その272 ディズニャー七不思議
「……よいしょ、よいしょ……」
美言が両足を踏ん張りながら、少しずつ地下へ向かって……三十分ほどだろうか。
そろそろかと思って慎重に周りを探ると、あった。
叩けばぐわんと音が鳴る、薄い鉄扉だ。
扉中央にナイフを突き立て、てこの原理でそれをこじ開けると、よどんだ空気の部屋に出る。
周辺にはちょうどアルミ製の脚立が立てかけられており、苦心の末それを組み立て、天井付近にある操作盤に立てかける。
そこまでしてようやく、瑠依が”ブレーカー”と呼んでいたスイッチを操作することができた。
カチリと音を立ててそれを起動すると、廊下を白い灯りが照らす。
そして、エレベーターと空調が動く音。
瑠依が搬入用エレベーターに乗って現れたのは、それからすぐだった。
「……ちょっとだけ諦めかけてたわ」
「このていど、おちゃのこよ」
そして二人は、すぐ隣にある部屋に入り込む。鍵は閉まっていなかった。
その部屋はどうやら、季節ごとに使う衣装類を保管しておく場所のようだ。
中は整然としていて、驚くほど煌びやかな衣装類が番号ごとにつるされている。
特にもの凄いのは、ディズニャー・プリンセスたちが身にまとう、女の子の夢を体現したようなドレスの数々だ。
電灯に照らされたそれらは、普段見た目を気にしない美言ですら、少しだけぼんやりさせられる魅力がある。
「ねえ。目的地はここじゃないわ。早く先を行きましょう?」
瑠依にせかされて初めて、美言は自身の行動を恥じた。
この手の軟弱なものを憎んだからこそ、自分は今、ここにいるのだ。
「おたからって、ここからとおいの?」
「遠くは、……ない、はず。ここら辺は迷路みたいになっててわかりにくいんだけど」
「みはりは?」
「?」
「大切なおたからでしょ。みはりがいるのがフツーじゃないの?」
「それは……そうなんだけど。仲間からは、何も聞いてないかな」
「ふうん」
「きっとライカは、他人を信じられない人なんだわ。だから、誰にも秘密にしてる」
本当にそうだろうか?
物語の中では、宝物を仕舞う場所には、何らかの仕掛けを用意しておくのが普通だが。
場合によっては、来た道を戻る覚悟を固めなくてはならない。
その際、忘れてはならないのは、――あの搬入エレベーターの定員は一人だということ。
美言は冷淡な目つきで、先行する瑠依を見て、
「おまえ、仲間から地図とか、もらってない?」
「ううん。道のりはぜんぶ、頭の中にある」
「ちっ」
「なんかいった?」
「べつに」
確かに彼女は目的地を正確に暗記しているようで、その足取りに迷いはない。
衣装棚の間を、右に行ったり左に行ったり、時に脚立を使って通風口に二人で入り込んだり、すぐにそこから出たり。
途中、ギフト・ショップの在庫らしいチョコレート菓子の箱詰めを発見して、二人でお菓子を食べたりもした。
少し奇妙だったのは、瑠依がほとんどチョコレート菓子を食べなかったことだろうか。
美言の知る限り、チョコレートを好まない子供というのはこの世に存在しない。
本人曰く、
「すごく緊張していて、味がしないのよ」
と言うが、怪しいものだと思った。
どうもこの娘、奇妙だ。どこか人形じみている、というか。
突如こいつが襲いかかってきたとしても決して油断はしないつもりで、美言は彼女に続く。
「……ねえ、美言ちゃん」
「なに」
「あなた、ディズニャー七不思議ってしってる?」
「なにそれ」
「友だちの友だちに聞いたんだけどね。このテーマパークには、七つの秘密があるんだって」
「ふうん」
「そのうちの一つが、――ディズニャーの地下。この大きなテーマパークの下には、秘密の地下通路があって、そこから色んなものを地上に運び込んでるって話」
「そんなの、フシギでもなんでもないじゃん」
事実、今二人がいるのはその、”秘密の地下通路”である。
「うん。……だから、ほかの六つも本当なんじゃないかって、ヴィヴィアン達の間ではもっぱらの噂よ」
「ふうん」
二人はいま、巨大な黒幕が保管された棚の間を歩いていた。
部屋は大きめの長方形になっていて、演劇系のアトラクションなんかで使う大道具が仕舞われているようだ。
「で、ほかのむっつは?」
「ひとつ。アトラクション『小さな世界』の出口に中学生くらいの女の子が現れて、『また来てね』って言うんですって。その子は昔、ディズニャーで死んじゃった子の幽霊なんだって」
「ずいぶんとメイワクなやつね」
「ふたつ。アトラクション『恐怖の幽霊屋敷』は、雰囲気を出すために開園以来、一度も掃除されてない、とか」
「それ、ほんとうっぽい。あそこ、マジでほこりっぽいし」
「みっつ。ディズニャーの人さらい伝説。……なんでも、このテーマパークは迷子がすごく多いから、子供を攫って外国に売り飛ばす悪い人がたくさんいるんだって。でも、ディズニャーは色んなテレビ局のスポンサーだから、絶対に公にならないんだってさ」
「へえ」
あどけない表情で油断させて、素早く親指を両の目に突き立てる。
攫われた子供達は、なぜその程度の技術も持ち合わせていなかったのだろう。
「よっつ。ディズニャーでは、入場者の退場者の数が絶対に合わないんだって。ひょっとすると、人さらいの正体はディズニャーランドの人たち……なのかも」
「ふうん」
「いつつ。ディズニャーって、蚊とか烏とか、あんまりいないじゃない? それって、あちこちで秘密の音波が流れてるからだって聞いたわ。……その音波は人間には聞き取れないんだけど、ちょっとだけ心をおかしくしてしまう効果があるらしいの。だからみんな、このテーマパークに来たら大はしゃぎするのね」
「……………」
「さいご。二人目のニャッキー。……知ってる? ランドの中にいるニャッキーって、必ずたった一人だけなんだよ」
「ニャッキーはこの世界に一人なんだから、あたりまえじゃん」
すると、瑠依はちょっとだけ口元をほころばせて、
「まあ、そうなんだけどさ。でも、……ちゃんと探すと、二人目のニャッキーを見つけることができるらしいわ。二人目のニャッキーは、本物よりも身体が小さくて、顔も偽物っぽく、ちょっと不気味なんだってさ」
「へ、…………へえ」
「それで、二人目のニャッキーに気付いちゃった人は、ものすごぉく、恐ろしい目に遭っちゃうんだって……」
「ふうん……」
平坦な彼女の口調も相まってか、だんだん話に引き込まれつつある。
”ものすごく恐ろしい目”とはいったい、どういうことだろう。具体的じゃない分、不可解な怖さがある。
そんなときだった。
『うぉおぉぉぉぉ…………お、お、お、お、……』
雅ヶ丘で聞き慣れた、歩く死人のうなり声。
”ゾンビ”の姿を、黒幕の隙間に見かけたのは。
「あれも、七フシギのひとつ?」
「いえ……あれは普通の”ゾンビ”だと思う。でもおかしいな。そんな報告、受けてなかったけど」
瑠依の口調には、焦りが滲んでいる。
無理もない。視界が悪い中、おしゃべりに夢中だったせいで、すでに”ゾンビ”たちの包囲網が形成されつつあったのだ。
「たからものは?」
「あの先、ね」
「じゃ、ころすよ」
「……できるの?」
不安げな片割れに、美言は少しだけあの、寝ぼけ眼の眼鏡女の口調を真似ながら、応えた。
「シンパイいらないわ。――”二人目のニャッキー”の方が、よっぽどこわい」
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