その262 前世の”私”

 続けて上映されたのは、もう一人の”私”の物語。


 とはいえこれは、語り始めるともう、それだけでとてつもなく長い長いお話になってしまいます。

 この場所にいては、外の世界での時間の経過がわかりませんが、――重要なところをカット編集した内容ですら、体感では一、二週間くらいかるく経ってるイメージ。

 ですので、この一件については割愛させていただきましょう。


 ただ一点だけ、個人的に衝撃の大きかったシーンを申し上げるならば、映画の中にベッドシーンが存在した、ということ。

 私とまったく同じ顔の人が、私にしてみればなんの感情も抱いていない男性に抱かれる絵面というのは正直、トラウマものでしたよ、はい。


「私って、――恋とか、できるタイプの人だったんですね~」

「まあ、あの時はただの興味本位でしたけど。経験せずに最終決戦に挑んで死ぬ、というのもアレでしたし。一応どんなのか試してみたくて」

「た、試してみたくて、って……」


 そんな、科学の実験みたいな感じとは。


「一応、感想を教えてもらっても……?」

「親にも見られたことのない部位を他人に晒すというのは、なかなか勇気のいることだと思いました」

「へえ~。他には?」


 心の中で、大きく変わったこと、とか。


「たかだか一回の出来事で、自分の中の何かが大きく変わったりしませんよ。人の心は、長い生活の中で少しずつ形作られていくものです」

「なるほど~」


 他ならぬ自分自身の言うことですから、嘘や見栄はなさそうです。

 私はしきりに感心しつつも……”私”主演の映像に心を傾けました。


 物語の終焉はもちろん、――”私”の”死”。

 しかもそれは、驚くほどあっけなく訪れます。


 最終決戦の直前。

 たった一人の裏切り者による毒殺。


「……これ、《治癒魔法》でどうにかならなかったんですか?」

「なりませんでしたね。なにせワインに含まれていたのは”ゾンビ毒”だったから」

「ありゃ。それは救いがない」

「ある程度のレベルに達した”プレイヤー”にとって”ゾンビ”は大した脅威にならないけれど、――結局、最期まであの毒に対抗する手段は見つからなかった。あれの体液は、決して癒えることのない猛毒です。”あなた”も、よくよく気をつけて」

「うっす」


 もう私ったら彼女のこと、世界で一番信頼してる先輩みたいに感じてますもん。

 考えてみれば、当然のことかも知れません。

 本当の意味で気兼ねなく話ができる相手って結局、自分の他にはいないのですから。


「じゃ、そろそろ、行きましょうか」

「行くって、どこへ?」

「高校の校庭に戻ります。……広い場所の方が、気兼ねなく動けるでしょう?」

「あっ……」


 そこで私は、ようやく思い出しました。

 この後私たち、生き残りをかけて一対一で決闘するんでしたっけ。

 まじやべー。これ勝てる気しない。

 だって彼女、レベルだけでも私の倍以上あったはずですよ?


「ひょっとして、もう……?」


 お別れですか? と続きそうになる言葉を呑み込んで。


「いいえ。……まだ、あなたには、お教えしなくてはならないことが」

「?」

「言ったでしょう。――私はあなたに、戦闘技術を伝授します」


 私は奇妙な表情になりました。

 彼女のことは”私”自身のことでもありますから、ある程度のことはわかります。

 ただこの時ばかりは、そこまで敵に塩を送る理由がわからないのでした。


 私は大きく息を吸って、我ながら勇気が必要な一言を口にします。


「思うのですが……私の身体を使うのは、あなたの方がふさわしい気がするのです」


 これは、彼女の”物語”を見た今だからこそ、言える言葉でした。


 生き残るのは、前世の”私”こそふさわしい。

 その方が、一篇の物語としてまとまりがつく気さえします。

 非業の死を遂げた英雄が、今度こそ正しい人生を歩む、という。


 すると彼女は、自嘲気味に笑って、


「それは、今決めることではありません。より強い方が生き残る。その方が、きっと世界のために役に立つことだから」


 その理屈はわかりますが……。


「さあ、武器を取りなさい。……お互いまったく同じ、祖父の形見の刀を用意しています」


 ふと傍らを見ると、彼女が言うとおり、見慣れた刀が置かれています。

 しかもご丁寧に、藍月美言ちゃんに預けたままの格好。

 鞘をぐるぐるまきに結んで、簡単には抜けなくなっているものが。


「一撃でも攻撃を当てれば、合格としましょう」

「……それってつまり、殺しちゃうことになりません?」

「殺せる者なら、どうぞ殺してご覧なさい」


 彼女は、なんだか怖い顔で笑って、


「私が百花さんになんと呼ばれていたか、ご存じでしょう」


 ”先生”……でしたっけ。

 参ったなあ。


 困り果てた私が刀を取るとほぼ同時に、もう一人の”私”が持つ刀に、蒼い焔が燃え上がりました。


 彼女の、――ジョブは、たしか。


 すでに映画の中で語られていたことですが、改めて《スキル鑑定》を行うと、それがはっきりとわかります。


――レベル182。

――”魔法剣士”。

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