その341 素直じゃない人

 私たちがモール屋上に到着すると、犬咬くんを始め、この場にいる避難民は全員集合してる感じでした。

 とはいえ、見えない顔もちらほら。

 私が訊ねる前に、ナナミさんが応えてくれます。


「すまん。蘭はダメだった」

「蘭ちゃんが?」

「ああ。いきなり”ゾンビ”どもが走り出してきたもんだから……」

「そう、ですか」

「っつっても、参加者の蘇生は”王国”の仲間に頼んである。早ければもう蘇生されているかも」

「じゃ、蘭さんは一足先に帰ったってことで。切り替えていきましょ」


 するとナナミさん、力なく笑って、


「こうなったら、意地でもカメラを持ち帰って黒字にしよう」


 私は一度、屋上から階下を覗き込みます。

 見ると、先ほど吹き抜けで行われていた”ゾンビ”たちの組み体操が、ここでも行われている様子。

 山のように折り重なった死人達が、こちらに手を伸ばしていました。


「うわあ……。ちょっとこれは……急いだ方が良さそうですね」

「雑魚散らしは俺たちで対応します。”名無し”さんは輸送の方を」


 と、犬咬くん。


「食べ物なら、事前に屋上へ運び込んでおきましたので。適宜補給してください」


 では、とりあえず魔力の心配はなさそうですね。

 非常食のチョコバーもたっぷり温存してますし。


「ところで一つ、気になることが」

「え?」

「最初に見かけた、素っ裸の彼が見当たりません」


 すると犬咬くん、哀しげに首を横に振って、


「彼は死にました」

「へっ。……いつ?」

「つい先ほどです。飛び降り自殺を。人一倍繊細なやつでしたから」

「そう……ですか……」


 あまり良い印象のある彼ではありませんが、さすがに死んだとなると……。


「私が強く叩きすぎたせいかしら」

「いいえ、それとは無関係です。”名無し”さんに落ち度はありません。あいつがウンコ野郎だったんです」

「へ、へえ……」


 なんか犬咬くんの当たり、キツくなぁい?


「……まあ、いいでしょう。みんなを運び出すのが先決です」


 私が目をつけているのは、ビッグモールから大きな道路を挟んで建つ、七階建てのビルでした。

 この辺りの高層ビル群に比べれば背が低い部類に入る建物ですが、《魔人化》による空中飛行は無限に動き回れるわけではありません。

 可能な限り魔力の消耗を抑えつつ、避難民全員を移動させるには、そこが一番ちょうど良い案配なのでした。


「まずはナナミさんから。舞以さんは怪我人の治癒を。身体が健康な方から順番に運びます。殿は犬咬くん、舞以さん」


 私が指示すると、慣れた感じでナナミさんが私の背中に乗っかります。


「いくわよ、ヨッシー!」

「でっていう」

「はっはっは。ひひひ。”名無し”って時々、ノリいいよな」


 それには応えず《魔人化》を起動すると、避難民の間で「おお」という声が上がります。


「すげー、かっこいい!」


 という、ヒデオくんの珍しい感想を背に受けつつ、私は屋上を蹴りました。



 中継地点として選んだそのビルは、思った以上に都合の良い場所でした。

 何せここ、階下のオフィスまでは三重の頑丈な鉄扉で塞がれているため、”ゾンビ”の侵入を恐れる必要がほとんどないのです。


「一応、追加でバリケードを作っておくよ」


 と、珍しく自主的に動いてくれるナナミさん。

 蘭ちゃんの死があったから、彼女もおしりに火が点いたのかも。


「”死霊術師”にご注意を」

「わかってる。でも”勇者”の話じゃあそいつ、もうこの世界からとんずらしてるっぽいんだろ」

「ええ」


 なんでも”死霊術師”さん、個人としての戦闘能力はほとんど皆無なのだとか。

 だからもう、この”鏡の国”からはオサラバしている可能性が高いみたい。


「やるだけやって、自分だけとんずらとか、――気に入らないなあ。ねえ、”名無し”。そのうちきっと、蘭の仇を取ろうよ」

「もちろんです」

「じゃ、次の企画は”死霊術師”捜索スペシャルってことで」

「そうですね」


 私は苦笑して、


「それもいいんですが、――舞以さんとさっさと仲直りしてくださいね」

「は?」


 ナナミさんは訝しげに眉を段違いにします。


「なんでそんなこと……」

「だって今回の企画、ほんとは舞以さんと仲直りするために考えたんじゃないですか?」

「むぅ。”名無し”も気付いてたか」


 やっぱり。


「っつってもなあ。いろいろ難しいんだよ」

「いっそ、『意地はってごべ――――ん!』って頭下げちゃえばいいのに」

「ばか。そりゃ無理だ。一生無理」


 素直じゃないなあ、この人も。

 かわいい女の子同士、いつまでも仲良く暮らしていくことってできないモンですかね。ゆるふわ系の部活アニメみたいに。


「でも、――蘭に言わせりゃ、簡単な仲直りの方法があるみたい」

「どうやるんです?」

「さあ。それを聞く前に、死んじゃった」


 ダメじゃん。


 となると、……ちょっと困りましたねぇ。

 私、舞以さんとの約束があるんですが。


 ぼんやりそう思いつつ、私は投身自殺を思わせる具合にビルから飛び降ります。


 避難民の数は、まだ三十人以上。

 彼らの喉元に”ゾンビ”の手が掛かるよりはやく……作業を済ませないと。

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