その264 魔人(再放送)

 ではでは、と。

 大きく深呼吸して。


「――《魔人化》。……いきます」


 すると、


「――!?」


 ちょっとばかり予想外の出来事が起こりました。

 私の手から、……まるで、岩のように硬質化した、黒い結晶のようなものが生えてきたのです。


「ひえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ気持ち悪い!」


 この手の見た目を犠牲にするタイプの技って、あんまり女の子キャラは覚えないはずでは?

 黒い結晶は、私の全身を鎧のように覆っていて、ぱっと見、明らかに人外のシルエットを作ってくれちゃっています。

 そしてそれらは、にゅるにゅると私の手元にある刀まで巻き込んで、身体の一部として取り込んでいるように見えました。

 念のため、ぺたぺたと顔に触れてみたところ、どうもそこだけ露出している状態らしい。


――汚い聖闘士セイント


 何故だか、そんな自虐的な言葉が頭に浮かびました。


 そこでようやく、発見したことがあります。

 この、全身を覆っている鎧のようなもの……どうやら、体毛が変化したものらしい、と。

 この事実に気付いた瞬間、私は思わず失神しそうになってしまいました。

 私と同じ顔をした彼女ですら目を見開いて、


「うわあ! すごいキモい! 思ったよりもかなりキモい!」

「あなたがそれ言っちゃダメでしょ、あなたが!」


 私はぷんすか怒り狂いながらも、奇妙な感覚に襲われていました。

 身体がふわりと浮き上がっているような……世界から重力が失われてしまったような感覚です。

 私は、その場で何度がジャンプして、新しくなった身体の扱いを試しました。


「どう?」


 問いかけるもう一人の”私”に、


「うーん……なんか、『仮面ライダーに変身するってこんな感じかな?』っていう雰囲気があります」

「私を、やっつけられそうですか?」

「なんだか、やっつけてもらいたいみたいな言い方ですね」

「そうでもないですよ。私だって自我の消失は恐ろしい」

「でも……まだ、本番じゃ、ありませんよね?」

「ええ。あなたはまだ、私の足元にも及びませんから」


 それを聞いて、私は不思議と安心していました。

 何故か私は、ずっとずっと、彼女とこうしていたいと思っていたのです。

 奇妙な話ですが、それは……私が、生まれて初めて、自分ではない誰かを愛した瞬間だったのかも知れません。

 こう言ってしまうと、なんかヘンテコな性癖を暴露しているみたいに聞こえるかもですが、……彼女となら、寝床を共に過ごしても構わない、とさえ。


 根っからの異性愛者であっても、この世で唯一、性的に愛することができる同性がいると聞きます。それは、自らの現し身。もう一人の自分だ、と。


 私は大きく息を吸って、……そしてまず、前に向かって跳ねました。

 同時に、私の認識の範疇を超えた事態が起こります。


 私の身体は、目の前にいる前世の”私”の頭を飛び越して、遙か上空の彼方まで跳ねていたのです。


「お、お、お、お、お、お、お!」


 私は空中でじたばたしながら、雅ヶ丘高校の校舎、――その三階の窓に激突、派手な音を立てて教室の中に転がり込みます。

 夕暮れ時。

 平和だった時代の校舎の中では、ちょうど英語の授業が行われているところでした。

 思わぬ闖入者に、教室内の誰も彼もがこちらを……見ず、ただ授業に没頭しています。

 まるで、”終末”より前の私がそうだったみたいに、今の私も、彼らに何の影響力ももたないようでした。


「うう…………ほーりーしっと」


 私は静かに毒づきながら、新しく作り替えられた身体をチェックします。

 どうも、全身を鎧のように覆っている結晶。これには、力を込めると黒色のエネルギーを噴出させる働きがあるようです。上手く使えば、(かなり練習が必要そうですが)スーパーマンみたいに空を翔ぶこともできそう。


 これの速度を利用すれば、もう一人の”私”を翻弄することができるかもしれない。

 手を抜くことは、許されませんでした。

 それをしたところで”私”にはすぐわかってしまうでしょうし、その瞬間に恐らく、自分の命を手放すことになるためです。


 西日が差し込む窓に、シルエットが。


「――《レイン・メーカー》!」


 自分のものではない自分の声が叫ぶと、同時に、彼女の刀が猛烈な勢いでぶれて見えました。

 そして、それを横薙ぎに振るった次の瞬間、――世界が紅く染まります。

 彼女が振るった刀が、教室内にいる生徒を一人残らず、鏖殺したためでした。

 天井まで撥ねた血痕がぽつ、ぽつと血を垂らすその光景は、まるで室内に血の雨が降っているかのよう。

 生き残ったのは、反射的にその場で屈んだ私だけでした。


「――ッ! あなた……ッ!」


 得体の知れない怒りが、胸の奥にむらむらとわき上がります。

 この世界で何人殺そうが、現実にはなんら影響しない。その理屈は感覚的にわかっていました。

 それでも、彼女の今の行為は……私の思い出を侮辱したように思えたのです。


「――今のが、《必殺剣Ⅲ》」

「………………」

「これから私は、あなたの大切な想い出を、めちゃくちゃに破壊するでしょう。――何もかも廃墟になる前に、……あなたは、”魔人化”を使いこなせますか?」


 うう。さすが”先生”。

 この人、やる気のない生徒を本気にさせるの、とってもウマい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る