その306 東京タワー登攀チャレンジ
渋谷駅から東京タワーまでの道のりは、それほど難しくはありませんでした。
ちょっとだけ北上した先にある首都高速三号線を西向きに行き、そのうち見えてくる東京タワーになんとなく進路を変えるだけ。
この世界を少し歩いた印象は、――確かに、”死んだ世界”、”滅びた世界”というイメージがぴったり。ここがどういう意図で作られた空間なのかはわかりませんが、我々の住む世界よりもかなり多くの建物が、自重に絶えられず崩れてしまっています。
「複製品。――だから、あちこち作りが甘い、ということでしょうか」
「はい。これ、見てください。さっき始末した”ゾンビ”の持ち物なんですけど」
そういって蘭ちゃんが取りだしたのは、すこし血で汚れたお財布でした。
彼女はその中身を雑に取りだして、一万円札を広げます。
私はそれをちょっと空に透かしてみて、……一応、ナナミさんのカメラにも映して見せました。
「鏡文字になってますね。これが何か?」
「もっとよぉ見てください。お金って、偽造防止にかなり細かく印刷されているんですけども……」
「ええと。……ああ、なるほど」
「このお札、解像度が低いんです」
たしかに。
私の目の前にあるそれは、微妙に印刷が荒いっぽい。
ちょうど、型の古いコピー機で印刷したみたいに。
「へぇ~。面白いなぁ」
記念にそれを一枚、ポケットに突っ込むと、いよいよ見えてきました。
東京のシンボルといったら、これ。
お馴染み、東京タワーです。
しかし、この世界でのそれは、四本ある足場の一つが大きく地に沈み、傾いた状態のようで。
遠目にもそうなっているのに気付いていたとはいえ、間近で見たそのあまりの不安定さに、私たちは少し困惑しました。
「……どうします、これ。ワンタッチで倒れるジェンガみたくなってますけど」
訊ねると、蘭ちゃんはノータイムで応えます。
「もちろん、昇ります。ここまで来たんですから」
「でも、さすがに危険じゃないですか?」
「大丈夫です」
きっぱりと彼女は断じますが、――恐らくその場にいる全員が、彼女が言うほど「大丈夫」ではないだろうと感じていました。
というのも、この四人のジョブ・レベルの内訳は、
私
ジョブ:戦士
レベル:85
舞以さん
ジョブ:踊り子
レベル:44
ナナミさん
ジョブ:遊び人
レベル:53
蘭ちゃん
ジョブ:戦士
レベル:24
と、こんな感じ。
つまり蘭ちゃん、”プレイヤー”としてははっきりいって、あまり強くないのです。
私たちはその後、地上から直接メインデッキまで昇れる階段が完全に使えなくなっていることを発見しました。
「……それでも、外側を昇っていけば……」
「さすがにそれは難しいんじゃないですか?」
「大丈夫です。がんばります」
…………。
この娘、さては勢いだけで言ってますね?
「しかし、もし鉄塔が倒れたらどうするんです」
「大丈夫です。なんとかなります」
「っていうか、そもそもあなたでは、まず足場に引っかかることすら難しいのでは?」
「大丈夫です。……それは……」
そこで、ちょっと言葉が濁って、
「大きいハシゴを……見つけてきます」
「どこから?」
「どこかから」
ダメだこりゃ。
私は嘆息して、
「仕方ない、私が手伝いましょう」
うすうすそうなるだろうなと感づいていた提案をしました。
実を言うともう一人、能力的には楽々、鉄塔昇りができそうな人がいることには気付いていましたが、――まあ彼女、沈黙を守っているようなので。
「ひひひ。いいねえ。そんじゃ、”名無し”さんと蘭ちゃんのタッグで、東京タワー
「……了解しました」
あんまり例のあの姿、人前に晒したくはないんですけど。
ま、いいでしょう。
「掴みの映像は『異世界の東京タワー昇ってみたwwww』みたいなやつにすっか。頼んだよ~」
ということで私は、いったん全ての荷物をナナミさんに預けて、代わりに蘭ちゃんをおんぶ。
んで、《魔人化》を起動。
すると、ざわざわざわ……と、髪が蠢き、私の全身を甲冑の如く覆っていきます。
思った以上の反応を示したのは、
「わああああああああああっ! か、髪の毛に……お、犯されるぅっ」
背中に乗っかっている蘭ちゃん。
どうやら私の髪の毛、彼女の全身を繭のように包んでいるらしく。
「安心して。害はありません。たぶん」
「たぶんっ? たぶんって言いました、いま?」
「言い直します。害はありません。ぜったい」
「い、いまさらそう言われても……ひえええ……き、きんもぉ……」
私の必殺技を、そんなゴキブリ見かけたみたいに言わないでください。
ちなみに私たち、あとからナナミさんに感想を聞いたところ、「亀の甲羅を背負ってるみたい」な格好になっていたそうです。
見た目はともかく、これ、地味に新発見。
《魔人化》にはこういう使い方もあったんですねー。
これ、身体が弱ってる人を運ぶときとかにも使えそう。
とはいえ、
「か、身体がぜんぜんうごかされへんのですけど……」
「我慢してください」
「そんなぁ」
背中にいる彼女はこれに大いに不満なようで。
「大丈夫」を連発していた先ほどまでとは、ぜんぜん様子が違っています。
「いまから跳びます。舌を噛まないように」
「ふ、ふええ……」
言って、軽く右足を蹴ると、それだけでひょいと十メートルほどの跳躍に成功しました。
重力が軽くなった世界にいるようで、私はそのまま、弓なりに曲がった鉄骨を、てっ、てっ、てっと昇っていきます。
タワー全体が微妙に傾斜しているお陰で、昇るのは思ったよりも難しくなく、あっという間に展望デッキに到着しました。
「ここでいいですか」
「い、いいえ……できればもっと高こぉへ。やる決めた仕事は、――ちゃんとせな」
「りょーかい」
優しい怪物のようにそう応えてあげると、ささやくような口調で蘭ちゃんが続けます。
「ねえ、”名無し”さん」
「なんです?」
「うち、こっちの世界来てから、ずーっと嫌な予感、しとるんです」
「予感?」
「場合によっては、ナナミさんのカメラを、――壊してしまわなあかんかも」
「……どういうことです」
その言葉は少し震えていて、ずっとお腹の中に抱えていた毒を吐き出すようですらありました。
「この世界、――たぶんやけど、生きてる人、おる」
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