その315 鏡の国の避難民
非常口からモール内に入り込むと、空調が止まっているせいか少し澱んだ空気と、人気がないことに強い違和感のあるだだっ広い空間が私たちを出迎えました。
私たち四人が出たところは、どうやらモール内に出店している電化製品店の一つで、テレビやパソコンなどと一緒に、玩具の類もずらりと並んでいます。
その中を注意深く歩きながら、やはりここにはきっと複数の避難民がいるだろうと察していました。
というのも、玩具を扱っているコーナーにあるはずのプラモデルやボードゲームの類が、根こそぎなくなっているためです。
電気が使えなくなった今、非電源ゲームの面白さは大きく見直されていました。それはこの鏡写しの世界においても同様なのでしょう。
「あのー! すいませーん!」
蘭ちゃんの良く通る声が、がらんとした店内に響き渡ります。
しかし返事はありませんでした。
まあ、これだけ広いと無理もないか。
私たちはまず、最上階をゆっくりと歩きながら、声かけを行います。
一通り歩きましたが、やはり応じる声はありません。
こちらに気付いてはいるが、警戒している、といったところでしょう。
「私たち”中央府”の者です! 政府から救助にきました! だれかーっ! お話だけでも、できないでしょうかー?」
あらゆる可能性を考えて、我慢強く呼びかける言葉を変えていく蘭ちゃん。
そのうちのどれかが響いたのか、あるいは向こうの準備が整ったのか、
「おーい」
という返答が、建物二階の、――本屋があるあたりから聞こえました。
声を辿って動作を止めたエスカレーターを降りていくと、本屋に併設されたスターバックスの柔らかいソファが並んでいるところに、少なくない人々が集まっているのを発見します。
スタバのカウンターには、暇つぶしに組まれたものであろう飛行機のプラモがズラリと並んでいました。
そこに集まっている人数は十八人ほどでしたが、どうも他にも仲間がいるみたい。
とはいえ、この倍以上の人員が隠れていることはないでしょうし、想定より多くも少なくもありません。
共通しているのは、彼らのほとんどが男性だということです。
例外的にいる女の子はたった一人で、年齢は十歳かそこらでしょう。
彼女を護るようにして、同い年くらいの少年が勝ち気な表情をこちらに向けていました。
「救助って、――それ、本当ですか?」
男の人たちは皆、落ちくぼんだ目にこけた頬、ぼーぼーに生えた髯、といった出で立ちで、歳は十代から四十代までまばら。見た目はアキバの”プレイヤー”たちに似ていますが、決定的に違うのは皆、くたくたに心が弱っている点でしょうか。
無実の罪で檻の中にいる囚人達。
初見の私のイメージは、そんなところでした。
「ええ。もちろん」
「しかし、ここから身動きしようが……というかそもそも、あなたたち、どうやってここに?」
私は、ぴっと天井を指さし、
「空を渡ってきました」
「……ヘリコプターですか?」
「いや、私が魔法の力を使ったのです」
「ああ、なるほど。……あなたたちにも、特別な力が」
「ええ。そんなとこですね」
私の言葉は、じんわりと彼らの心に染み渡り、……その表情に希望の光が点っていきます。
やがて、代表者と思しき三十代くらいのおじさんが、目に少し涙を滲ませながら、私の手を握りました。
「……ありがとう。もう、一生ここで暮らしていくしかないかと思っていたんだ」
彼は浜田健介さんと言って、かつては食器類を取り扱う営業職をしていたそうです。
「一生分も食糧、あるんですか、ここ?」
「わからん。厳しかったかもしれない。量だけは豊富にあるんだが、――この世界の食べ物は、どうも栄養が少ない気がするんだよ」
その言い回しをするってことは……。
「あなたたちの故郷は、この”鏡の国”ではない?」
「ああ、……ああ! もちろんさ。死人が起き上がるようになってから何が起こっても驚かないようにはしてきたが、こんな奇妙な場所、さっさとおさらばしたいね」
「なんでみんな、ここにいるんです?」
「それは、……”勇者”くんのお陰だ、な」
「何ですって? ”勇者”?」
「ああ。彼が我々をここまで導いてくれた」
「ここにいますか? どなたです?」
「今はいない。ちょっと席を外しているようだな」
なるほど。
あの全裸の変態とは別人でしょうから、ここにはもう一人、”プレイヤー”の男がいると考えた方がよさそうですね。
さらに詳しく経緯を聞くと、こういうことのようです。
彼らは元々、(現実世界の)東京駅を根城にした避難民の一員でした。
東京駅のコミュニティは、少し前から都内の物資を一カ所に集めるプロジェクトを実施していたらしく、いま目の前にいる彼らは、そこから派遣されてきた探索班のうちの一つだそうです。
しかし日本橋周辺を探索中、運悪く”ゾンビ”の群れに出くわし、身動きがとれなくなってしまった。
間一髪のその時、たまたま通りがかったのがその、”勇者”くん。
”勇者”くんは、迫る”ゾンビ”の群れからみんなを救うため、一つのアイテムを使ったそうです。
それこそが、――。
「”脱出スイッチ”、ですか」
「彼はそう言っていたね」
……ふむ。なるほど。
多分彼が使ったのは、
――“脱出スイッチ(使用制限有)”は、使うことで世界のどこかに繋がる扉が出現します。ただし移動先はランダムです。
こっちの方じゃないでしょうか。
それで彼らは、この”鏡の国”に移動した。いや、してしまった、と。
とはいえ幸運だったのは、この東京ビッグモール近辺に扉が出現したことでしょうか。
”鏡の国”のモールの中に逃げ込み、自動ドアを施錠して、落ち着いて。
そして今に至る、と。
「……”脱出スイッチ”の移動先って、異世界も含めたランダムってことですか……」
うわ、怖。
それって下手すると、確率的には現実世界に移動する可能性の方が低いのでは?
これはさすがに、別のアイテムを選択した方がいいかもしれませんね……。
ぞっと背筋を凍らせながらも、状況はざっくりと理解できました。
つまりやっぱり、――この世界は、生きた人間のいない場所と。
そういうこと……かな?
私の三人の仲間はそれぞれ納得した表情を浮かべていましたが、一番ほっとしていたのは恐らく、七裂蘭ちゃんでしょう。
この特例の情報を持ち帰ることは、彼女にとっても重要な価値があるように思われますから。
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