フェイズ3「ヴィヴィアン・ガールズの物語」

その271 おたからもとめて

 それは、カートゥーンの非現実的な街並みの中を、藍月美言があてどなく散歩している時のことだった。


「ねえ、おねえちゃん」


 声の方を見ると、暗い色の髪をした、どこか虚無的な表情の娘がいる。

 彼女は今、歪んだ形の木箱の影から、幽霊のようにこちらを覗き込んでいた。

 美言はまず、おや、めずらしいな、と思う。

 この奇妙な国、”アビエニア”において、美言より年下の娘というのはかなり少ない。まったくいないという訳ではないが、よほど特殊な才能に恵まれた娘でもなければ難しい。

 子供のお遊戯的な動画にまったくの需要がないわけではないが、編集技術などを学ぶには、ある程度の知性と努力が必要なためだ。

 だいたい、ここで無理して暮らすより、”グランデリニア”にある親元でのびのび暮らしたいというのが子供心というものである。


「なんだ、おまえ」


 親にも、のびのびした生活にも興味がない美言は、ぴくりと眉を上げて、少女に顔を向けた。

 少女の死角にある左手にはもちろん、投げナイフがある。

 もし向こうがこちらを害するつもりなら、本気で殺してしまう覚悟であった。

 安全な空間でも常に臨戦態勢なのは、この少女の特質と言ってよい。

 それに、この”アビエニア”では、殺人は大した罪にならないと聞いた。

 入国後の少女の死はもれなく、志津川麗華による蘇生が保障されているためだ。

 とはいえ皆、それまでの生活で培ってきた良心というものがある。進んで人殺しをする少女はいない。――この、藍月美言を除いては。


「おねえちゃんって、つよい?」


 この質問に関しては、わりと自分でも自信を持って応えることができる。


「つよいよ」

「そっか。……じゃ、一緒に探検、しない?」

「たんけん?」

「ん。――麗華、……ライカ・デッドマンの、秘密の宝物を探したくて」

「ばかね。子供がいけるようなばしょに、宝物があるものか」

「でも私、知ってるのよ。仲間が探してくれたから」


 美言はそこで、まじまじと娘の顔を見た。

 さっと櫛を通しただけの長い髪。

 幸薄そうだが、人形のように整った顔。

 丸くて、吸い込まれそうな黒い目。


 藍月美言は、嘘に詳しい。

 少なくともこの娘、嘘は言っていないらしい。そういう目と顔だ。


 ただ、彼女にとっての真実が、客観的な事実であるとは限らない。

 何かの見間違えとか、思い込みの可能性があるためだ。

 美言は慎重に訊ねる。


「それを、なんで私におしえるのよ」

「あなたみたいな、強い身体の人が必要なの。私、一人では何もできないから」

「ふうん」


 そう言われて、悪い気はしない。

 この無愛想な少女は、他人に褒められた経験が少なすぎるがために、この手の単純なおだてに弱かった。


「そこまで、とおいの?」

「ううん。このカートゥーン・エリアの中」


 それは近い。すぐそこではないか。

 であれば、歩いて十数分も掛からない距離であろう。

 時計を見ると、どうやら夕食まで時間はありそうだ。


――どうせぶらぶらしていた頃だし。


 もしうまくいけば、仲間たちが喜ぶ。

 明日香も綴里も、自分のためによく働いてくれている。

 食事も自分が一番良いものをくれるし、シャワーの順番も自分優先だ。

 明日香などは、昨晩髪を切ってくれたりもした。

 で、あれば、それに報いてやるのがリーダーの役目である。


 美言は嘆息して、いかにも「しっかり悩んだ」という雰囲気を出した後、


「しかたないわね。じゃ、いこうか」

「うん」

「私、藍月美言。――そっちは?」

「水谷、瑠依。瑠璃色の瑠に、依頼の依」

「ふうん」


 るり色の”瑠”とはどう書くのだろうか。

 よくわからないがさっきからこの娘、どこか高い知性を伺わせる。なんだか、大人を相手にしているような。


「じゃ、いきましょ? おねえちゃん」


 だがその懸念も、彼女のあどけない笑顔ですぐに掻き消える。


――うまくいけばラッキー、ってことにするか。


 そして美言は、瑠依と共にカートゥーン・タウンの裏側、――”スタッフ専用”と書かれたエリアに足を踏み入れるのだった。



 平時であれば仕切りに遮られ、”ランド”利用客は絶対に足を踏み入れられないようになっているその辺りは、表通りの美しくも整然とした見た目とは対照的に、様々な物資が雑多に置かれている。

 とはいえ、舞台裏を覗き見てがっかりするほど美言は子供ではなかった。

 裏で頑張る人がいるから、表で活躍するニャッキーたちが引き立つのである。


「……ニャッキー」

「うん?」

「ここに来てから、いちどもニャッキーを見てないけれど。ひょっとして悪い人にカンキンされてるのかしら」

「ああ……そうかもね。でも彼らならきっと大丈夫よ。魔法の力があるもの」


 瑠依は大人びた口調で応えた。

 何となく子供扱いされている気がして、美言はすぐに話題を変える。


「ところで、なにものなの、あんたのなかまって」

「”プレイヤー”……って言えば、わかるかな」

「ああ、……あのインチキどもか」


 すると瑠依は、くすくすと笑って、


「そう。そのインチキな連中が、見つけ出したのよ。……麗華が溜め込んでる宝物。……”実績報酬アイテム”をね」

「ふむ」

「さすがに《魂修復機ソウル・レプリケーター》はなかったけど、なかなか珍しいものが見つけられたわ。さすが、この規模の安全地帯を管理している”プレイヤー”なだけはある」


 などと、ほとんど独り言じみて言う彼女は、だんだん年下ですらないような気がしてきていた。


「つよそうなブキは?」

「え?」

「私、わるものを虫けらみたいにプチプチ、ぶちころせるブキがほしいなあ」

「えっと、……と、どうだったかしら? でも多分、探せばあるよ」

「そっか」


 そこで二人が辿り着いたのは、地下と地上を繋ぐ、物資搬入用のエレベーターである。

 エレベーターの扉は、人為的に取り外された痕跡があって、そこから中を覗き込むと、奈落に通じているような真っ暗闇があった。

 これには、肝の据わった美言ですら恐怖を感じそうになる。


「……ひょっとして、怖い?」

「まさか。ばかにしないで」

「だよね。あなたはつよい人だものね」

「うん」

「地下にブレーカーがあるの。それを起動してくれれば、エレベーター本体が動くわ。私はそれに乗って降りてくる」

「ふーん」

「言っておくけど、ブレーカーを起動しないと真っ暗で、宝物の部屋には行けないわよ」


 なるほど穴は、両腕を折り曲げて踏ん張れば、なんとかゆっくり降りて行けそうな雰囲気だ。


 美言は、大きく息を吸い込んで……手下たち二人の顔を頭に思い浮かべる。

 後ついでに、今はどこぞで昼寝中だという、もう一人の女についても。

 その時、どこかで彼女らの「ごはんですよ」という声が聞こえた気がした、が。


 構わず彼女は、宝探しの旅へと飛び出していった。

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