その190 無力な二人

 そして夜久さんは、容赦なく引き金を絞りました。

 無力な女子高生の二人組に。

 マシンガンの銃口を向けて。


「――はっ!?」


 それは、私の常識ではとても考えられない行動でした。

 私はただ、静かに暮らせればそれでいいのに。そう思っているだけの一般人なのに。

 銃ってほら、――対話で物事を解決できないタイプの人が、趣味で持ち出すアレでしょう?

 信じられません。

 なんでこんな。

 そう腹立ちまぎれに考えながらも、足は動かず。

 このままでは危険だとわかっていても、攻撃を躱さなければ、――みたいな考えは頭からすっぽり抜け落ちていました。

 そんな私を正気に戻してくれたのは、麻田さんの体当たりです。


「センパイっ!」


 少女が二人、アスファルトの地面に転がりました。

 一拍遅れて、私がいた地面を、ドタタタタタタタ、と、弾痕が通り抜けていきます。


「おーぃ。手ぇ抜くのはここまでだぞぉ。そろそろ反撃しろー?」


 と、夜久銀助さん。

 初撃を躱せたのは、わざと彼が外してくれたからに相違ありませんでした。


「――くっ」


 麻田さんが、太ももに隠していたらしい小型の拳銃を引き抜き、寝転んだ体勢のまま引き金を引きます。

 対する夜久さんはというと、肩を揺らす程度の動きで弾丸を回避。


「うむ。よく訓練してる。普通ならヘッドショットってとこだ」


 その少年漫画めいた光景に、私は目を疑っていました。


「――くっ!」


 麻田さんは続けざまに弾丸を撃ち込みます。

 ぱす、ぱす、と音を立て、ベージュのコートに穴が空いていきました。

 今度は夜久さん、躱そうとすらしません。

 マスクの男は、麻田さんを諭すように語りかけます。


「やめときな。こっちは防弾チョッキを着込んでる」

「センパイっ! ここは理津子さんか明日香さんに助けを……ッ!」


 私はというと、「え……あ……?」みたいなことを口走るだけで、完全に腰を抜かしていました。

 未だにちゃんと受け入れられていないのです。

 かくも野蛮な出来事が、私の半径数メートル以内で起こっているという事実を。

 ですが、


「早くッ!」


 麻田さんの叱責で、脳の一部が死んだままでも走り出すことには成功しました。

 もちろん夜久さんは、その背中に向けて発砲することもできたでしょう。


「おいおい……どーいうこったあ?」


 ですが、彼は後頭部を掻き掻き、見逃してくれました。

 私は、なんでか瞼からぽろぽろこぼれ落ちる涙を拭いながら、学校の方へダッシュ。


「はあ…………はあ…………!」


 息を切らしながら夕焼けに染まりつつある校舎へ到着し、後門を抜け、ふかふかの土に改造された運動場を通り過ぎ、ようやく管理小屋に駆け込みます。

 そこでは海賊みたいなひげ面のおじさんたちが、ぎょっとして顔を見合わせていました。


「助けてください! なんか変なおっさんがトミーガンでずだだだって!」


 と、第一声。


「あんたは……例の……」

「はやくはやく! 麻田さんが! 酷い目に遭っちゃうんですってっ」

「しかし……」

「銃! 銃持ってる人が必要なんです!」


 私の要請はしかし、彼らの間であっさりと却下されてしまいました。

 その後、私の耳に届いた大人同士の会話は、


「おいっ、こりゃあひょっとすると、怪人たちの案件じゃないか?」

「だったら我々じゃどうにもならん」

「怪人のことは、怪人同士でどうにかしてもらわにゃあ」


 というもの。

 それは、私を落胆させるには十分すぎる情報でした。

 もちろん、未だに私には状況がよくわかっていません。

 ですがよくわからないなりに、とりあえずこの人たちが助けにならないことはわかりました。


「り、理津子さんと明日香さんは!?」


 私の問いかけに、彼らはゆっくりと首を横に振ります。


「……彼女たちはいつも自由に行動しているから、我々にも居場所がわからないんだ」

「では、他に頼りになるのは、――」

「それが、あいにく戦える連中は出払っていて、……あの二人以外で戦える連中、となると……」


 ほとんど神に祈るような口調で、訊ねます。


「ちょいとばかり検討がつかん」

「えーっ」


 胸中、苦々しい気持ちでいっぱいになります。

 会ったばかりの女の子とて、さすがに死なれると夢見が悪い、というか。


「あ、でも、さっきあの子が通り過ぎてこなかったか?」

「あの子?」


 すると、海賊さんたちは口々に、


「あーそうだそうだ。あいつがいた」

「あの、ヘンテコな格好の、――」

「いつもは航空公園にいる」

「なんだかさっき慌ててこっちに来たらしい」

「ちょうどいい。あれも確か怪人だったと聞くし」


 で、誰なのその子。

 私の頭に浮かんだ疑問に、


「ごきげんよう、――”戦士”さん」


 優雅な足運びと共に現れたのは、――メイド服を身にまとった、紫髪の少女です。

 私はしばし、目を丸くしました。

 彼女の立ち姿に、どうも現実感がなかったものですから。

 終末後の世界に、コスプレ少女。

 採石場の真ン中で舞踏会でも開いているような違和感があります。


「お久しぶり、――といっても、記憶がないんでしたよね。話は聞いています」

「あっ、ハイ」

「私は天宮綴里です」

「つづり……さん?」


 どなた?


「かつてあなたに救われた者の一人ですよ」

「ふむ」


 軽いフラストレーションを感じつつ、私は顔をしかめます。

 どうしてこう、――さっきから、私の知らないところで起こった話ばかりされるのか……と。

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