その314 全裸男の隣で
その、不躾な全裸の男を引っぱたくと、彼は芋虫のようにひっくり返り、意識を喪失させました。
「な、なんですか、こいつ。最低……っ」
「アハ、ハハハハ。さすがに今のは、私もびっくり、だなっ」
そりゃそうですよ。
なんですか、出会い頭に「ヤらせろ」って。そんな挨拶あります?
うまく言えませんが……なんか、ものすごくトラウマが蘇る感じ。
まあ、品のない落書き見ただけでも、ここの人がどういう性格してるか予想できそうなものでしたけどねえ。
「これは、――他の人も注意して接した方がいいかもしれません」
「まあ、普通人なんて何人かかってきても負けないけど」
「油断大敵ですよ」
舞以さんだって、悪漢の欲望を満たすためにその身体を磨き抜いてきたわけではあるまいに。
「でもこの人、何か問題を抱えてるようだった」
「だからといって、他人に迷惑かけていい理由にはならないです」
「じゃ、――どうしよ。ふん縛っとく?」
「危険があるかもわかりませんし。そうしましょう」
舞以さんが、全裸男が脱ぎ捨てた(と思われる)衣服を利用して彼の両手両足を拘束する技を披露し、とりあえず一安心。
……しかしこの男、当たり所がよほど良かったのか、憎らしくなるくらい安らかな寝顔です。
「じゃ、私、――残りのみんなを連れてきますので」
と、その時でした。
私たちの間に、ひょっこりと顔を出したのは、――
「あら。妖精さんじゃないですか。おつかれです」
四枚の透明な羽根を羽ばたかせた、手のひらサイズの女の子。
”精霊使い”との戦闘後に仲間になった、《フェアリー》です。
『ヨウ』
「あなたから声をかけてくるとは珍しい。どうしました?」
『いや、――ちょいとばかり、言っておくことがあってサ』
「ん?」
『悪いんだけど、しばらくはオマエの命令、聞けないカラ』
「え? マジで? なんで?」
『ここ、アタシよりかなり強い、――”
「へえ」
『多分だけど、神サマとか、そーいうクラスの《加護》を受けたヤツがイル。このテリトリーじゃ、アタシらはダメ。なーんにもデキン』
「神の加護、ですか。……具体的にそれ、どういう?」
『簡単に言うと……ばちくそ運が良くナル。運命がそいつの味方をスル。《幸運》ってスキルの超パワーアップ版って感ジ』
ふーん。
《幸運》というと、”賭博師”さんのスキルの一つですが。
「まあとにかく、なんかものすごいヤツがいて、あなたはしばらく手助けしてくれない、と」
『そーいうコト。だからしばらく、一人で頑張れヨ』
「りょ、っす」
『そんじゃー、ばいびー』
「ほいほい。バイビー」
私が気軽に応えると、彼女は控えめに手を振って、再び存在が感じられなくなりました。
そんな私の姿を、舞以さんは少し訝しげに眺めていて、
「いまの、何?」
「いえ、ちょっと妖精さんとお話してただけです。気にするほどではありませんよ」
「妖精って……えっ。”名無し”ちゃん、頭、大丈夫?」
その口ぶりから、どうやら彼女、《フェアリー》を感知できてなかったみたい。
《精霊の気配Ⅰ》を持っている人とそうでない人の差、ということか。
「ご安心を。ストレスフルなご時世ですが、私は心身共に健康です」
「なら、良いんだけど」
「では、残りの二人を連れてきます」
「うん。……いってらー」
……このご時世、あんまり人前で妖精さんと話すの、良くないかもしれませんね。
変な人だと思われちゃう。
▼
その後私は、楽しげに菓子パンの話をする蘭ちゃんと、ぐちぐちと文句ばかり言うナナミさんを背負っては、東京ビッグモールまでの道のりを往復します。
「……たく。空飛ぶなんて、二度とごめんだぜ」
などと嫌味を言う彼女は、どこか舞以さんとの関係を探られたくないがため、わざとそう言っている気もしました。
ナナミさん、モールの屋上に着くなり、絶賛気絶中の男を見下ろして、
「って、おや、おや! ひひひ。なにこの男。ちんちん硬くなってんじゃん!」
「きっと幸せな夢を見てるのでしょう」
「はっはっは! 傑作だこれ! ビデオに撮っとこ!」
「……悪魔か。それはさすがに、止めて上げましょ」
「だめだめ! ちゃーんと全部、真実はあますことなく、ね!」
こちらが止めるのも聞かずにナナミさん、私たちがずっと目を逸らし続けてきた例のアレをがっつりカメラに収めます。
気の毒な彼。のちに”中央府”のお偉方の間で精査されることも知らずに。
「……それより、これからどーします?」
「とりあえず、他に誰かいないか探しましょう」
「こいつ一人だけかも」
「だったら仕事が楽で助かりますが、――まあ、違うでしょうね」
妖精さんによると、ここには”プレイヤー”がいるっぽいので。
ちなみにこの全裸男、念のため《スキル鑑定》しときましたが普通人です。
「じゃ、みんなニコニコ、人当たりがいい感じをお忘れなく」
「わかってるよ。――で、この男はどうする?」
「しばらく放っておきましょ。あの様子だときっとこの人、変わり者なんでしょう」
私が吐き捨てるように言うと、舞以さんも苦笑して頷きます。
「でもこの子、――わりと整った顔立ちなのに、なんでこーなっちゃったんだろね?」
「知りませんよ。たとえイケメンだろーが、発情した猿と同等の品性では、価値ある人とは呼べません」
「”名無し”ちゃん、すっかりこの人、嫌いになっちゃったのね。……ひょっとして……うふふ。私が選ばれたの、嫉妬した?」
「あっはっは。ない、ない」
そうして私たちは、敷地面積にして17万平方メートルもあるというその巨大ショッピングモールに入り込むのでした。
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