その230 新たな仲間

 その後、逃げられないよう美言ちゃんの肩をガッシリ掴み、我々はドラクエのキャラみたいに一列になって、地下シェルターへ引き返します。

 スラム街じみた地上とは打って変わって、ゴミ一つ落ちていない廊下をぞろぞろ歩きつつ、


「――まったく、人騒がせな」


 深夜にたたき起こされたせいか、ちょっと不機嫌そうな凛音さん。


「よーやく寝付けたと思ったら冴えないおっさんの声にたたき起こされる気分にもなってほしいよ」

「いやー、ははは……」


 「冴えないおっさん」呼ばわりされた縁さんは苦笑いして、


「でも、良かったっす。夜の街に飛び出した人は、たいてい酷い目に遭うので」

「それだ。あたし、ずっと気になってたけど、なんだってそんな状態のまま放っておいてる? あんた”王”なんだろ?」

「まあ、地上の人たちもあれで、分別はある方なんですよ」

「……そうは思えないけどね」

「そう感じるのは、雅ヶ丘方面が特別に平和な証拠っす。ここ以外のコミュニティでは、もっと悲惨なことが起こってますから。……食人を容認したコミュニティの末路、ご存じでしょう?」

「ああ、……まあ、ね」


 凛音さんは哀しげに目を伏せました。


「今や、あっちこっちの”プレイヤー”が縄張りを主張し合って、――血で血を洗う抗争が日常的に起こってるような状況っす。多少はやくざな連中も抱え込んだ方が、箔が付くんすよ」


 ……かつて、弱いことが罪であった時代があると聞きます。

 その歴史を考えれば、説得力がなくもなく。

 でも、それってつまり、人々が築き上げてきた文明が、数百年規模で退行してしまったことにはならないでしょうか。


「大切なのは、ちょうどいい距離感を見極めることっす。少なくとも連中は、そこの一線は越えてませんので」

「もし、それを越えてきた場合は……?」

「俺の、可愛い”スライム”たちが暴れるだけのことっすよ」

「ふうん」


 凛音さん、トツゼン縁さんのぷくぷくした背中をパーン、と叩いて、


「頼りないオッサンだと思ってたけど、何にも考えてないわけじゃなかったか」

「はあ」


 縁さん、たまには年上の威厳を示してもいいんですよ。

 その娘、あなたの半分も生きてないんですから。


「……ところで」


 囁くように声を掛けてきたのは、天宮綴里さん。

 いつものメイド服ではなく、上にTシャツ、下はスウェットのズボン履いただけの彼女は一見、男の子みたい。


「藍月美言ちゃんの始末ですが、――どうしますか?」


 美言ちゃんはいま、麻田さんにがっちり手を繋がれて連行中。

 さすがに脱走についてはもう諦めているようですが、唇を尖らせて不機嫌そうでした。


「麻田さんはともかく、――この子がここに居続けるのは……」

「ええ。危険ですね。彼らの仲間を殺した張本人ですから」


 私は嘆息し、少し不本意ながら、こう伝えます。


「彼女は、連れて行きましょう」

「……本気ですか?」

「ええ」


 ここに残していったとしても、いずれ隙を見て逃げ出しちゃうでしょうし。

 それに、……平和ボケした私の目で見てもわかります。彼女たぶん、殺しの才能に恵まれてる。そしてその才能は、これからの世の中できっとみんなに必要なものになるでしょう。

 道徳の先生になるつもりはありませんが、彼女のような強い娘こそ、弱い人の立場に立って考えられるようになってもらいたいのです。


「美言ちゃん。あなたはそれでいいですか?」


 訊ねると、少女は少しびっくりした顔をしていて、


「…………ん」


 と、短く答えました。


「で、で、でも……」


 そして視線を落として、


「いいの?」

「良くはありません」


 そして私は、彼女のほっぺたをむにーっと引っ張りました。


「………………………」


 美言ちゃんは、抗議の声一つ上げません。

 ただ反射的に、スローイングナイフに手を伸ばしたことに気付きます。


「ただし、明日からあなたは、私が『良い』と言うまで戦わないこと。武器も取り上げさせてもらいます。それが同行する条件。よろしいですか?」

「わかった」


 彼女が、ここまではっきりと応えたのは多分、この時が初めてかと。

 少なくとも私には、それが嘘には思えませんでした。


「なら、よし。今からあなたは、私の仲間です」



 その後、私は明日の出発時刻を二時間ほどずらすことをみんなに告げた後、自室へ引っ込むことにしました。

 全身、両馬さんの血で濡れて、気色悪いったらありゃしない。

 さっさとシャワー浴びよう。

 ……と、そこでふと思い至って振り返り、


「ちなみに縁さん、まさか盗撮のような真似は……」

「え? いや、してないっすよ、そんなの」


 ほんとぉ?


「なんか、魔法の力か何かで監視したりしてるんじゃないですか?」

「もしそうしたとしても、監視中は違和感があるのでわかるはずっす。……って、あれ? それって”戦士”さん、ご存じのはずでは?」

「あー、それは……」


 と、適当なごまかしを言う前に、縁さんが続けます。


「ずっとおかしいと思ってたんすけど、……もしかして”戦士”さん、記憶なくなってません?」

「え」


 一瞬、その場にいる全員が同時に足を止めました。


「えっと。何のことでしょう?」

「いやね、”フェイズ3”以降、そうなっちゃった”プレイヤー”が何人かいるんすよ。だから”戦士”さんもそーなんじゃないかなって」

「ぷ、……ぷーぷぷぷひー♪」


 下手な口笛を吹きつつ。


「やっぱそうなんすね。……おかしいと思ったんすよ。”戦士”さんが万全な状態なら、たぶん新種の”敵性生命体”だろうがなんだろうがさっさと瞬殺して、……なんなら絡んできた吉田さんもワンパンKOしてそうなので」


 うそやん。

 記憶失う前の私、ほぼ蛮族やん。


「……バレてしまっては仕方ありませんね」


 まあ、もとより彼は身内のようなもの。

 必要あれば話すつもりではいました。


「それなら良かった。俺、記憶喪失を戻せる人に心当たりあるので」

「え? マジ?」


 上がりかけたテンションが、


「ええ。――なんでもその人、”転生者”って噂で……」


 一気に急降下。その情報ガイシュツ(なぜか変換できない)です。


「ああ、その人なら知ってます」

「あ、そうだったんすか。……でも、これは知らないでしょ。その人いま、苦楽道さんと一緒にいるんすよ」

「苦楽道……笹枝さんと?」

「そっす。すでに何人か、元に戻してもらえたって報告、きてます」


 良かった。

 つまり私たちが行く道に間違いはなかった、と。


 有力な情報を得た私たちは、「このこと他言無用」と縁さんに念を押し、それぞれの自室へと帰っていきます。

 部屋に戻った私は、血で汚れた服を念入りに燃やし、――さっさと熱いシャワーを浴びて、パンツ一丁のままばたーんとベッドに倒れ込みました。

 目をつぶるとあの、両馬さんの猟奇的な笑顔が蘇ります、が……。


 疲れ果てていたせいか、すぐに意識は消失してしまいます。

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