その327 巧みな相手

『う゛ぉ、……お、お、お、お……』


 さっと目を動かし、左右を確認。

 すでにお店の周辺は、新鮮なナマニクこと私に気付いた”ゾンビ”による包囲網が築かれつつあります。

 んで、目の前にはドローンに護られながらドヤ顔晒してる浜田健介さん。


 私はまず、状況を冷静に見定めなければいけませんでした。

 《雷系魔法Ⅲ》を使った攻撃が、これだけとは思えませんでしたから。

 とはいえ”ゾンビ”が近づいている以上、慎重に動く訳にもいかず。

 やむなく、私はいくつかの選択肢の中からもっとも安易な攻撃術、――《火系魔法Ⅴ》を使います。


「――《火柱》ッ!」


 私が叫ぶと、浜田さんの足元に魔方陣めいた紋様が生まれて、――彼はぴょんと、軽快な足取りでそれを回避しました。


『当たるわけなかろう。俺だって元”プレイヤー”だぞ』


 そんな軽口は無視。《火柱》はあくまで、目くらましに使うつもりでしたので。

 すかさず私は、《雷系魔法Ⅱ》を詠唱します。


「――《雷球》」


 周囲に複数の雷の球を出現させ、それら全てで六体のドローンを狙いました。

 ぱちぱちと輝くそれらは、一瞬だけふわふわと辺りを漂ったかと思うと、――矢のような速度で突撃、ドローンのプロペラ部分を焼き切り、撃墜していきます。


『おお……ッ!?』


 彼が驚く暇も与えず、私は前へと走り出していました。

 次は始末するという、確固たる決意を持って。


「――《雷手》ッ」


 そう唱えると、私の右手が目映い輝きに包まれます。

 《雷系》で強化された私の手は、”飢人”であっても即死させられる自信がありました。

 ちなみに、私が切ったカードはそれだけではありません。

 お気に入りの――


「うぅりゃぁあああああああああああああああッ!」


 《雄叫び》。

 これにより、


『ぐ、ぬ…………』


 怯んでいる浜田さんに、とどめの一撃を――、


「――!?」


 と、思った次の瞬間でした。

 足元に違和感があって私、その場で前倒しに転んでしまったのです。


「ふ、ぎゃっ!」


 びたーん、と、ドジっ子メイドのようにひっくり返った私は、足元が妙につるつるしていることに気付きました。


――何か、潤滑油のようなものがばらまかれてる?


 そう思って確認すると、あちらこちらから覗き見ている、無数の玩具類と目が合います。

 どうやらあれ、電気屋さんに並べられていたロボットみたい。

 絵面だけなら『ト○・ストーリー』を想起させる光景に、


――こいつらが犯人かっ。


 そう察知した私は、いったん《雷手》を解除、寝転んだままの態勢で、


「こンの、――《落雷》ッ!」


 出の早い《雷系魔法Ⅳ》で浜田さんを狙いました。

 しかし彼はいつの間にかハンバーガーショップから姿を消していて、最低でも視界内にいなければ当たらない《落雷》は、店内にあるレジスターを派手に焼いただけに終わります。


「くっそぉ!」


 毒づきながら立ち上が……ろうとして、いつの間にか先ほど見かけたロボットたちが、私の足元にまとわりついていることに気付きました。

 子ども向けに作られているはずのそれらは、明らかに本来の出力を超えた馬力で組み付いていて、――


「――ッ!」


 不意にそれらは、もの凄い勢いで赤熱化し、私の両足を焼いていきます。


「わ、わ、わ、わ! いたたたたたた!」


 地味に私、こんなに痛い思いしたの初めてかも。

 生足むき出しの格好が完全に裏目に出た形でした。

 反射的に、これ以上この攻撃を受けるとしばらく歩けなくなることを察した私は、


「――《水球》ッ」


 熱には水、ということで《水系魔法Ⅱ》を使います。

 すると、手のひらにぽよぽよした水の塊が生まれて、私はそれを赤く輝く玩具たちに接触させました。


「――――――――――ッ!」


 じゅううううう、と、白い霧のような煙が湧きだし、辺りを包み込みます。

 《水系魔法Ⅱ》は、使いようによっては自由にその形を変えることができるもの。

 私はその力を手袋のように使って、ロボットたちを丁寧に引き剥がしていきました。


「うー……いてててて」


 その後、《治癒魔法》で火傷を治した頃には、『ちょうしどうすか?』ってなもんで”ゾンビ”たちがこんにちはしています。

 私、そこで初めて気付きました。

 どうやら浜田さん、ラジコン操作できる玩具類を利用して、”ゾンビ”の動きをある程度制御してるらしい、と。

 だから彼、”ゾンビ”を招き入れたモール内でも自由に動けているのでしょう。


『う゛ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお……』


 私が行く手を塞ぐ”ゾンビ”どもをどう仕留めるか迷っている、と……、


「”名無し”ちゃん! 大丈夫!?」


 という声と共に、ぽんぽんぽんぽーん、と、ハンバーガーショップを包囲していた”ゾンビ”たちの首が撥ねられていきます。


「……舞以さん。浜田さんは?」

「ナナミと蘭が追ったわ」

「…………!」


 いけない。

 それ多分、わざと追わせてるんだ。


 正直言って私、……浜田さんを少し、甘く見ていたのかもしれません。

 彼ほど巧みに戦う”飢人”は、前世を含めてもなかなかいませんでしたから。

 あるいは、――あの、”駄目な大人”演技も全て、彼の手管の中だとしたら。

 私の脳裏には、彼のあの言葉が蘇っています。


――悪いが、下準備をしっかりする方でね。

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