その340 赤い靴

 西エリアを抜け、中央の吹き抜けがあるエリアに到着すると、


「うわ……っ」


 そこでは、わりと壮絶な光景が繰り広げられていました。

 先ほど、階下でたむろしている”ゾンビ”を地獄の亡者に例えましたが、いまはよりいっそう、その印象が濃くなっています。

 壁際に張り付き、二階へと手を伸ばす”ゾンビ”の群れ、群れ、群れ。

 それはどこか、お釈迦様が垂らした蜘蛛の糸にすがりつく罪人にそっくり。あるいは棒倒しに興じる小学生。


 賢いのは、一部の”ゾンビ”がわざと下敷きになって、後続の仲間のための踏み台になっている点でしょうか。

 これは、これまで自分の飢餓を満たすことしか頭になかった彼らでは考えられなかった協力プレーでした。


「これ、放っておくと、……すぐ二階に昇ってきちゃうな」


 私が無力な女子高生だったなら、あるいはそこで絶望していたかもしれません。

 ですが私にはいま、すーぱーぱわーがございます。

 ってわけでナイフを取りだし、魔法のステッキのようにそれをふりふりして《必殺剣Ⅴ》。


 吹き抜けを通り過ぎながら、ちゅどーん、という音を七度ほどさせて”ゾンビ”たちを蹴散らしていきます。

 哀れ”ゾンビ”たちは爆発四散。土台になってる優しい子たちを含め、四方八方へ吹き飛んでいきました。


 もちろんこれは一時しのぎにすぎませんが、時間稼ぎにはなるでしょう。

 いま重要なのは、とにかく全員が屋上に移動すること。

 そして、各階の階段を完全に塞ぐことです。

 避難民の安全さえ確保できれば、あとは屋上から別のビルまで空輸するだけ……と。


 今後の予定を頭に思い描いて、私は左右田舞以さんがいる場所までの道を急ぎます。


 ところで私、ちょっと不安に思ってました。

 彼女と二手に分かれたところまでは良かったんですが、そもそも舞以さん、”ゾンビ”の進入路を破壊できるようなスキル、持ってましたっけ?

 以前、調べた彼女の能力は、


ジョブ:踊り子

レベル:44

スキル:《体操術(上級)》《自然治癒(強)》《皮膚強化》《骨強化》《飢餓耐性(強)》《スキル鑑定》《カルマ鑑定》《実績条件参照》《火系魔法Ⅰ》《治癒魔法Ⅰ~Ⅲ》《短剣の扱い(超級)》《二刀流》《トランスモード》《剣の舞》《癒やしの舞》《解毒の舞》《歓喜の舞》《眠りの舞》《赤い靴》《すばやさⅤ》《電光石火》《回避Ⅴ》《にげる》


 という具合だったはず。

 見た感じスピード重視の構成だということが窺えますが、火系魔法を一番目しか覚えてないのはどういうことでしょ。

 なんとなく人間の心理として、火系のⅠをとったらⅢまでほしくなる気がするんですけどねえ。


 あと、もう一点。

 彼女の持ってる《短剣の扱い(超級)》って、どうやって取得したんだろうってこと。

 これ、私の《剣技(上級)》の上位互換って感じですごいくやしい。


 ちなみに私っていま、

・四つのクラスチェンジ可能なジョブ

・十六個の未習得スキル

 があるんですよね。


 やっぱ”超級”ってあれかな。

 上位系のクラスにならないと覚えられなかったりするのかな。

 でも、上位系のクラスって、まじでデメリットが大きいんですよねー。詳しくはいずれ。


 ……とかなんとか考えつつ、東側のエリアに向かうと、そこではぴょんぴょんと可憐にスキップしながらこちらに向かってくる舞以さんと、――彼女を追いかける、通路幅一杯の”ゾンビ”がいました。


『ギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

『グゲエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!』


「あ、”名無し”ちゃん、おっつっつー」

「おつー……。ってこれ、大ピンチなのでは?」

「だいじょぶだいじょぶ、いま片付ける。これ、ちょっと持ってて」


 そして舞以さん、空中でくるりと一回転、そのまま私に、小さくて可愛らしいスポーツ・シューズを二つ投げます。

 それをひょいと受け取りつつ、頭にクエスチョンマークを浮かべていると、いつの間にか舞以さんの足には、つるりとしたエナメルの、真っ赤な靴が。


 もちろん私も、それが彼女のスキルの一つ、《赤い靴》だろうということはわかります。

 とはいえ、それがどういう効果の術かは知りませんでした。

 これから何が起こるか目を見張っていると、舞以さんはその場でたん、たたたん、とタップを踏みながら踊り始めます。


 ブチ切れまくった”ゾンビ”どもを背景に、この人何やってるんだろ?


 とはいえ、彼女の表情は真剣でした。決して頭がおかしくなったわけでも、自分の仕事を疎かにしているわけでもないっぽい。


 見ていると、彼女の踊りは次第にスピードを増していきます。

 その動きを目で追うことができたのは、最初の数秒だけ。いつしか彼女の身体は、空気に溶けるようにその存在感を消していき……やがて、赤い靴だけが残りました。

 いま、私の目の前では、鮮やかな赤色の靴だけが軽快な音をさせて踊っています。


「ほへぇー」


 童話の『赤い靴』では、呪いの靴だけが延々と踊り続けたと聞きますが。

 私が目を丸くしていると、赤い靴はたん、たたんとステップを踏みながら、”ゾンビ”の群れへと向かっていきました。

 ”ゾンビ”たちは相変わらずこちらに全力疾走していますが、赤い靴の存在は特に気に留めていない様子。どうやら彼ら、靴だけになった舞以さんの存在を認知できていないようです。


 さて……どーなる?


 はらはらしながらそれを見守っていると、……ぽん! ぽぽぽぽぽぽぽん! 、と小気味よく、襲い来る”ゾンビ”たちの首が猛烈な勢いで刎ねられていきました。


「おお!」


 私、それを目に焼き付けるように観察します。

 何が起こってるかちょっと良くわかりませんけど、人智を超えたスピードによる攻撃が行われていることはわかりました。


 すごい、頼もしい……と思う反面、私の頭の隅っこで、彼女と相対した時のことを考えています。

 《防御力》があるから一撃でやられることはないでしょうが、目玉をナイフを刺されたら危険ですね。

 《魔人化》で距離を取って、技の終わりに魔法で遠距離攻撃、とかかな。


 ステップを踏む赤い靴が戻ってくる頃には、数十匹ほどいた”ゾンビ”の群れは綺麗さっぱり片付けられていました。


「はあ…………はあ、ふう! どうよ、いっちょあがり、ってね!」

「お美事」


 さすがに少し疲れたらしい舞以さんに、ぱちぱちぱちと拍手します。


「ところで、”ゾンビ”の進入路は?」

「もちろん、全部塞いだよん」

「ナイスです。……ちなみに、どうやって?」

「うふふふふ。それはひみつー」


 なるほど、まだ奥の手はあるぞ、と。

 ……うーん。

 やっぱできれば、この人とは戦いたくないですねえ。

 私みたいに器用貧乏なタイプって、ある程度の指向性をもってスキルを取ってきた人には適わなかったりするんですよねー。

 まあそれ、あくまでゲーマーとしての経験則ですが。


「では、屋上に向かいましょう。現状の説明は、道々で」

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