その227 絶叫
秋葉原の街を、目が痛くなるほどの輝きが照らし出していました。
アスファルトがマグマのようにドロドロに溶けて、強烈な匂いを発しています。
辛うじて術の範囲外に逃れた私は、その恐ろしい光景から目を離せずにいました。
両馬さんと思しき人影が、炎の中、両腕を広げながら、――
『アハハハハハハハハハハハハ!』
けたけたと笑っているのを。
炎が燃え上がっていた時間は、十数秒ほどでしょうか。
腰を抜かした状態でそれを見守っていると、火柱はまるで、最初から存在しなかったみたいに消滅していきます。
残ったのは、クレーター型に溶けた地面だけ。
できたてのアスファルトのあの臭いを何倍も濃くしたような蒸気にむせかえりながら、私はようやく立ち上がりました。
ぽっかりと空いたクレーターの中心地には、かつて両馬さんだったものと思しき、人型の黒焦げが残っています。
全身の肉は焼け落ち、上半身と下半身が分かたれ、どこか胎児を思わせる姿勢で、残っているのはほとんど骨だけ、という状態。
結局、この人と私との関係はよくわからないままでしたが。
これでよかったのかな?
軽く意気消沈していると、
「よう! レベル85ッ!」
なんとも軽薄そうな声がかけられました。
見ると、もっさりとしたヒゲ面に、異臭を放つボロ服を合わせたバーバリアン系ファッションのお兄さんが、油っぽい茶髪を掻きながら現れます。
「あ、ども……」
「おうおう、どうした? そのレベルはお前、見せかけか? 苦戦してたみてえじゃないか」
「はあ……」
私は、いかにも憔悴した女子高生っぽく振る舞って、深く嘆息します。
話を合わせないと、なんでしたよね。
「すいません。ちょっと調子が悪くて」
「なんだぁ!? 生理か?」
あっ、さてはこの人、無神経なタイプのバーバリアンですね?
「そんな感じで、よくそのレベルになれたなあ?」
「いろいろと運が良くて」
「運が良い、ねえ。……ホントにそれだけかよ」
男性は少し訝しそうな顔をしていましたが、やがて「驚異ではない」判定を下したのか、
「そんじゃ、謝礼の話なんだが」
「シャレー?」
中世ヨーロッパで活躍した画家か何かかな?
「ああ。……俺たちの力は、限られた資源だ。術を使えば腹が減る。タダで人助けするほど、お人好しじゃあいられない。普通に考えればわかるだろ」
ああ、そういう。
まあ、もっともな意見ですね。
私は嘆息して、
「じゃ、その辺の交渉は、仲間と相談してからで」
「おいおい! 今決めてくれよ! こちとら命の恩人だぜ。なんなら、無理矢理”従属”させたって構わないんだ」
おっと、いけない。どうやらふっかけられそうなヨカン。
都内での一人暮らし経験者なら、新聞勧誘員相手に一度は嫌な思いをさせられているというもの。私はその時のことを思いだして、
「気が変わりました。一切の返礼を拒否します。そもそも彼を仕留めたのは、あなたたちが勝手にしたことですし」
「なんだと? そりゃあ、道理の通らない話じゃねえの? 普通に考えて」
私は、はっきりそれとわかるよう、不快を露わにして、
「ええと、あんまりごちゃごちゃ言うようでしたら、ぶち殺してしまいますよ」
声に威圧感を持たせるため、じゃっかんフリーザ様のそれを意識しています。
とはいえ私、この手の交渉ごとが不得手なのは知ってました。普段の無気力が祟ってか、怒ってもあんまり迫力がないらしいんですよ。
「はははっ。”王”の管轄下で暴力は御法度だぜ。いくらあのデブが弱気でも、堂々と殺しをやったら、何するかわからんぞ?」
「彼と私は友人です」
言いながら、あ、ちょっと選択肢ミスったかな、と思います。ここはそれを主張するとこじゃなかったかも。
嫌な予感がしたとおり、男は高笑いを上げました。
「だからって、『殺します』はねえだろーが? 普通に考えろよ」
「えっと、まあ、そりゃそうなんですけど」
と、そのタイミングで、私たちを取り囲むように、ぞろぞろと人が集まってきています。
たぶん、さっき一斉に《火系魔法》を使った”プレイヤー”たちでしょう。
彼らの格好はみんな、わりと似通った感じ。”終末”後のファッションは、ボロい麻布の服にひげもじゃ、なるべく短髪がトレンドみたい。
男女共に、総じて「生き残るのに都合が良い」を突き詰めたような格好していました。
私は、包囲網が作られていることを察しつつ、辺りをぐるりと見回します。
「ここにいる連中の食いモン、――最低でも一年分が条件かな。今後手に入れる”実績”報酬アイテム全部ってことでもいい」
参ったなぁ。これ、断ったら恩知らずのレッテル貼られたりするんでしょうか。歪められた正義が作られる瞬間を見た気がしました。
「吉田さん!」
不意に、秋葉原の”プレイヤー”の一人が声を上げます。
「なんだァ?」
どうやら、みんなを代表して声を掛けてきたこの人、吉田さんと言うらしい。
「こいつの死体、どうします?」
「ほっとけよ、火葬はすんでる」
「そういうわけには。仲道縁がまた、うるさいですよ」
と、その時でした。
完全に油断していた私の頭に、
――ぼくのくびをはねろ。
その言葉が蘇ったのは。
でもまさか。そんな。
いま、両馬さんの身体は、ぼろぼろに崩れた枯れ木のようになっています。
肉は焼け、骨だけになっている箇所も見受けられました。
内臓は完璧に炭化していて、髪の毛すらすべて蒸発して。
「それから離れて! すぐに!」
あとから笑われてもいい。私は思わず、そう叫んでいました。
「――はあっ?」
両馬さんの身体の隣にいるその人は、怪訝そうに眉をひそめます。
その、次の瞬間でした。
ドス黒く染まった両馬さんの顔面。その、瞼を思しき部位が崩れて、眼球が露出したのは。
焼け焦げた顔に、二つの丸い目玉がぎょろりと見えて。
『――――ッ?』
彼の壊れた声帯が、何ごとか音を発した気がします。
私には彼が何を言ったか、なんとなくわかりました。
『忠告したよな?』
上半身だけになった彼の身体がバネ仕掛けのように跳ね、その鋭い牙が、すぐそばにいた”プレイヤー”の首筋に噛みついたところを、――その場にいた全員が目の当たりにします。
深夜の街に、絶叫が木魂しました。
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