その270 長いパン
「……はい! でーはー! 今日はこの、”中央府”から配給されたばかりのパンを、レビューしてみたいと思います! はい! 今回のこれは……ナイススティック! (ぱりぱりと透明な包装を破く音)こちら、山崎パンを代表するロングセラー商品! ゾンビだらけの世の中でも、まだ工場が動いてたことにびっくり! (しばし咀嚼音)……うーん、おいしい! 中のクリームが思ったよりいっぱい入ってて……そして甘すぎない! そして長い……いくらでも食べられる……長いし、……珈琲にもぴったり合って……」
私はそっと足音を消しながら、”アビエニア”にあるアトラクションの一つ、”ミニャーの家”の扉を開きました。
というのも、ヴィヴィアンたちへの聞き込みの結果、二人はいつもここらへんにいる、という情報を得たためです。
「うーん、おいしい! そして長い! 凍らせればきっと鈍器になる!」
中から聞こえてくるのは、天宮綴里さんのかなり無理して作った声。
これ……撮影中ってやつ、ですよね?
この”アビエニア”では「楽しませぬ者、喰うべからず」が鉄則と聞きました。
動画の視聴者数がそのまま暮らしの豊かさに直結するこの国にいては、彼女たちもまた、動画作りを行わなければ食べていけなかったのでしょう。
カートゥーンの世界観を再現した室内を見回して、普段使いするにはあまりにも遠近感の狂った建物を進んでいきます。
どうやらこの手のアトラクションは今、ヴィヴィアンたちが使う撮影スタジオになってるみたい。なるほど、この辺りの建物は一応、外部の音を遮断する作りになっていて、動画の撮影にはうってつけって感じがしました。
物珍しげに部屋を歩いていると、ぺちこーん、と、柔らかい暴力が振るわれる音が聞こえます。
「……いたっ! ちょっと明日香さん、本番中……」
「はいカットカーット!」
「え? なんで?」
「ばかっ! 綴里さんのばかっ!」
「……いたい! そんなにペチペチしないでください!」
「やる気あるんですか!? なんですか、なぜそこまで”長い”を連呼するんです? あと、凍らせて武器にするとか、ナイススティックに対する侮辱にもほどがある!」
「でも、他に表現しようがなくて……」
「パンのパリッとした噛み応えとか、クリームの『あれ? 思ったよりもこれ……これまじで?』っていう甘さとか、いろいろあるでしょうが!」
「そんなぁ……」
「ナイススティックは幼少の頃より、私が激推しし続けているパンの一つなんです。適当な仕事は控えていただきたい」
「初耳なんですけど」
「ただでさえ、我等が心のライバル、恋河内百花さんが『ジャム&マーガリン』を推す逆風が吹いてるとこなんですよ! それでも我々ナイススティッカーは敢然と戦うの! その心意気を忘れないこと! いいですか!?」
「ちょっとまって、ナイススティッカーってなに? 私、そんな集団に所属した覚えが……」
「い・い・で・す・か!?」
「ひええ……」
そして再び、気合いのぺちこーん。
どうやら二人、私がいない間にすっかり仲よし(?)になれたようで。
私は、撮影が止まっているタイミングを見計らい、ひょっこりと二人の前に姿を現わします。
「ども」
すると、ちょっとだけ険悪だった二人の表情が、ぱっと花が咲いたようになりました。
「”戦士”さん!」
「センパイ!」
二人は、山のようになっているナイススティックの包装をバックに、私の両手をそれぞれ握って、
「た、たすけて……っ。明日香さんが私に何本も、何本ものスティックを……私に……!」
「たすけてください! せっかく”守護”のコネで配給のパンを仕入れられることになったのに、綴里さんったらまじで食レポの才能がない! ナイススティックの袋を開けた瞬間のあのわくわく感を、これっぽっちも表現できずにいる!」
二人分の「たすけて」を、私は苦笑気味になだめて、
「二人とも、とくにおかわりなく?」
「ええ! 依然と変わらず”地下通路”暮らしですけど!」
それは何より。
そこで明日香さん、少し気遣わしげに眉をひそめて、
「私たちなんかより、センパイは……?」
「こっちもとくに、変わりありません」
「ってことは、記憶は……」
「戻りましたよ。もちろん」
「よかったぁ!」
前世の記憶の件に関してはなるべく、人に話さない、……しばらくの間は、そういう方針で動くつもりでいました。
そうしなくてはならない理由は二つ。
一つは、……あまり仲間に頼られすぎるようになってしまっては、前世の”私”がしたことと変わらなくなってしまうだろう、という懸念があったため。
そしてもう一つは、――もし私が、恋河内百花さんの言うところの”先生”ではないと感づかれた場合、彼女が再び《時空魔法Ⅹ》を使って過去に転生してしまう可能性があるためでした。
多少腹黒いところがあっても、百花さんが強力な味方であることには変わりありません。
今後も彼女には、私たちを手伝ってもらうことにしましょう。
「これできっと、ミサイルも飢人もみんなの蘇生も、ぜーんぶ解決ですね!」
「そうなるよう、がんばります」
「またまたぁ。謙遜しちゃってぇ」
すっかり安心したのか、心の底からにっこり笑う明日香さんに対して、綴里さんは少し不思議そうな顔。
私は、そんな彼女の疑問符をぶった切るようにして、
「それより! 私、お腹ぺこちゃんなんですけど! みんなでごはんにしません?」
この、少々強引な話題の変更には明日香さんが賛同してくれて、食レポ撮影はいったん中断することになりました。
「ところで、美言ちゃんは?」
「彼女は、――さっきまで手伝ってくれたんですけど、今はあっちこっちで散歩中。ここ、いろいろと楽しげなものがたくさんあるから……」
なるほど。気持ちはわからんでもない。
ディズニャーランド暮らしとか、チビッコの夢みたいなものでしょうからねぇ。住み心地がいいかどうかはともかく。
「それじゃー彼女を誘って、少し早めの夕食としゃれ込みましょう」
「りょーかい♪」
「あっ、でも……そういえば私、この国のお金、もってない」
「そこはご安心ください!」
そこで明日香さん、傍らにいる綴里さんの頭を妹のようにぽむぽむして、
「私が! この私がプロデュースした新参ヴィヴィアン、天宮綴里さんのチャンネル登録者数はただいま500人を越えたとこですので! みんなを喰わせるに困ることはありません!」
「500人?」
それ、私にはすごいのかどうなのかもよくわかりませんけども。
「ええ。この男の子みたいな体型と声が目新しいってバズったのが原因かと」
「へえー」
言葉とは裏腹に、明日香さんが綴里さんを見る目に冷たいものが籠もっている気がするのはどうなんでしょ。
メイド服を身にまとった少女は困ったように笑いつつ、撮影で使ったナイススティックの余りを、義務的に囓るのでした。
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