その263 化物
私は、とりあえず刀を手に取り……そして、ヒモでグルグル巻きになっているそれを、途方に暮れたように眺めます。
「どうしました?」
「むう」
「ほら、刀を抜きなさい」
「……知ってるくせに」
彼女は、私のみっともないところも含めて何もかもご存じのはず。
私は苦い表情のまま、
「やっぱりこれ、使わずに戦っても?」
「別に構いませんよ。――私も”フェイズ3”の頃はしばらく、魔法主体の戦い方をしていたものです」
「へえ」
「私は”戦士”のあなたと違って、”魔法使い”でしたからね」
話しながら、もう一人の”私”が刀を構えます。
「……ちなみにそれ、なんで蒼く燃えてるんです?」
「戦っていれば、そのうちわかることです」
ガスバーナーを思わせる、鮮やかな炎に包まれた刀は、私の手元にあるそれとはまったく別物に思われました。
思わず頭に浮かんだのは、”飢人”、琴城両馬さんと戦った時のこと。
この刀は……持っているだけ、動きが遅くなってしまう、かも。
そう思った私は、得物を傍らに置こう、として……。
「ダメです。それはいけません」
ふと、背後に気配。
うそだろ。バトルマンガかよ。
反射的に飛び退き、
「い、……いま見えなかったんですけどぉ!?」
おののきながら、道化の如く訊ねます。
これが、何らかのスキル、……例えば《縮地》を使ったのであれば、私もここまで驚かなかったでしょう。
ですが彼女は、単純な身体能力だけで、私の背後に回り込んだのでした。
「(ぴしゅん!)き……消えた!?」みたいなのって、漫画的な表現ではよく見られるアレですが、現実に目の当たりにしたら、それがいかに常軌を逸しているかがわかります。
「虚を突いただけです。人は、――自分が思っているほど、あらゆるものに気をつけてはいませんから。あなたの気が逸れた瞬間を見計らって、背後に回ったのです」
いや「だけです」って……。
対峙する相手の”気が逸れた瞬間”を判別するなんて、どれほどの修羅場をくぐり抜ければ可能になる芸当なんでしょうか。
「それと一つ、この勝負に制限を設けましょうか。あなたはこれから、その刀を常に持った状態で戦いなさい」
「え、えええーっ」
そんな。
こんな重い鉄の棒を持って逃げ回れ、と?
「諦めなさい。特訓とは、理不尽なものです」
「ちょっと、勘弁してくださいよ。特訓って。そんな、スポ根マンガじゃあるまいし」
こちとら小学生の頃から文化系一本で通してきた女子やぞ。
体育祭の時は玉入れ綱引きにのみ参加して後は隅っこでボンヤリしてる系の。
「ダメです。それができなければ、あなたを即座に斬り殺します」
「ちょ、そんな、何ごとも暴力で解決しようったって……」
「大切な人たちを、――護りたいんでしょう?」
「ぐぬ」
「周囲にいる人々の死がみんな、自分の無能に責任がある気がして、怖いんでしょう?」
「ぐぬぬ……」
「これまで友だちなんてほとんどいなかったから、ラノベのチョロインみたいなメス顔晒して、仲間のことを想い始めていたのでしょう?」
「グムーッ」
いかん。さすが”私”や。私を論破するやり方を心得とる。
「修羅が生きるこの世において、愚かであることも弱くあることも”悪”だということを知りなさい。それが、特別な力を与えられた者の義務なのです」
同時に、ごう、という音が耳元に聞こえて。
一瞬にして、もう一人の”私”が目の前まで肉薄していることに気付きます。
「――ッ!」
私は間一髪、《イージスの盾》を顕現しながら、右腕で側頭部を護りました。
盾と刀がぶつかり合い、空気が焼ける音が鼻につきます。
「……ぐっ!」
《盾》越しに腕が焼けていることを察知した私は、バッタのようにぴょんぴょん跳ねて、その場を退きます。
前世の”私”は、そこで初めて、満足そうな笑みを浮かべて、
「おや。今のは半分の半分くらい、殺すつもりで振ったのですが」
「まじすか」
「あなたの魔力に、かなりの練度を感じます。……どうやら、失われた記憶の中で”魔力”の鍛え方に気付いたと見ました」
「……なんです、それ」
「ひとつ、ヒントを差し上げると、”プレイヤー”の戦闘力は、単純にレベルで推し量れるものではありません。あなたはすでに、いまの百花さんよりも強いでしょう」
「え?」
それ、どういう意味……と、訊ねるまでもなく、もう一人の”私”は攻撃を再開。
とはいえ、二度、三度受けるうちに、彼女は正しく私を”鍛える”つもりでいることがわかってきました。
彼女の剣戟は常に、”可能”と”不可能”の境界線ギリギリを狙って行われていることがわかったのです。
「あなたはどうも、基礎的なことができてない」
「な……なんです……?」
「記憶を失った弊害か、自分に自信を持てていない。不確定要素に怯えすぎている。車の運転と一緒です。死角から暴走車両が飛び出すことを常に怯えているようでは、肝心なときにアクセルを踏むこともできない」
「車の運転って……私、免許もってないんですけど」
「それでも、近々運転する日が来ます」
その予言めいた断定口調に、思わず苦笑い。
「あなたは、――相手を自分より強いと思い込んでいるのです。あなたは十分、戦える実力をもつというのに。いつも、普通の女の子みたいに、誰かに護られることを頭に思い浮かべています」
「普通じゃ……ダメなんですか」
「ダメです。あなたは知っているはずです。我々はすでにもう、――”化物”なのですから」
そういう彼女は、どこか寂しげでもありました。
「といってもそれは、ここで二、三、お説教したところで理解できることではありません。あなた自身で気付く必要があること……」
「そ、そういわれても」
「《魔人化》を起動しなさい。それで、私の言いたいことの本質が一部にしろ理解できるかもしれない」
「魔人、化……ですか」
私は一瞬、戸惑います。
それは……思考の隅にずーっとしまっておいた、謎の能力の一つ。
直感的に、周りの誰かを傷つけてしまう気がして、使わずにいたスキルでした。
「でも、いいのですか?」
「ええ。生前の私は覚えなかったスキルですが、仲間の一人が覚えていたのでよく知っています」
ふむ。
考えてみれば、今使わないんでいつ使うんだ、って感じではある。
「それで、あなたが理解することを望みます。――”化物”同士のやり方を」
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