その229 恐れられるべき人

「な……、何しやがる……ッ」


 マスクの変態にぶん殴られた時、多くの人が思うか言うであろう台詞を叫びつつ、吉田さんが立ち上がります。

 さすが”プレイヤー”というべきか、ダメージはそれほどでもない様子。

 同時に、周りにいた全ての取り巻きが身構えました。

 夜の街が剣呑な空気に包まれます。


「すまん。ただ、ガキを撃つような外道は問答無用でぶん殴っていいと思ってな」

「ただのガキじゃねえ! そいつは……」

「一応いっとくが、”プレイヤー”でもないぜ」

「なに……っ?」


 そして吉田さん、確認のため美言ちゃんを《スキル鑑定》し、


「ふ、普通人、だったのか……」


 と、目を剥きました。

 確かに美言ちゃんのあの立ち回り、”プレイヤー”と思い込んでも無理はなく。


「運が良かったな。――もし殺しになっていたら、こっちもタダで済ませるわけにはいかなかった」


 吉田さん、反論の余地もなくもごもご言って、格好悪い自分を誤魔化すように唾を吐き捨てます。


「だ、だが! あのガキが仲間を殺しやがったことに違いはねえ」

「彼は、すでに変異していて怪物になっていました」

「その証拠はないだろうがッ!」


 確かに。

 そもそも、敵の正体がよくわかってませんからなあ。


「彼女の判断が正しかったかどうかは、今後、明らかになっていくことでしょう。いま慌てて決めることじゃありません」

「だが! ただ無駄に鳥羽を殺されたってなりゃあ、仲間に示しがつかねえ。……だろ?」


 知らんがな。それはそっちの問題でしょ。

 ……と、それだけ言って立ち去ることができれば、どれだけ楽だったか。


「ええと、すんません。俺にも状況、教えてもらってもいいすか?」


 そこで間に入ってくれたのは、”王”――仲道縁さん。

 なぜ彼がここにいるかというと、麻田さん曰く「一人ずつチャイム慣らすより、縁さんの力でたたき起こしてもらった方が早いと思ったから」、とのこと。

 実際、彼女が機転を利かさなければ美言ちゃんは死んでいたかもしれないので、ナイス采配、といったところです。


「えっと、――」


 かくかくしかじかいろいろ中略。


「……ってことなんですけど」


 私が事情を説明し終わると、縁さんは「ふむ」と、神妙に頷きました。

 彼は、琴城両馬さんが怪物に変異してしまったことを少しだけ哀しんだ後、


「……新種の”敵性生命体”、ですか」

「ええ。――《スキル鑑定》したところ、”飢人”というワードだけ確認できました。飢えた人と書いて”飢人”です」


 奇人でも鬼神でも鬼人でもなく。


「”飢人”……?」

「心当たりは?」

「いえ、まったく」


 ですよねー。


「しかし話を聞く限り、今回の一件、”戦士”さん側が悪い訳ではなさそうっす」

「おい!」


 吉田さん、目を大きく見開いて、


「お前、……このクソデブ。どっちの味方だっ」

「どっちの、と言われると、――正義の味方っす」

「ハア? わけわからん。キッショい言葉使ってんじゃねえ!」

「えぇ……」


 出た。オタクとDQNの言語感覚の違いのやつ。

 縁さん、(´・ω・`)←この顔文字そのままの顔に。


「こちとら、今でもカッツカツでローテ回してんだぞ。一人くたばった分、物資か人員を補充しなくちゃなんねぇだろうが。普通に考えて」


 今度こそ私は我慢できなくなって、


「それはそちらの問題であって、こちらには関係ないことでは?」

「いいや。それはおかしい。そっちの連れがやったことなんだから、責任をとるのは当たり前だ」

「当たり前って……どこの世界の当たり前ですか。――彼を生かしていれば、第二第三の被害者が出ていた可能性がありました。最悪、パンデミックが起こってみんな全滅していたかも」

「だぁかぁらぁ」


 吉田さん、強請りたかりをする人はみんなお手本にすべき、って感じの威圧的な口調で、


「それは、お前の意見だろうが。……お前ら、見たところ別のコミュニティの”プレイヤー”だろ? だったら、そっちの所属してるコミュニティに連絡して、物資をもらっておくことにする。それでいいか?」


 もういっそ、それでいいかな、と、一瞬だけ思いますが、――やっぱりダメ。

 それで手打ちにしてしまうと、間違いなく雅ヶ丘のコミュニティのみんなに、多大な迷惑が掛かってしまいます。


 私が困り果てていると、「うーん。じゃ、しょうがないっすね」と、縁さんがポケットから何か、紙切れを取り出しました。


「あんまりこういうこと、したくありませんでしたけど、――吉田さん。今日のところはこれで……」

「は? ……なんだこれ」


 彼が、その紙に書かれた内容に視線を走らせた瞬間でした。


「ひぇッ!」


 その顔が、さっと蒼く染まったのは。

 彼は慌てたように紙切れをくしゃくしゃに丸めて、《火系魔法Ⅰ》で焼き捨ててしまいます。


「お前……ッ。どこで、このこと……」

「あーいや、脅すつもりじゃないっすよ?」

「脅しだろうがッ」


 口調は厳しい感じですけど、声量は抑えめ。

 二人の立場はすでに逆転しているようですが、縁さんはあくまで腰を低くして、


「じゃ、そう思ってもらっていいっす。……忠告させてもらいますけど、ああいうことはもう少し、人目をはばかる場所ですべきかと」

「余計なお世話だ!」

「それともう一つ。今後はもう少し、お互いに敬意を払い合う関係を築いていきたいんす。……いいですよね?」

「はっ…………はぁっ…………」


 吉田さん、動悸を抑えるように胸に手をやって、


「わ、わかった…………」


 やがて、要求を受け入れました。


「感謝します。――言い忘れてましたけど、この人たち、アキバを解放してくれた借りがあるんです。だから今回は、その一件で貸し借りナシってことで」

「うるせぇ。言い訳まで用意しなくていいっ」


 吉田さんはそれだけ言って、取り巻きとともにどこかへ立ち去っていきました。

 どうやら、鳥羽さんの一件はそれで落着したみたい。

 私はほっと胸をなで下ろします。

 スーパーマンになった今なら、ああいういじめっ子気質の人も怖くないような気がしていましたが、……やっぱダメですねー。びびるわ。


「ふぅー。喧嘩にならなくてよかったぁ……」


 その感想は縁さんも同じらしく、彼は通算五枚目になるハンカチをポケットから取りだし、汗を拭いました。


「彼に何を見せたんです?」

「情報っす」

「情報?」


 ちくわにきゅうり入れたらうまいとか、そういうやつ?


 縁さんは少し苦笑して、


「ありがちな奴ですよ。正妻のA子ちゃんとセカンドのB子ちゃん、サードのC子ちゃんがいて、それがA子ちゃんの耳に入ると寝てる間に刺し殺されちゃう、みたいな」


 ああ、そーいう……。


「自分、暴力は主義じゃないんで。しばらくはこのやり方で街を掌握するつもりっす。……知っての通り、情報収集はわりと得意ですんで」

「ふーん」


 めっちゃ怖いじゃん。

 とはいえ、恐れられなければ”王”たりえないのかもしれません。

 人の上に立つと言うことはやはり、一筋縄ではいかないものですから。


「さあ、とりあえず地下に戻りましょう。明日の朝は早い。……そうですよね? ”戦士”さん」

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