その307 断末魔
遠目には、くにゃっと曲がった毛虫のようにも見える東京タワーの頂上付近には、今はもう使わなくなったアンテナがびっしりと設置されているのが見えます。
私はそれらに足をかけ、ハシゴみたく昇っていって、――やがて、高さ333メートルのてっぺんに到着しました。
展望デッキからならともかく、ここから街を眺められた人は……きっと、工事関係の人とかを除いて、そういますまい。
「はあぁ……」
ため息を吐きながら、ゴジラに蹂躙されたような東京の街並みを眺めます。
遠く、中ほどからぽっきりと折れてしまっている東京スカイツリーが見えていました。
他にも、レインボーブリッジや六本木ヒルズも同じく、ぼろぼろに倒壊してしまっているようです。
東京湾の方に目を向けると、光の加減か、気味悪く真っ黒に染まった海が見えていました。灰色の空と、暗い海のコントラスト。
「ちょっと”名無し”さん! あれ!」
「ん」
蘭ちゃんに声をかけられて、そちらに視線を送ります。
「んー……?」
一瞬、私には彼女が何を言っているかよくわかりませんでした。
ですがしばらくして、六本木の方面から、一筋の煙がうっすらと上がっているのが見えます。
火が、起こっている。
さらに身を乗り出してよく見てみると、どうやら何かの建物の屋上で、……スープ的なものを煮炊きしているみたい。
ここからだと地上の様子はよく見えませんが、どうやら安全地帯があるようですね。
「やっぱり……!」
蘭ちゃんが叫びました。
「新宿の高層ビル群……よりも、少し方角が逸れますが……どこでしょ、あそこ」
「東京ビッグモールじゃありませんか? 都内でも有数のショッピングモールの」
「ほう、ショッピングモール、ですか……」
オイオイオイ、死ぬわアイツ。
「映画だと、なんだかんだ決まって悲惨な結果に終わるやつですけど」
「そうなんですか?」
「ええ。物資は豊富ですが、それだけ生存者同士の諍いも起こりやすい」
「でも、この世界じゃ、人が少なすぎて争いも起こらへんのとちゃいます?」
あー。
それは確かに。
「では、次の目的地は決まりですね。そのなんたらモールで」
「……………」
「気になりますか?」
「ええ」
もし、この世界に人が生きているのであれば、――あるいは、”守護”の立場的に厄介なことになりかねない、のかも。
もしくは、彼女なりにトールさんの気持ちを慮っていたりして。
とはいえ、なんにせよ、真実を隠匿するのにはあまり賛成できません。
「ねえ、蘭さん」
「え?」
「もし、あなたが……」
一言、彼女に声をかけようとした、その時でした。
ギギ! ガガ! と、怪獣が唸るような音がして……そして今度は、ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイエエエエエエエエエエエと、悲鳴にも似た音が、荒廃した都内に響き渡ります。
同時に、私たちが足場にしている東京タワーの頭頂部がたわんで、ゆっくりと傾いていくのがわかりました。
「わ、わ、わ、わ、わ!」
「――あ。これ、まずいかも」
呟いて、一応、一つだけ持ってきていたチョコレート・バーをひとかじり。
「ちょ、”名無し”さん! この状況でおかし食べます、ふつー?」
「私たちはもうとっくに、”普通”じゃなくなっているんですよ」
両足に全身の力を込めます。
そして、思い切り東京タワーの頂上を蹴り飛ばしました。
それがトドメの一撃となったのでしょう。
轟音と共に東京タワーは完全にひしゃげて、足元がおぼつかない赤ん坊のように傾いた後、ゆっくりと倒れていきます。
そして、
どおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんッ!
としか表現しようのない、爆発的な音。
辺りを雲のように覆う、灰色の土埃。
巨大建造物の崩壊。
その様は、――正直、見ていて震えるものがありました。
複製とはいえ、子どもの頃から見慣れた建物なだけに、尚更感じ入るところがあります。
東京のシンボルが、鋼鉄の身体を飴細工のようにぐにゃりと折り曲げていくその姿は、まるで塔そのものが「もう疲れたよ」とぼやいているようでもありました。
私は、《魔人化》により結晶化した部位を操作し、魔法のエネルギー(的ななんか)を放出しながらホバリングします。
タワー倒壊に巻き込まれた辺りのビルまでもが、連鎖的にひび割れていくのがわかりました。
ナナミさんたち、巻き込まれてなきゃいいけど。
……まあ、そこまで鈍くないか。
と、その時でした。
ぱんぱかぱかぱかぱんぱかぱーん、という、なんだか懐かしさすら感じられるファンファーレが流れて、
――おめでとうございます! 実績”被害総額:十億円”を獲得しました!
――おめでとうございます! 実績”被害総額:百億円”を獲得しました!
という幻聴さんのお言葉が。
「被害総額……こんな実績あったんだ」
「うちにも、なんでかそれ、手に入ってます~」
「マジか。一緒にいたからかな」
「……共犯扱いってことでしょうか」
話をしながら私たち、ゆっくりと近場のビルに着地します。
街を見渡すと、――タワー倒壊の余波は消えず、未だに悲鳴を上げ続けていました。
まるで、死にかけた獣の断末魔のように。
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