その342 往復作業

 ぴゅーぴゅーとお空を飛んで、ふたたびモール屋上へ。

 今のところ、外壁にしがみついている”ゾンビ”は、

 

「――《セイント・スラッシュ》!」

 

 なんかピカピカッとする光のエネルギー波みたいなので、犬咬くんが綺麗に追い落としてるみたい。

 私が戻ると、待ってましたとばかりに避難民のおじさんが手を振っていました。

 じゃんけんによるバトル・ロワイヤルの優勝者だというおじさんは、制汗剤をしゅーしゅー身体にふりかけて、


「大丈夫? 臭くない?」


 と、謎の気遣い。

 さすがに”ゾンビ”どもが迫る状況で、汗臭いかどうか気にしませんって。

 ってかこーなってくるとこっちの方の匂いも気になってくるゾ。


「いやあ、僕、汗っかきなタイプだからねえ……は、ははは」

「問題ないので、はやく背中に」


 おっかなびっくり、私の肩に腕を回すおじさん。

 柴田啓介さんという、元々どこかの会社の社長だったというおじさんを背中に乗せた私は、「少しだけ耐えられるということ。――それは永遠に耐えられるということ」みたいな彼なりの経営理念を散々聞かされながら、中継点のビルに到着します。


「ありがとう! お嬢さん! 幸運を!」


 黄色いハンカチを振りながら見送る彼を背に、モールにとんぼ返り。


 次は、工務店で働いていた小山内高宏さん(36)。

 その次は、医療関係の営業マンだった宮澤信太郎さん(40)。

 その次は、不動産関係の事務職で、平原重光さん(29)。

 その次は、ファミレスのバイト、三野宮義男さん(31)。

 その次は、売れないお笑い芸人だったという抜田康士さん(25)。

 その次は、大学院生で、中国史を研究していたという花田隆史さん(24)。


 皆が皆、そういう決まりがあるかのように制汗スプレーの臭いがぷんぷん。そして最後は黄色いハンカチを振ってくれます。

 ひょっとすると私、礼儀知らずのくっさいおっさんだったら途中で落っことすつもりだとか、そういうふうに思われてるのかも。

 いくらなんでも、ちょっと気分を損ねたくらいじゃ文句言いませんけどねぇ。


 とはいえ、気の遠くなるような往復作業にはうんざり。

 八度目の往復を終え、モール屋上に到着すると、


「全員の治癒、終わったよん☆」


 と、舞以さん。

 とりあえずは順調に避難できてますね。


 その後、重傷だったため後回しにしていた子どもたち、アカネちゃん、ヒデオくんを優先して中継点へ。

 次に帰ってきたあたりで、残る避難民は二十名ほどでした。


 その辺りで私、いちどギブアップ。

 連戦に次ぐ避難活動で、そろそろハラヘリがすごい。


「次、……移動したらたぶん、途中で”魔力切れ”になるかも」

「うっす、了解です。とりあえず、菓子パンなどを」


 私は、すでに用意されていた菓子パンを餓鬼のように口にねじ込みます。


「おいおい。……本当にこの状況で喰うのかよ……」


 という、一部の避難民のツッコミとも文句ともつかない声は無視させていただいて。

 私は不純物が混入する恐れのない、――しっかりと封がされた食糧のみを選んで口に運んでいきます。


 チョコチップメロンパンにクリームパン。各種ランチパックに、チーズ蒸しパン。

 ジャムパンにあんぱん、コッペパン。まるごとソーセージ、クリームコロネにアップルパイ。ミニスナックゴールド。カレーパン、やきそばパン。


 それぞれをもしゃもしゃもしゃもしゃと口の中に詰め込んでいると、


――まずは『本格ロシアンスープ・ボルシチ』、行きます!

――次、『柔らかい食感が嬉しいカステラ』って名前の缶詰ですぅ。どうぞ~。

――様々な海鮮系の缶詰にご飯を載せた、即席の『海鮮丼』っす!

――センパイの好きな『たこのけの里』を。


 いつだったか、みんなと協力して”ゾンビ”の群れと戦った時のことを思い出しました。

 そーいや私、……頼れる仲間がいたんでしたっけね。


 君野明日香さん。

 多田理津子さん。

 今野林太郎くん。

 そして、――日比谷康介くん。


 うーん。康介くん。

 今更ながら、惜しい人を亡くしましたねえ。

 別に、彼との記憶が蘇ったからといって焦って行動するような真似はしませんが、雅ヶ丘のみんなが心配する前には片をつけたい気がします。


 いつだったか明日香さんが一押ししていたナイススティックを頬張ると、ようやくお腹にものが溜まってきた感じがしました。


 奇人変人に向けられる視線を一身に受けながら立ち上がり、私は次の順番待ちに目を向けます。

 するとそこでは、世にも醜い「俺が次だ」「いや俺が」の喧嘩が繰り広げられていました。

 どうも、先ほど順番決めで出したじゃんけんの形がチョキだったかパーだったかあやふやな勝負があったらしく。


 モール内の出入り口に視線を向けると、”ゾンビ”たちの声がすぐそこまで迫っていることがわかります。

 ひょっとすると浜田さん、みんなが喧嘩するのも計算に入れてたのかな。


 私、声を潜めて犬咬くんに、


「バリケード、保ちそうですか?」

「恐らくは。……ただ、まさか”ゾンビ”が走り回るとは思わなかったから……」


 そのうち、ダメになるのは間違いない、と。

 私は納得して、少しばかり急ぐことにします。


「すいません、次の人、――」


 間髪入れず、二人の男性が手を挙げました。


「……は、実験的に、二人同時に運んでみることにします。勇気ある挙手、ありがとう」


 そして私は、有無を言わさずに二人の手をぎゅっと握りしめ、《魔人化》。

 私の髪の毛にしゅるしゅると腕を絡め取られた二人が「あ、いややっぱり後回しでいいです」みたいなことを言うのを無視して、モールの屋上から飛び立ちました。


 男二人、野太いテノールの二重奏が”鏡の国”に響き渡り、――やがて、中継点のビルに到着したあたりでフェード・アウト。


「どしたの?」


 目的地にて目を丸くしているナナミさんに「いえ、何も」とだけ応えて先を急ぎます。


 さすがにその時ばかりは、黄色いハンカチはありませんでしたが、……まあ、それくらいの方がいいのでしょう。

 こちとら、見た目は嘗められがちな女子高生なもので。

 多少、畏れられるくらいじゃなきゃ、規律が保てません。

 せめて、この”鏡の国”を出るまでは。


 飛行中の私は、一斉にじーっとこちらを睨んでいる”ゾンビ”たちを見ていました。

 この、狂気すら感じられる執念。


――真の勇名は、悪行によって成し遂げられる。


 なーんて、浜田さん言ってましたけど。

 やべーのってたぶん、これからですよね。

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