観察していましたが、――どうやら彼、戦いながら例の”相棒”さんと相談している様子。
レベル上げは口実で、本当は二人っきりで話す時間がほしかったみたいですねえ。抜け目ない人。
「ねえねえ、”名無し”ちゃん。気付いた?」
「?」
「もし気付いてないなら、彼のこと《スキル鑑定》してみてよ」
「え、ええ……」
そういえば、いろいろバタバタしてて忘れてましたねえ。
んで、言われるがまま彼を見てみると……。
「ありゃ?」
「ね。おかしーよね」
たしかに。
ジョブも、レベルも、スキルも、――読み取ることができないのです。
こうしてみると彼、まるで普通の人みたいなのでした。
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