その316 マッシュルームな男の子
「ではさっそくですが、脱出の段取りを……」
私が問いかけると、浜田さんは少し驚いた素振りを見せて、
「ええと、――脱出って、今から、すぐか?」
「そのつもりですが」
「やる気は嬉しいんだが……もう少しだけ、準備の時間がほしい」
「この場所に未練が? 荷物はほとんど持てませんよ?」
「わかってる。でもここ、一時は永住する予定だったし、いろいろとあるんだよ。……それに肝心の脱出方法についても、しっかりと段取りを聞いておきたい」
「なるほど」
確かに言われてみれば、話が急すぎたかも知れません。
そもそも今の私、”魔力切れ”を起こすリスクがあるんでした。
「それに、――多分やけど、ここの人を移動させたら、”ゾンビ”たちもうちらに合わせて動くんとちゃいます? その辺どーするか、考えとかんと」
と、蘭ちゃん。
確かに、あの数に着いてこられちゃ、危なくてしょうがないか。
「あ、でもそれなら、ナナミには都合の良い技があるんじゃなあい?」
「黙ってなよ、舞以。スキルのネタバレは、さすがに許さんぜ」
「はいはい。……でもいいの? 向こう側では、あんたが撮った材料、待ってるスタッフが待ってるんでしょ」
「最長で三日はこっちにいるって言ってる。私んとこはいつだって、撮れ高優先なのさ」
「…………ふーん」
どこか険のある二人の会話は、とりあえず無視。
「じゃあ、今夜は一晩たっぷり”魔力”を補給して、明日以降、改めて脱出計画を練ることにしましょうか」
「そうしてもらうと助かるよ」
浜田さん、そういうが早いか、
「みんな! とにかくそういうことだ! ここにいない者には急いでこの件を伝えるとして、さっそく準備に取りかかってくれ! それと今夜は、食糧を放出して、盛大にパーティをしよう!」
「おおっ」と、仲間たちが嬉しげにどよめきます。
とはいえ、中に一人、訝しげな顔がありました。
ぼさぼさ頭が多い避難民の中で、几帳面に髪型をマッシュルームに刈り揃えた男の子です。歳はたぶん、私と同じくらいでしょうか。
「浜田どの。この一件、犬咬どのに相談せずに決めて、果たしてよろしいものか」
「はあ? ……いや、もし彼がこの場にいても、きっと同じように言ったに決まっているさ。何せ、我々をここに招き入れたことを気に病んでいたのは、他ならぬ彼自身だ」
「それは、――我輩もなんとなく気付いておりました、が」
「それに彼、さっき慣れない酒を引っかけているところを見かけた。今は案外、酔い潰れて眠っているのかも知れない」
「な、……なんですとっ。なぜそれを黙っていたのです」
「今日も昨日と変わらない、つまらない日が続くと思っていたのさ。この鏡写しの世界の、停滞した雲空のようにね。だから報告するまでもないと思って」
「ううむ……」
男の子と浜田さん、ちょっとだけ揉めているようでしたが、すぐに話はまとまったみたいで、彼は足早にそこを去って行きます。
浜田さん、気を取り直すように手を叩いて、
「さあ! それよりさっそく、食事の準備をしましょう! 今宵はこれまで我慢してきた分、豪勢にやるぞ!」
そして避難民の皆さんは、小躍りするように階下へ向かっていきました。
どうやら皆さん、よっぽど禁欲的な日々を過ごしてきたようですね。
「もちろん、君たちも食べるだろう」
「ええ……では、少しだけ」
「どうせここには戻ってこないんだ。遠慮しなくていい。……この世界の食材はどれも、ちょっと煮込んだだけで離乳食のようにぐずぐずになってしまうが、慣れれば悪くないよ」
……それ、「味は期待しないでね」って言ってるようにも聞こえますけど。
まあ、いいでしょう。
それはともかくとして私、”勇者”くんとやらに興味があります。
その”勇者”くん、どうやら男っぽいので、私が探しているあの”勇者”さんとは別人でしょうけど、どうしてそう自称しているのか……。
中二病の一種かな?
まあ、何にせよ。
そもそも、私の目的は”勇者”と”魔王”を斬り捨てることにあります。
どんな小さな手がかりであっても、見逃したくはないですからね。
▼
それから、少し後。
私は、スイッチが入ったように忙しく動き回る避難民の皆さんの中で一人、所在なさげにウロウロしている男の子に声をかけます。
「あの、すいません」
彼、ぴょこんとネズミのように首をこちらに向けて、
「なんでしょうかな?」
「さっきあなた、言いましたよね。犬咬くんがどうとかって」
「ええ」
「その人って、ひょっとして……」
「みんなが”勇者”と呼ぶ男にござる」
やっぱり。
「その人と会うコトってできそうですか?」
「それが、さっきから我輩も探し回っているのですが、なかなか見つからんのです」
「ありゃま。……普段から彼、そーいう感じなので?」
「いいや。犬咬殿はいつも、仲間を第一に優先できる男にござる。決してそのようなことは……」
なるほど。じゃあやっぱり、そこそこ良い人ってことなんですね。
彼がごく一般的な”プレイヤー”だとして、――もし本人が望むなら、仲間になってもらえれば嬉しいのですが。
「ひょっとすると、屋上にいるのかも知れませぬ」
「それはないと思いますよ」
あそこにいたのは、あの全裸男だけでしたし。
「あ、でも一人、失礼な男がいたので、ふん縛っときました」
「失礼な男?」
「そこの、スレンダーで美人な舞以さんに対して、なんかペロペロしたいとかそーいうセクハラを働いた男です」
「なんと。我々の仲間に、そのような無頼漢が」
彼は、信じられない、とばかりに顔をしかめて見せます。
「……まあ、いずれにせよ、屋上は料理のため、人が入りまする。その失礼な男も、しばらくすれば救出されるでしょう」
「そうですか」
気のない返事をして、
「それより、その”勇者”くんとお話したいのですが」
「承知にござる。彼を見かけたら、第一に貴女にお教えしますので……ええと、お名前は?」
「ここでは、”名無し”で通ってます」
「では”名無し”どの。ちなみに我輩は興一。高谷興一にござる。気軽にコウとでも呼んで下され」
「わかりました。コウくん」
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本日、レジェンドノベルス様から無事、発売いたしました!
それもこれも、いつも応援していただいている皆様のお陰(`;ω;´)……本当にありがとうございます!
また、漫画版の企画も順調に進行しているとのこと。
ってわけで、今後も引き続き頑張っていきますよ。
よろしくお願いします! ヽ(╹д╹)ノ
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