その261 情報共有

 私は目を丸くします。


「それって……つまり……」


 機先を制し、もう一人の”私”が応えました。


「ええ。――恋河内百花さんは、そもそも”転生者”ではない可能性があります」


 他の時間軸の記憶を収集することができるなら、”転生者”のふりもできるはず。

 この名推理に、”私”のそっくりさんは首を横に振ります。


「ただ、その可能性に関しては、今のうちに潰しておきますね。百花さんは間違いなく”転生者”ですよ。……もともとは別の名前を名乗っていたので、私も少し怪しみましたが」

「ほへえ」

「あの子の目的は、……可愛いものなんです。あの子は”私”を蘇らせたいだけなんです。”あなた”ではなく、”私”を」


 うへー。

 まじかー。

 私たちは今、”ゾンビ”対策のバリケードなど一つもない、平和な時代の校庭を二人、てこてこ歩いています。

 辺りは黄昏時のイメージ。

 泡沫の世界は、不思議な多幸感をもたらすオレンジ色に染まっていました。


「えげつないなぁ。ってことはもう私、詰んでない?」

「ええ。いま、あなたの身体は百花さんの管理下にあります」

「そっかぁー」


 怒りや哀しみのような感情は湧いてきません。

 まあ私、もともと消えてなくなっちゃうつもりでいましたからねー。


「いつまで、私はここでこうしていられるんですか?」

「そりゃまあ、お互い納得したら、ですかね」

「ふむ。……それであなたは、いつ、納得するんです?」


 彼女、さすが”私”本人というべきか、とてもわかりやすく、……しかしどこか、課外授業のスケジュールを話すみたいに事務的に、


「まず、お互いの情報を共有します。……この情報は、私たちが経験したあらゆる出来事、その時の想い、戦闘技術、この世界に関する真実、裏切り者の名前などを含みます」

「ほうほう」


 ん?

 でもそれだと、大して”終末”後を経験してない私より、前世の”私”の方が手間なのでは?


「そしてその後、――決闘します」

「決闘?」

「ええ。一対一、”私”同士、恨みっこなしの勝負を。そしてより強い方が生き残り、今は眠っている器、――肉体に宿ります。おーけー?」

「え、いや……おーけーかどうか問われましても、その……」

「私は、眠っていたあなたを斬り殺すこともできました。けれどそうしなかった。その心意気をご理解ください」

「”私”がそうしたいのであれば、私も付き合いますが」


 なんだか”私”がゲシュタルト崩壊してきたな。


 同じ顔をした二人組は、いつしか校庭と横切って校舎裏に向かい、小五のころ観て半泣きになった『ダークナイト』が上映されている池袋サンシャイン通りの映画館に辿り着きます。


「せっかく夢の中なので、映画形式でチェックしましょう」

「そんなことできるんですか?」

「この場所なら、なんとでも。あなた、明晰夢ご存じない?」

「ご存じですけど」

「あれみたいなもんです」


 「これは夢」だと自覚している夢、……ってことですか。

 なるほど、じゃあ試しに、と想ってウムムと念じると、私の身体がぷかぷかと浮き上がっていきます。


「うわ、すっごい楽~♪」


 ずっとこうしていたい。


「あんまりそうしていると、足腰弱くなりますよ」

「え? 夢なのに?」

「”あなた”は……というより”私”たちは、楽な居場所に安住することをよしとしない。幸福の裏には必ず苦難が忍び寄ると、そう信じているのです」

「ふーん」


 私たちは、わざわざチケット売り場に並び、顔の見えない女性から学生二枚分のチケットを購入、そして防音材で作られた扉を抜け、スクリーン手前、たった二つしかない席に腰掛けます。


 上映されているのは、――他ならぬ、この私が”終末”後の世界で目覚めてからの物語。ちなみに一人称視点。

 特別なオープニング演出などはなく、映像は唐突に始まりました。


 映画館の中では静かにしているのがマナーですが、今いるのは私たち二人だけ。

 だから私は、とくに気兼ねすることなく、その時に感じた気持ちを口にしていきます。



――”終末”に目を覚まして。


私(現世)「あの時はビビりました」

私(前世)「でしょうね。でも私の方が驚愕の度合いは大きかったと思いますよ。何せお隣の田中さんが”ゾンビ”になって襲ってきたんですから」


――梨花ちゃんと出会って。


私(現世)「今思えば、彼女にひどいことしたなぁ」

私(前世)「まあ、この場合はしょうがない。私も同じことしたと思います」


――夜久さんと戦ったり。


私(現世)「おおっ、手に汗握るバトルシーン」

私(前世)「……あなた視点だったら、肝心なところは何も見えちゃいませんけども」


――仲間と一緒に雅ヶ丘を出て。


私(現世)「世界がメチャクチャになった後も、凛音さんと仲良くしてもらえたのは良かったですね~」

私(前世)「それは……本当に良かった。彼女のこと、私は助けられませんでしたから……」


――秋葉原でのごたごた。


私(現世)「結局この”飢人”って、なんなん?」

私(前世)「それは後ほど。私の生きた時間軸では、わりとあっさり解けた謎でしたよ」


――そして月島に行って、”守護”の人たちと会って。


私(現世)「トールさん、ちゃんとおしゃべりしたかったなあ」

私(前世)「こうしてみると、結構違いがありますねえ。私その人、知らないや」


――康介くんの死。


私(現世)「この人、私よく知らないんですよ」

私(前世)「日比谷康介くん……一度だけ、イサオが話してたこと、あったかな」


――”非現実の王国”に到着して。


私(現世)「結局、ここでの暮らしってどんなだったんだろ」

私(前世)「生き残った片方が、それを知ることになりますよ」


――総評。


私(現世)「次回作に伏線を丸投げしすぎているのが難。後半、投げやり気味の主人公の気持ちを考えると泣ける。続編に期待」

私(前世)「初見の登場人物が思ったよりも多くて、キャラの把握に時間が掛かった。既出の情報で仲間が四苦八苦しているのがモヤモヤするが、時系列的に過去を描いた作品であるため、そこは仕方がないか。序盤であっさりへたれた主人公もマイナス点」



 …………。

 ちょっと私(前世)の評価、ぜんたいてきに辛めじゃない?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る