その191 別人

 アニメの世界から抜け出てきたような少女の第一印象は、――「なんだか頼りにならなさそう」というもの。

 特にこれだという理由があるわけではないんですが。

 あるいは失われる前の記憶が、ちょっとだけ残っているのかも。


「先ほど、事情は鈴木さんから聞かせていただきました。詳しい事情を話している余裕はなさそうですね。……まず”戦士”さんはスキルを順番に起動してください」

「スキル?」

「はい。……見たところどうも、……」


 綴里さんの目が青色に発光。


「……やはり。”戦士”さんは全ての力をオフにしてしまっているようなので」

「ええっと……」

「とりあえず、『魔力制御を行います』と言うんです」

「まりょく?」


 私はなんだか、微妙な顔を作りました。

 どうにも話がすれ違っている気がします。

 私はあくまで、――「助けを呼びに来た」。

 でも彼女が教えようとしてくれているのはきっと「自力で解決する手段」。


「はやく。スキルの起動には時間が掛かるので」

「は、はい。……ええとじゃあ、……魔力の、制御を……よろしくおなしゃす」


 呟くと、例の幻聴が頭の中に聞こえてきました。


――プレイヤー“終わらせるもの”の魔力制御を行います。

――設定を反映する際、若干のタイムラグが発生することにご注意下さい。


《剣技(上級)》 OFF

《パーフェクトメンテナンス》 OFF

《必殺剣Ⅰ》 OFF

《必殺剣Ⅱ》 OFF

《必殺剣Ⅲ》 OFF

《必殺剣Ⅳ》 OFF

《必殺剣……


「なんぞぉー、これぇ?」

「いま、取得したスキルが頭の中に流れ込んできているはずです。まず、《飢餓耐性(強)》を最初に、次に《自然治癒(強)》《皮膚強化》《骨強化》をオンにしてください」

「ええと……」

「ちなみに、《飢餓耐性(強)》を最初に起動するのは、魔力切れを防ぐためです」

「あのぉ……」

「その後、《剣技》と《攻撃力》《防御力》に《魔法抵抗》を起動できれば、最低限、戦えるようにはなるかと」


 なんか知らんゲームの説明めっちゃまくしたてられてる気分。


「つまり、主人公はパルスのファルシに選ばれたルシである……と?」

「「光速」の異名を持ち重力を自在に操る高貴なる女性騎士の話はしていません」


 お、この娘、わりとイケる口ですね、さては。


「無駄話している場合じゃないでしょう? はやく《飢餓耐性》を……」

「とっくにやってますよ。その魔力制御がどーとかっていうの、念じるだけでもできるみたいですから」

「なるほど。さすが順応性がお高い」

「でも、スキルを起動するのに、いちいち時間がかかるようですね、これ」


 検証できてないのでよくわかりませんが、このペースで”スキル”を起動していっても、まともに戦えるようになるまでかなり時間がかかるのでは?

 その事実を受け止めることで、私は心の中の一部分が急激に冷えていくのを感じました。


 あーこりゃ、ダメだな。

 助からないな、麻田さん。

 残念。さよなら。


「ところで、なぜ”戦士”さんのスキルは全てオフになってしまっているのでしょうか」

「知りませんよ、そんなの」

「記憶を失う前にわざわざオフにした……とは思えませんから、さいきん”フェイズ3”が始まった影響でしょうか?」

「さっき夜久さんも言ってましたけど、なんなんです? ”フェイズ3”って」

「それは、――私にもよくわかっていないのです」

「?」

「どうも”従属”したプレイヤーに与えられる情報は、かなり限定されているようなのです。だから私は”フェイズ3”についてほとんど何も知りません」


 フーム。


「じゃ、あともう一つ。……これも夜久さんから聞いたワードですけど、”従属”ってなんすか」

「”従属”というのは”プレイヤー”が行える行動の一つで、――ほとんど絶対服従の契約を結ぶ行為……とでも言いましょうか」


 そこで綴里さんは眉間に手を当て、


「まあ、詳しい事情はおいおい。ともかく今は、件の襲撃者に対応しなければ」

「あなたは?」

「え?」

「あなたは戦ってくれないのですか?」


 私は率直に訊ねます。


「あなたもその、――”プレイヤー”なんでしょう?」

「……ええ」

「だったら、あなたが戦ってくれればいいじゃないですか」


 だってそうでしょう?

 ちょっと頭がおかしくなってる私より、五体満足で元気いっぱいの彼女の方がよっぽど戦えるはずですから。

 私が訊ねると、メイド服の彼女は気まずそうに視線を逸らしました。


「わた、私は、……戦えないのです」

「何故です?」

「い、いろいろ、説明したいところですけどその……とにかく……争いごとが苦手で……」

「それ、私も一緒なんですけど」


 ぶっちゃけ私、暴力で何かを解決するとか、知恵の足りない人がすることだと思ってますし。


「じゃ、しょーがないですね」

「ええ。ここはやはり、”戦士”さんが戦うしか……」

「逃げちゃいましょ」

「えっ?」

「向こうの狙いは私みたいですし。彼に対抗する手段がないなら、逃げるしかないでしょう」

「しかしそれでは、ここのコミュニティの人々が襲われる可能性があります」


 眉毛を八の字にする彼女に、私はあっさりと言い放ちました。


「いいんじゃないですか? それでも」


 冷たいようですが、――まあ、世の中そんなモンですよ。

 何はともあれ、死んでしまったら元も子もありません。

 こういう世の中になってしまったのであれば、弱肉強食は当たり前でしょうし。

 しかし、私の言葉に綴里さんは目と耳を疑っているようでした。

 

「そんな……っ」


 まるで「こいつは本当に私の知っている”彼女”なのか」とばかりに。

 まあ結論から言うと、「ほぼ別人ですよ」と断じたい。

 話を聞く限り、それくらい今の私と、……記憶を失う前の私は繋がっていない感じがするのです。


 だいたい、そもそも。

 私、ここの人たちに、――ほとんど何の思い入れもないのですから。

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