その231 三人娘との約束

 ピピピピピ……という目覚まし時計の音で瞼を開き、


「……知らない天井だ」


 などと、エヴァネタを呟いても一人。


 むくりと起き上がり、朝シャワーを浴びて、ちゃんと持ってきた携帯用の歯ブラシで歯を磨き、パン(”終末”後に焼かれたもの)と缶コーヒーをはむはむごくごくして。

 ……できればここに、朝のニュース番組があれば最高だったんですが。


 いつもの学生服に着替えた私は、ばっちり集合予定の十五分前には間に合うよう扉を開けました。

 すると、


「あっ」「およ」「わわわ」


 金髪、黒髪、茶髪。

 ギャルっぽい女子が三人、部屋の前で待ち構えています。

 ……どなた?

 と、反射的に訊ねかけて、口をつぐみました。

 ひょっとすると記憶を失う前の知り合いかも知れませんしね。


「や。久しぶり。まあ、あれから一ヶ月も経ってないけど」


 その予想は当たったらしく、どうも私たちは知り合いみたい。

 話しかけてきたのは、三人の中では代表格と思しきギャル(金髪)でした。


「あたしのこと、覚えてる? ”ダンジョン”の地下一階で会った……リョーマくんと一緒にいたんだけど」


 ”ダンジョン”。”地下一階”。

 記憶を失う前の私、あんまりその辺の話をみんなに語ってないらしく、わりと謎の部分が多いんですよねー。


「えーっと。まあ、おぼろげには」

「”おぼろげに”って、ひっでーなあ。あたしら、あんたのこと一生わすれらんねーよ。インパクト最強って感じ」

「ええと……はあ」


 いかん。これ、そのうちボロが出そうなヨカン。

 とはいえ彼女たち、私のことをそーいうキャラだと思っているらしく、特別不思議には思っていないようでした。


「……リョーマくんのこと、エニシさんから聞いたよ。死んじゃったって」

「そうですか」

「彼の最期、どうだった?」


 私はしばらく視線を泳がせて、


「立派でした」


 と、応えます。


「両馬さんは何かの理由で正気を失っているようでしたが、――そうなってなお、私にヒントをくれましたから」

「……そう」


 するとギャルのうち、黒髪と茶髪の二人がほろほろと涙を流します。


「リョーマくん、最期まで立派だったんだね……」

「ええ」


 そして私は、昨夜の顛末を順番に説明していきました。

 三人は、私の話を一言一句聞き逃さないよう、神妙な顔で耳を傾けています。

 私が語り終えると、


「彼、”ダンジョン”ではいっつも、戦えないあたしらのために寝ずに働いてくれてて……ほんと、あっこまで性格の良いイケメンって、なかなかいないよね」


 イケメン。……イケメンだったっけ、彼。

 頭にナイフとか刺さった状態だったんで、あんまりそーいう印象はないんですけども。


「両馬さんのこと、好きだったんですか?」

「……ん」


 ギャル(金髪)は素直に頷いて、


「あたしら三人、みんな彼に恋してた」


 今となっては、哀しい告白ですねえ。


「ま、リョーマくんが選んだのは潮崎さんだったけど。……覚えてる? あの、天パで、関西弁の」

「……ごめんなさい。覚えてません」

「無理もないか。あんたを引き留めるためにバトッた時も、潮崎さんだけ反対してたから。高潔な人だったんだ。リョーマくん、生まれつきモテたから、そーいう、心が清い人に惹かれたのかなって……」

「ふうん」

「あたしら一生かけて、潮崎さんとリョーマくんの子供の面倒、見るよ。……それが、あの人にできる恩返しだと思うから……」

「そりゃあ良いことですねー」


 我ながら、言葉によそよそしい感じがにじみ出ていることは自覚しています。

 いい加減、この場から退散すべき、かも。


「ねえ、”戦士”ちゃん。もぉ一つ、聞いて良いかな」

「?」

「さすがに、イッチのことは覚えてるよね。小林一貴。ちょい根暗な、あんたに懐いてたチューボー」

「ええっと。まあ」

「ここんとこずっと、イッチの姿も見えないんだ。……イッチも、リョーマくんと同じようになってると思う?」

「それは……」


 私は視線を逸らしました。

 どういうプロセスを経てあんなふうに怪物じみた感じになるのかはわかりませんが、

 

「こうなったら、”フェイズ3”以降に失踪した”プレイヤー”はもれなく”飢人”とやらに変異していると思った方が良さそうですね」

「そっか。りょ」


 りょ?

 ……ええと、「了解」を略した言葉、かな?


 私が考え込んでいると、ギャルたちはそれぞれのポケットから一つずつ、風呂敷包みを取り出します。


「なあ、”戦士”ちゃん。……これ、あたしらの気持ち、受け取ってくれない?」

「え?」

「昨晩、――たぶん、リョーマくんが死んだと同時に手に入った”実績”の報酬アイテムだと思う。”チーム解散”っての。たぶん、”従属”関係にある人が死んじゃうことが条件だと思う。あたしら、それぞれ一つずつゲットしたからさ。受け取って」


 そう話す彼女が手に持っていたのは、500ミリリットルペットボトルくらいの大きさのガラス瓶。


「これ、”エリクサー”って言うらしい。ちゃんと飲みきる必要があるけど、一度だけ怪我と魔力を完全に回復できるらしーよ」


 もう一つは、……なんだかよくわかりませんが、手のひらサイズの金の延べ棒(?)めいたもの。


「……”マクガフィン”。物々交換の時に出すと、これは相手にとって何より魅力的に思える。ただし相手の手に渡った瞬間に効力がなくなるから、気をつけて」


 そして最後の一つは、山羊を模した木の人形です。


「”スケープゴート”。使い切りだけど、”敵性生命体”をしばらく惹きつけることができるよ」


 私はそれらのアイテムを、それぞれの髪色のギャルから受け取って、


「……いいんですか?」

「いい。あたしらが持ってるより、きっとあんたが持っていた方が役に立つ」


 そうかな。

 これらのアイテム、むしろ戦闘力の低い”プレイヤー”のための救済措置、って感じがするのですが。


「だから”戦士”ちゃん。……必ず、リョーマくんの仇を討ってね」


 とはいえこれには、空気の読めないことに定評のある私でも、こう応えずにはいられませんでした。


「ええ。……必ず」

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