その320 早朝のティー・タイム
そして、三日目の朝。
私たち四人は寝室として割り当てられた家具屋の隅っこで、食卓を囲んでいました。
四人が使うには少し大きめのそれには、熱い紅茶が並んでいます。
魔力の消耗がほとんどないこの場所にいては、ほとんど食事を摂る必要がありません。私たちの朝食は、実に簡素なものでした。
「……ようやく、四人揃いましたね」
さすがのナナミさんも、現実世界で待機させているスタッフが心配になってきたのでしょう。今日は早めに起きてくれています。
一晩経てば頭も冷えたのか、今の彼女はいくらか協力的でした。
ナナミさん、柑橘系の甘い香りのする煙草をぷかーっと吐き出して、
「それで、――今日は具体的に、どう動くの?」
「それは……うーんと」
「ありゃ? 話、進んでないとか?」
「ええ」
私は正直に言います。
「じゃ、段取りなしの出たとこ勝負でいっか」
「それはまあ、そうしたいところですが……」
「何よ。何か問題でもあるの?」
私はナナミさんに、ここの人たちの意志が統一されていないことを話しました。
すると彼女、けらけらと笑って、
「ばかじゃん。ここに残りたいヤツは、そーさせとけば?」
「ずっと残りたいわけじゃないんです。もうちょっと出発を先延ばしにできないか、とのことで」
「うわ、めんどくさ」
「とはいえ、放っておくわけにはいかないでしょう?」
「そりゃそーだけどさー」
ナナミさんはうぬぬと考え込んで、
「……なあ、”名無し”。あんまり、あの浜田って野郎を頼りにしない方がいいんじゃないかな」
「浜田さんを? なんで?」
「あいつ、みんなのリーダーっぽく振る舞ってるけど、実のところそーでもないんだってさ」
「え」
「アレよ、アレ。可愛い子の前で咄嗟にイイカッコして、引っ込みがつかなくなったパターンだと思う」
「えええええ…………」
まあ確かに、あまり頼りがいのある人ではないですが。
「
「そうだったんですか」
「ああ。――あくまで、ここのリーダーは、例の犬咬ってやつなのさ。だから、ヤツを通さなきゃ意見がバラける。さっさとキメたきゃ、犬咬を通すことだ」
「ふーむ」
そう言われても彼、こっちを避けているようですからねえ。
「蘭ちゃんは、どうしたらいいと思います?」
「え、うちですか?」
彼女、たった今、目を覚ましたみたいにまばたきして、
「うちは、……ええと。できれば、みんなが納得できるような形で避難した方がええと思います」
「ふむ。そうですか」
私、どうすればそうなるかを聞きたかったんですけど。
「舞以さんは?」
「…………――んー。そうだねえ……」
彼女、しばらく前髪を指で弄んでから、
「オモテの扉、開けちゃえばぁ?」
「オモテ、というと……?」
「一階の、鉄のシャッターが閉まってるとこだよ。昨日、ヒマだったから見に行ったんだ」
「ふむ。……それで?」
「アホほど”ゾンビ”が張り付いてた」
まあ、当然ですよね。
このモール周辺は、おびただしい数の”ゾンビ”で包囲されているんですから。
「あれ、すぐそばのコンソールを《雷系》の三番で動かせると思うんだ」
「なるほど」
「後はわかるよね? シャッターを内側から開けて、”ゾンビ”をわざと侵入させるの。あっという間にモール内は連中で埋まると思う。そしたらみんな、イヤでも移動したくなるんじゃないかな」
「それは、さすがに……」
リスクが高すぎる、というか。
「舞以にしては冴えたこと言うじゃん! それでいこう!」
「いやいやいや! 万が一、避難が間に合わない人がいたら……」
「みんながどこか一カ所に集まったタイミングでオモテを開けりゃあいい。そのまま屋上に移動できりゃあ、”ゾンビ”どもをシャットアウトできるしさ」
「…………うーむ」
その言葉に一瞬、「もうそれでいいかな」と思ってしまった自分が怖い。
さすがの私も、ノリで思いついた程度の浅知恵に乗っかるわけにはいきません。
「その作戦、あまりにも不確定要素が多すぎます。だいたい、万が一避難民の移動がスムーズにいかなかった場合、貴重な魔力の補給場所を失うことになってしまいます」
「あー、それもそっか」
舞以さんがあっさりと納得してくれたお陰で、その策は取り下げ。
私もほっと一息。
「しょーじきあたし、ここのおっさんたちを護ってやりたい気持ち、なくなってきてんだよねー。ぶっちゃけテキトーでよくね」
「まあまあ、ナナミさん。そう言わずに」
「ずっと思ってたんだけど”名無し”って、正しいことばっかり言うよな。昔は委員長タイプだった?」
「いや、そんなことは……」
むしろそーいうのとは真逆のタイプなんですけど、――ナナミさんがわりと極論ばかり言うから、いつの間にかそういうポジに。
「さすがに全員見捨てろとは言わんけど、縁もゆかりもないおっさんが二、三人くたばったところで、別にいいじゃん。気楽にいこうよ。そーじゃないとおかしくなっちまう」
「いや、それは、――」
と、私が何ごとか反論しようとした、その時でした。
海外ブランドの華奢なティーセットなどたたき割らんばかりの勢いで、浜田さんがその場に飛び込んできて、――私たちにこう叫んだのです。
「た、大変だ! ”ゾンビ”が!」
「え?」
「”ゾンビ”が出たらしいっ! すまんがみなさん、対処に出てくれないか……ッ!」
同時に私たち、思わず舞以さんの顔をまじまじを見つめました。
視線に気付いた彼女は、慌てたように両手を振って、
「……わっ。私じゃないよっ? ホントだよっ?!」
えー。
マジでー?
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