その226 燃えさかる焔

「ひとつ」

『――?』

「ひとつだけ、質問をします。琴城両馬さん。あなたは”治ります”か?」

『治、る……?』

「ええ。よくわかりませんけどあなた、どっかの誰かに操られてる感じなのでしょう? もし……」


 もし、あなたのその行動が本意でないのであれば。

 私は、あなたが回復する、その手助けを……。


 そう言いかけた私は、ものの見事に無視されました。

 両馬さんは、私の心臓に掴みかかるように、その尖らせた爪を突き出していて、

 

「――ッ!」


 私はそれを、ぴょんと退いて躱します。


「――《火球》ッ!」


 そして、両馬さんの顔面に向けて一発、《火系魔法Ⅱ》をたたき込みました。


『……ちい!』


 クリティカルヒットを顎に受けたボクサーの如く、両馬さんは片膝をつきます。

 どうも、彼の動きはだんだん鈍くなりつつあるみたい。

 まあ、あれだけ攻撃を受け続けたんだから、それも無理がない話ですが。

 あるいは、私たちでいうところの”魔力切れ”が近い可能性も。


「琴城、両馬、と言いましたね」


 私は、彼が膝を折っているその隙を見計らって、おしゃべりを続けました。


「いま、――よーやく思い出しましたよ。あなたの名前、”王”が話してましたから」


――ちょうど一週間前くらいっすかね。彼、お腹に子供がいる女性を放って、どっか行っちゃったんす。一応、彼の写真を撒いて探してるんすけど……。


「お子さん、いるんでしょ?」

『…………………』

「愛の力で思いだして下さい。あなたがまともだった頃のことを」


 我ながら空虚だな、と思っています。

 愛の力で奇跡が起こるなら、この世は”ゾンビ”だらけになってはいないはずですから。


『こども、――か』


 しかし意外なことに、この言葉はちょっと効いたみたい。

 両馬さんは哀しげに笑って、


『その言葉は、――皮を剥がれたウサギのようなものさ』


 いやもうその、謎比喩はいいですから。


『君は、猿の手を喰ったことがあるか?』

「……ありません」

『ならばきっと、ぼくの気持ちなどわかるまいよ』

「えっと。やっぱりその、あなた、ぜんぜん救いようない感じ?」

『救いは、ある』

「?」

『ぼくの血を飲め。そうすれば、わかる』

「……………」


 それって、つまり。


「私が犠牲になれば、あなたの正体がわかる、と?」


 両馬さんは、黙って頷きました。

 私は両手をかざして『NO THANK YOU』のポーズ。


「あっ、ごめんなさい。うち、そういうやってないんです」


 さすがに、そこまで自分を犠牲にできるタイプではないので。

 すると両馬さん、


『そうか。残念だ』


 言うほどには残念でなさそうに応えます。


『では、死合うしかない』


 マジかー。

 この人、記憶を失う前の私にとってそこそこ大切な人の可能性あるっぽいし、救済の見込みがあるなら、なるべく救っておきたいんですよねー。

 私の望みは、平穏な日々。

 仮に世界を救うことができたとしても、PTSDで苦しむ羽目になるような結末は許容できません。

 しつこいと思われようが、私はもう一度説得を試みました。


「でも、――もう、これ以上続けたって……。あなたも、気付いているんでしょう」


 先ほどから、……いや、あるいは、彼がこの大通りに飛び出してきたその瞬間から、視線を感じています。

 それも一つや二つではない。

 十、……あるいは、二十はあるかも。

 暗闇の中でも、蒼く輝く眼。

 《スキル鑑定》の光。


 すでに私たちの攻防は、アキバに住まう”プレイヤー”たちの注目の的のようで。


「降参して下さい。以前はどうだったか知りませんが、今の私はわりと、平和主義ですから」


 すると両馬さんは、皮肉っぽく笑いました。


『それは、――残念ながら。一度嘗めたキャンディーを蟻にやるようなものだ』

「なんじゃそりゃ」


 ちょっとだけ余裕ができていて、私はツッコミます。


「さっきからあなた、意味深で詩的な台詞連発してますけど、それほとんど無意味なやつですよね? エヴァ以降のセカイ系アニメで流行った、視聴者を深読みさせるけどぶっちゃけ作り手は何にも考えてないアレですよね?」


 彼はほとんどその憎まれ口を聞いておらず、代わりにこう応えました。


『ただし。――かつての友情と慈悲の礼に、一つだけ言っておこう』

「?」

。……ちょうどさきほど、あの小さな女戦士が叫んだように』


 その、一瞬だけでした。

 死んだ魚を思わせる琴城両馬さんの目に、理性の輝きが見えたのは。


「……やっぱりあなた、がんばれば正気にもどれるのでは?」


 私が訊ねるのと、

 

『――ちぃっ!』


 不意に、両馬さんが空高く跳ねたのはほぼ同時でした。

 そして彼の足下に、魔方陣めいた紋様が浮かんでいるのを発見します。

 その形には見覚えがありました。さっき私が使ったばかりの魔法――。

 《火系魔法Ⅴ》。

 私は呪文を唱えていない。

 恐らくは、私たちを観察している”プレイヤー”の誰かが、――。


 同時に、一本の火柱が、あかあかと深夜の電気街を照らします。


 本格的に驚かされたのは、その次の瞬間。


 美少女キャラが踊り狂う大型スクリーン手前、私が立っている大通りのその一帯に、無数の魔方陣が出現したのです。

 どうやら、一発目は陽動。

 着地のタイミングで起動する二発目が本命……といったところでしょうか。


「げ」


 私は思わず唸りました。

 その”本命”の魔方陣、どうやら私の足下にまで出現しているようだったので。

 確実に両馬さんを仕留めるため、――なのはわかりますが、まさかこっちまで巻き込むとは……。


 私は大きく後ろに跳ねて、攻撃範囲から辛うじて逃れます。


『ふ、アハハハハハハハハハハハハッ!』


 中空にいる両馬さんの、弾けるような笑い声が聞こえました。

 その次の瞬間です。

 天高く、アキバを取り囲む壁に届くほど強大な火柱が、夜の街を熱く照らしたのは。


 大通りを照らす大型スクリーンでは、ちょうど『らき☆すた』のタイトルがでっかく表示されていたところでした。

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