その265 長い長い特訓

 その後の特訓は、――驚くなかれ、私の体感で一ヶ月間、ただ一瞬の休みすらなく、延々と続きました。

 この世界においては私、疲れることも”魔力切れ”を起こすこともなく、永遠に戦い続けることができるようです。


 しかしその間、私はただの一度も刀を抜くことはできませんでしたし、前世の”私”に一発入れることなど問題外、といった具合。

 ただ、何もかも無駄だった訳ではありません。

 《魔人化》はすでに完璧に制御できるようになりましたし、これまで私の身についていた余計な癖も、ずいぶん取り除けたように思えます。

 ただ、それでもまだまだ。

 テレビゲームに例えるならば、ようやく「自分の思ったとおりの場所にキャラを動かせる」レベルに達した、と言ったところ。

 ここから達人の域に到達するまでは、並々ならぬ修練を続けなければなりません。

 思えば私の人生において、そこまで一つのことに執着するようなことはありませんでした。

 私は何ごとも「広く浅く」がモットーの趣味人でしたので、何か一つのジャンルに拘って、深淵の領域まで達したことがなかったのです。それは、物事を深く関わるようなことを、内心恐れていたせいでもありました。


「はあ、はあ、はあ、はあ…………」


 ただ、そんな自分に物足りなさを感じていたのも事実。

 「○○なら私にお任せ!」くらいの人物になれていれば、もっと自分に自信が持てたのでしょうか。もっと積極的に誰かに話しかけたりしていたのでしょうか。


「疲れたふりはおよしなさい。この世界では、体力は無尽蔵に在る」

「それでもその……気疲れというものが……」

「何日も風呂に入れず、ほとんど寝れもしなかった状態で、妹のように感じていた仲間を百回レイプして殺した悪党と対峙した時のことを想いなさい」

「心が弱った人に極端な例を出して”頑張れ”って雰囲気だすの反対!」


 ”先生”と呼ばれていた”私”は、ありったけの術を私にぶつけます。

 それらのほとんどは、見たことも聞いたこともないスキルばかり。

 どうやらこの人、少なくない”プレイヤー”を殺してそのスキルを奪い取っているらしく、とにかく技が多彩でした。

 ”戦士”や”魔法使い”の技はもちろん、”格闘家”、”奴隷使い”、”守護騎士”、”射手”、”獣使い”なんかの基礎的なスキルはあらかた使える、といった状況です。


 しかも、さすがイメージの世界、なんでもありといったところでしょうか。もう一人の”私”ったら、巨大な豚やらカマキリやらトラやらと、現実離れした”怪獣”を容赦なく繰り出してきて、勝負は混戦めいた様相を呈してきたり。

 ”射手”としての”私”もかなりの腕で、ゲームの世界でしか見たことがないような火器類でばんばん撃たれたりもしました。


「ってかこの世界、……ちょっとそっちに有利すぎません?」

「必要ならそっちも、ロケットランチャーを使っていいんですよ」

「使い方がわかりません」

「説明書を読めばいいじゃないですか」


 んもー。

 そんな暇、与えてくれないくせにー。


 とはいえこれが、戦う者としてとてつもなく貴重な経験だと言うことはわかっていました。

 ”プレイヤー”同士で殺し合うような事態になった場合、こんな風に一つ一つ、技を見せてくれるわけがありませんものね。

 あらゆるスキルの対策と、あらゆる攻撃の回避方法を身体に叩き込まれ、――ただ一方で私は、一つの真実に近づきつつありました。

 前世の”私”にまとわりつく、強烈な憂鬱の影。

 ”先生”としての”私”は、……哀しいかな、ほとんど生きる気力を失っている、ということに。


 その理由は、今の私には少しだけ理解できています。

 まるで少年漫画の登場人物のように、戦いを通じてお互いを理解し合うように。


 彼女は、確かに強い。誰よりも強い。それは前世における”プレイヤー”を含めてもそうでした。この人は早々に気付いてしまったのです。力の弱い者には誰も護れない、と。

 だから”私”は、ただひたすらに強さを追い求めた。いや、

 今ならわかります。

 それが、彼女の大きな誤り。


「刀を鞘から抜く、その程度のこともできないのですか?」

「ぶっちゃけかなり前から、やろうと思えばやれる気はしています」

「だったら何故……」

「意地です。あなたと同じで、私も頑固なのです」

「………………」


 彼女は”先生”と呼ばれながらも、そのくせ仲間をこれっぽっちも信頼していなかった。

 自分が一番強いから、何もかも自分一人でやることに決めていた。

 ”万能”を追い求めた。

 ですが、それは所詮、現実的ではない構想でした。

 いくら力を追い求めても、一人の人間にできることなどたかが知れています。

 そんな当たり前のことに、彼女は気づけなかった……。

 自分を、神に選ばれた者メアリー・スーだと思い込んでしまった。


「――ここのところずっと、あなたから反撃を受けていないのですが。やる気はあるのですか?」

「そう思うなら、さっさと私を殺してしまえばいいのに」

「…………ッ」


 そしてある日、気付いてしまったのでしょう。

 自分の道は、誤りであった、と。

 その誤りに巻き込まれて、もはや取り返しがつかないほどの人命を喪ってしまった、と。

 それこそ、下手な”敵性生命体”が奪ったそれよりも、ずっとずっと多くの命を。



 気がつけば、大切な想い出が詰まった泡沫の世界は、荒涼とした平地と化しています。

 私が心に思い描いた夢の国は踏みにじられ、今はただ、踊るように交叉する二ツの人影が存在するだけ。

 そして、自分でも感覚がわからなくなるくらい無限の時間が立った頃。


 むぎゅ、と。


 私は、前世の”私”の隙を突き、それほどふくよかではない乳を掴みました。


「………ふっふっふ」

「なんです、これ。セクハラですか?」


 私は皮肉っぽく笑って、


「虚を突いただけです。人は、――自分が思っているほど、あらゆるものに気をつけてはいませんから。あなたの気が逸れた瞬間を見計らって、おっぱいをふにふにしたのです」

「なめとんのか、われ」

「はっはっは。でも、ようやくコツを掴みました。”虚の一閃”。頭にぴこーん! って電球がついた感覚がありましたよ」

「…………ふん」


 彼女も、これには異存がないでしょう。

 優しくボインをタッチ(死語)できたということは、強く打つこともできたということですから。


「あなた……」


 同時に、前世の”私”の顔が険しくなります。


「結局、一度も刀を抜かないまま、本気の勝負をしようというのですか?」

「ええ、まあ」

「ひょっとしてあなた、嘗めてるつもりですか? あるいは挑発している?」

「いいえ」


 ただ、これは意思表示のつもりでした。

 私は、――決して、あなたと同じ者にはならない、という。


 きっとそれこそが、彼女の願いでもあると、そう気付いたから。


 ”先生”と呼ばれたもう一人の”私”は、ふっと力なく笑って、……その時初めて、彼女の方から距離を取りました。


「いいでしょう。……そろそろ、飽き飽きしていたところでしたし」

「同感です」

「約束通り。――次から、真剣でいきましょう」

「ええ」


 同じ顔の二人が、得物を構えます。


 長い長い特訓の果てに、ようやく決闘が始まろうとしていました。

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