その326 下準備

「あっ」

「ああ」

「あーっ」

「ちょ、待て――――――――――――――――――――――――ッ!」


 私の叫び声から逃れるように、浜田さんは一目散。

 彼が向かっているのは、一階から最上階までが吹き抜けになっているモールの中央部でした。

 そこはすでに”ゾンビ”たちの侵入が始まっており、エスカレーターで運ばれてきた死者たちがうなり声を上げています。

 それでも、――私たちは、浜田さんの背を追いかけざるをえません。彼の始末だけは、この場で間違いなく済ませておかなければなりませんでした。


 私はその足取りから、彼の身体能力が人間のそれとあまり変わらないことに気付きます。

 彼のチートスキルは、――少なくとも、筋力を強化する類のものではない。

 先ほどの話はやはり、本当だったのでしょうか。


「なんだあいつ。”ゾンビ”どもに紛れ込むつもりか?」

「いや……」


 ”ゾンビ”は確か、”飢人”も攻撃対象のはず。

 ”ゾンビ”の群れに紛れ込んだとして、リスクを負うのは彼も同様でした。


「ただ、何も考えがないはずはありませんね……」

「どうするの?」


 スキップするような足取りで追いついていた舞以さんが訊ねます。


「私なら、すぐに追いつけるけど」

「いえ、――やはり攻撃は、私が」

「ねえ、”名無し”ちゃん」

「?」

「ちゃんと私たちのことも、頼って良いんだよ」

「あっ、はい」


 私の脳裏に、前世での私の失敗が蘇り。


「わかってます。ただ今は、《防御力》持ちの私が出ます」


 落ち着いて応えました。


「……ん」


 舞以さん、口元にちょっとだけ笑みをたたえて、


「わかった」


 その言葉を聞くか聞かないかのタイミングで、私は《魔人化》を行使。


――さっさと始末して、みんなと合流する……! そして”勇者”の正体を……。


 そう、少し焦りすぎたのがマズかったのかも知れません。

 魔力を放出して高速移動し、モール中央にある吹き抜けに飛び出した、その時でした。

 吹き抜けに、十数機ほどのドローンが待ち構えていることに気付いて、ぞっと背筋を凍らせます。


『悪いが、下準備をしっかりする方でね』


 浜田さんの声が、耳に聞こえていました。

 この辺りまで”ゾンビ”をおびき寄せていたのは、そのうなり声によって羽虫のような飛行音を誤魔化すためだったみたい。


「――やッば……!」


 急ブレーキ……できるようなスピードでは動いていなかった私は、蜘蛛の巣に囚われた蝶のように、敵の射程範囲の中央に飛び込んでいきます。

 その、ドローン全ての銃口が、正確にこちらを向いているのに気付いて……、


 私は、せめて少しでもダメージを軽減すべく、両腕で顔面を庇います。

 瞬間、私の全身を火炎が包み込みました。


 鼻につくガソリンの臭いと、焼け付く火。

 そして、髪の毛が燃えたときに香る嫌なにおい。


 軽い一酸化炭素中毒に陥ったのか、くら、と頭がぼんやりして、私は全身の制御を見失います。

 火だるまになった私は、ちょうど飛行機が墜落するような軌道でモール二階へ。そのまま派手にガラスケースを打ち破り、ハンバーガー・ショップへとダイナミック入店しました。


「……げ、ほっ」


 身体中のあちこちをガラス片で切って、思考に渇が入ります。

 浜田さんはすでに、足早にこちらに歩み寄っていました。


『おおっ。今ので死なないのか。まるでゴキブリだな』


 全身のダメージを確かめたところ、少なくとも大きな痛みはないっぽい。

 とはいえ、《魔人化》によって生み出された鎧は、焼け焦げてボロボロになってしまいましたけど。


「浜田さん……っ」


 私が彼に目を向けると、浜田健介さん、”飢人”とは思えないほどニコニコした笑顔で、


『決めた。次に人に化けるときは、きっと君の心臓を使うよ』


 彼の背後には、ガソリン入リの水鉄砲をたっぷり詰めたドローンが六台。どれも浜田さんの手作りらしく、モール内にある道具を組み合わせて作ったもののようでした。


 外の方に意識を向けると、たった今、舞以さんたちが”ゾンビ”に足止めを喰らっていることがわかります。

 袋だたきのつもりが、いつの間にやら各個撃破の格好に。

 いけませんね。以外と厄介だぞ、《電源》のチート版。


『まず君と、上にいる三人を殺す。次に避難民も全員殺す。そうすれば”勇者”はどうなるかな。腑抜けになってくれるかな……それなら、俺も仕事がしやすくなるんだが』


 その淡々とした、――冷酷な口調は、ここ数日の間に見せた”ちょっと頼りない”彼とは別人のよう。

 ”飢人”との話し合いはほとんど不可能。”ゾンビ”の人権を叫ぶようなものだと、前世の”私”が教えてくれました。


 私はさっと立ち上がり、ハンバーガー・ショップの机を蹴飛ばしながら距離を取ります。

 それにぴったり付き添うように、浜田さんが歩を進めました。

 彼は、ポケットに手を突っ込んだままの無防備な格好。

 そんな彼を守護するように、ドローンたちが追従しています。


 さて。どう攻略するか。

 一発ぶん殴れればそれで倒せる自信があるのですが……。


 うーん。やっぱ、さっき攻撃したときに殺しておけば良かったかな。

 でもあの時はまだ、疑惑が100%じゃなかったからなー。


 ……って、いかんいかん。

 こんなことじゃあ、笑われちゃうな。前世の”私”に。


『それでは。……死に給え。名も知らぬお嬢さん』

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