その192 布団の外
ぶっちゃけ私、学校なんて消えてなくなっちゃっても構わない、くらいに思ってました。
私にとって学校は、「高卒」という称号を得るためだけの場所でしたから ……っていうと、ちょっと中二病っぽく聞こえちゃうのかな。
まあ。
なんにせよ。
私はこの三年間を、つつがなくやりすごせればそれで良かったんです。
んで、高校卒業後はテキトーな事務職について、土日はぼんやり映画とゲーム三昧で過ごすんです。
ネットさえ繋がっている生活を継続できれば、贅沢はいいません。食事も必要最小限度で構わない、とさえ思っています。
そういう生活を続けてお金はできるかぎり貯金して、五十歳くらいには余生分の賃金を稼ぎ、あとはのんびり、静かに生きていく、と。
色々考えたけれど、結局のところそれが、私にとって最も”幸福な人生”の形。
それが私の人生設計でした。
だからこそ、こう思うのです。
私が他者に望むのは、――足を引っ張らないでいてくれること。
それ以上でも、それ以下でもなく。
▼
「おいっ!」
異論を唱えたのは、絶句していた綴里さんではありません。
その周りで黙って話を聞いていたヒゲ面さんの一人。……でっかいショットガンを抱えたおじさんでした。
「あんた、そいつは……」
「?」
「そいつは、困るぜ。……怪人のことは、怪人がどうにかする決まりだ」
「決まり? 誰が決めた決まりですか?」
「それは……」
「いずれにせよ、私が従う理由はありません」
それだけ言って、さっと彼らに背を向けます。
そして、とっとと早足で自宅に戻ることにしました。
ああ、やだやだ。
やっぱり布団の外は危なくてしょうがありません。
「あ、ちょっと……!」
背中に、綴里さんの声が掛かります。
私はそれを無視して、帰途につきました。
一応、頭の中では例の”魔力制御”とやらを行いつつ。
すでに気付きつつあります。私の両腕に、もの凄い力が漲りつつあることを。
ちょっと怖くて、その力を試してみる気にはなりませんが……。
早足で自宅に戻ると、しっかり鍵とチェーンをかけて、制服のままベッドに倒れ込みます。
こういう時はしこたまゲームでもやって、いつの間にか眠っている……みたいなアレをやるに限りますが……。
電気が使えませんね。
となるとアレか。
発電機を起動するしか。
「あ、あのその……”戦士”さん?」
私を追いかけていたらしい綴里さんが、ドアの外から呼びかけます。
その声は、明らかに狼狽していました。
「これは、どういう……? そういう作戦なのですか?」
無視。
私はとりあえず、室内に放置されていた自家発電機の使い方を学ぶべく、説明書に挑みます。
「いずれにせよ、……このままじゃ、学校が危険なのではないでしょうか?」
そして、意外と使い方がややこしいことを知って、撃沈。
海よりも深い嘆息。
「あの………その………! わ、私……」
何もかもに、嫌気が差していました。
なぜこの世はこんなにも理不尽なのでしょうか。
ただただ、静かに生きていきたいという願いが、何故叶えられないのでしょうか。
「もし、……本気でこのまま閉じこもっているつもりなら、扉を破ります」
できるものなら、やってごらんなさい。
そうなったらそうなったで、――また逃げるだけです。
私は一応、妙にしっくりと手に馴染む、形見の刀を手に取りました。
しかし、さすがにそこまでするのはいけないと思ったのか、あるいはそもそも、マンションの扉が頑丈でどうにもならなかったのか。
数分後、諦めた綴里さんの足音が、遠ざかっていくのがわかります。
これで、よし、と。
私は刀を抱いたままベッドに横になって、目をつぶりました。
放っておいてもらえれば、それでいいのです、私は。
昔からそうでした。
私、独りぼっちが苦にならない性格でしたから。
数少ない繋がりは、――お隣の田中さんくらいのものだったのですが。
ええ、ええ。鈍い私でも、そろそろわかっています。
きっと田中さんはもう、この世にはいないのでしょう。
失ってしまった記憶のどこかで、彼が息絶える瞬間があったのでしょう。
それなのに。
この世界は、彼のことなんて忘れてしまったかのように廻っていて。
「………………虚しい」
彼の死を悼みながら、私はふと、思いました。
――ちょっとだけ眠って、次に目を覚ましたらきっと、何もかも元通り、……なんて。
ないかしら。
そして目をつぶります。
気持ちは高ぶっていましたが、意外なほど早く、眠りは訪れました。
▼
「……むにゃ」
それから、どれほど時間が経ったでしょうか。
気がつけば空は闇に染まっていて、部屋は真っ暗。
むーっと伸びをして、手元のリモコンで電灯のスイッチをカチカチ……して、それが反応しないことに気付きます。
「あーっ……やっぱダメかー……」
どうやら、何もかも夢でしたー、みたいな都合の良いオチではなさそう。
夢オチは手塚治虫先生によって禁じ手とされて長いですからね。しゃーない。
「《雷系》の三番。……それで点くよ」
その一言で、私は猫のようにその場で跳ねます。
「まあ、――今は、非常灯を持ち込んできたから、その必要もないけどね」
そしてその声の主は、かちりと灯りのスイッチを起動しました。
照らし出された顔を見て、私は――安心半分、不安半分。
彼女の顔に、見覚えがあったのです。
「沖田、凛音さん?」
それは、その歯に衣着せぬ物言いと美貌からクラスの中心的存在だった同級生でした。
「そういうこと」
「ドーイウこと?」
別に、彼女が元クラスメイトだからって、枕元に座っていていい理由にはならないと思うのですが。
「あれやこれやを聞きつけて、慌てて戻ってきたんだよ」
「はあ」
「あんたどうも、らしくないムーブでみんなを困らせてるらしいじゃないか」
「らしくない、ですか」
そぅ言われてもなぁ。
「私はいつも、私らしく生きているだけのつもりですけども」
すると凛音さんは、「確かにね」と白い歯をちらりと見せて、
「あたしにゃあ、今のあんたの方が、――らしいって感じがするよ。”ハク”」
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