その266 容赦のない人
私は、――というか私たちは、気付いていました。
次の立ち合いで、全てが決着する、と。
ただおしゃべりするよりも、もっともっと深く知ることができた彼女と、お別れになる、と。
ありがとう、とか。
さようなら、とか。
お互い、そういう言葉は必要ありませんでした。
二人とも十分、心と心で繋がっていましたから。
「…………………………………」
「…………………………………」
”彼女”が手を抜かないことはわかっています。この人は、そういう甘い人ではない。
私たちは向かい合い、刀を構えます。
こちらは刃を鞘に収めたまま。あちらは刀身を蒼く輝かせて。
ちなみに私、決して勝負を捨てているわけではありません。
《魔人化》によって強化された私の筋力は、鞘に収めたままの刀でも、易々と彼女に致命傷を与えるでしょうから、これで十分なのです。
対する”魔法剣士”としての”私”は、《スペルブースト》と呼ばれる力を起動した状態での《火系魔法Ⅱ》の組み合わせ。
これにより彼女の刀には超高熱の火炎が宿り、その温度たるや5100℃に達するのだそう。
ちなみにこれは、この地球上に存在するあらゆるものを溶かすことができる熱量、とのこと。
「…………………ふうっ」
短く息を吐き、――そして次に空気を吸い込んだ瞬間。
た、と、最初の一歩は軽く、私たちはお互いの方向に駆け出しました。
そしてまず、ほとんど鏡映しに、
「――《フレイムタワー》ッ!」
「――《火柱》ッ!」
《火系魔法Ⅴ》を詠唱。
お互いの足元に魔方陣を出現させ、そのまま直角に曲がって攻撃を躱します。
一拍遅れて、二本の巨大な火柱が上がりました。《スペルブースト》によって強化された火焔は、私のそれより倍ほども大きく、煌々と世界を紅く照らします。
次の一手は、――
「――わあああああああああああッ!」
「――らあああああああああああッ!」
同じ声色による《雄叫び》。
音波は綺麗に相殺され、びりびりと、足下の土が小刻みに振動しました。
それに紛れて、もう一人の”私”が何かしら呟きます。
ぞっと、嫌な予感がしました。
恐らくですが彼女、私の知らない何か、――決闘に備えて温存していた魔法を……。
「――ちぃっ!」
反射的に《魔力吸収》を起動します。
同時に、攻撃的な魔法を自身の魔力へと変換する鈍色の輝きが私の全身を包みました。
そして私の勘は見事、的中。
次の瞬間、身体の中心、命の根っこの部分に、熱い鉄の棒を突っ込まれたような感覚が襲ったのです。
「ぐ……ぐ、がはあ!」
《雷系》。恐らくはⅤ以上の、出の早い魔法。
《魔人化》した身体の表面が焼け焦げ、髪が焼けたときの嫌なにおいがしました。《魔力吸収》では受けきれないダメージです。
なんか、頭の中にあるHPゲージが半分くらい削られた感じ(ゲーム脳)。
とはいえ私が動きを止めていたのは、数瞬でした。
――もう、まともに魔法を受けるわけにはいかない!
そう素早く判断し、《口封じ》を起動。
ポケットに隠し持っていた小石を投擲します。
これは「発動後、攻撃が成功した場合、相手の声帯を一時的に麻痺させる」技。
呪文の詠唱を禁じることで、再び同じ技を受けないようにしたのです。
しかし、どうやら向こうもまったく同じことを考えていたみたい。
気付けば私の胸元に小石が当たっていて、
「……………ッ」
二人同時に、声が封じられたことがわかりました。
これにより私たちが使えなくなるのは、《必殺技》《必殺剣》《各種魔法》の類。
……で、あるため私は次に、いちいち呪文を唱える必要がない、ジョブスキル系を使いました。
「―――――――――――――ッ!!」
宇宙空間の真空を想わせる静寂の中、私たちは肉薄します。
こちらが選択したのは、《体当たり》と《刃の服》。
長い長い特訓の末に得られた知見が一つ。
スキルは基本的に組み合わせて使うものだ、ということ。
それぞれの術は、単体ではとても回避が容易いためです。
《魔人化》による筋力強化に、《刃の服》によるカウンター、そして《体当たり》による高速接近。
まともに食らえば、いかな強敵といえど一撃で致命傷を受けることは間違いない……と、そう思った次の瞬間でした。
眼球の渇きを察知した瞼が、本能的に開閉運動を行い、
「――――………」
一説には100ミリ秒にも満たないというその瞬間に、彼女の姿が見えなくなったのです。
「――ッ!」
直感的に私は《魔人化》を除くスキルを中断し、背後に向けて刀を構えました。
”虚の一閃”。
スキルでも何でもない、自ら体得した戦闘技術。
私たちの刃が十字に交差し、《魔人化》によって強化された刀と、蒼く輝く刀が、根本からぽっきりと折れます。
鞘ごと破壊された祖父の形見は、刀身だけが足元に突き刺さる形になりました。
「――――」
声を聞かずとも、口の動きで言葉はわかります。「お見事」、と。
ですが……、この人はやはり、容赦のない人。
彼女はまだもう一つ、奥の手を隠していたのです。
「――――――ぐ、」
《口封じ》の効果が切れ、食道を通じて喉に血液がせり上がってきました。
彼女が生み出したのは、魔法の短剣。
恐らくは《エレメンタルソード》という名のスキルによって産み出された闇色の刃が、私の腹部にねじ込まれています。
「………ご、ほ………ッ」
色んな選択肢の中から相手の弱点を攻める戦法。
それが彼女の得意とするやり方だと、わかっていたはずなのに。
あまりにも技が多彩すぎて、この展開を想定しきれなかった。
ぐりり、と、刃渡り20センチほどのそれがねじられ、私の内臓をかき回します。
「しかし、やはり」
もう一人の”私”の言葉をすぐ耳元で聞きながら、どう、と、私はその身を地面に横たえました。
「奇跡は起こせませんでしたか。残念です」
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