その182 世界の真理にまた一歩

 別段、その後は特筆すべきことは起こらず。

 みんなと合流して、初めて乗る戦車にワクワクしたりしながら通行に邪魔な”ゾンビ”を始末したりして。


 道中の暇な時間は“魔人化”で空を飛ぶ練習に使うこともできました。

 とはいえ、まだまだ練習が必要っぽいですけどねー。


 その後、何事もなく雅ヶ丘高校に到着したのは、……夕方頃になるでしょうか。


 戻るやいなや、みなさんにはずいぶんと歓待されました。

 ええ、そりゃもう、こっちが恥ずかしくなるくらい。

 オリンピック選手を出迎える地元校って感じ。

 そんな大層なもんじゃないんですけどねー。


 んで、三時間くらい校内をぶらぶらした後、夕食が始まって。

 その日の食事は――どうやら、避難民のおばさんたちが腕を振るっていつもより豪勢なものを振る舞ってくれたようです。


 シーフードドリアに、お鍋いっぱいのペペロンチーノ。

 ふかふかの卵焼きに、採れたて野菜のサラダと、ウインナーの春巻き。

 あとは”捕食者の肉切り包丁”でさばいた牛肉のステーキを山ほどに。


 何に一番驚かされたって、卵料理が出たことでしょうか。


「これ、何の卵なんですか……? 賞味期限は……?」


 恐る恐る訪ねますと、鈴木先生はからから笑って、


「安心せぇ、産みたてや。壱芸(壱本芸大学の略)から生きた雌鶏が送られてきてな。いまも裏庭で十三羽ほど飼うとる」

「え、なにそれ見たい」

「ははは。明日見せたる」


 どうやら、私がいない間にどんどん生活は良くなっていってるみたい。

 聞くところによるとそれは、練馬や航空公園、壱本芸大学コミュニティもそうらしく。

 あとは……”怪獣”の脅威さえなくなればきっと、このコミュニティは長く続いていってくれるだろう、と思われました。


 で、あれば。やはり。

 もっと不幸な人たちの場所、――私の力を必要としている人たちのコミュニティに移るべき時が来たのかも。


 …………それこそが、力持つ者の運命さだめか……なんつって。

 ちょっとポエムを詠みたい気分に浸ったりするなど。


 ▼


 私が寝床に使っていた教室は、そのままになっていました。

 懐かしの“机ベッド”に横になり、


「じゃ、……”実績”、とりますか」


 すっっっっごく久しぶりに、”実績”で得られるアイテムを選ぶことにします。

 できればもっと早く手に入れときたかったんですが、”マスターダンジョン”内では”実績”アイテム、手に入れられませんでしたからねぇ。微妙にタイミングを逃した、というか。


 えっとえっと。

 まだ報酬を取得していない”実績”は……たしか……(メモを取り出しつつ)。


 ”ゾンビのみる悪夢”……凜音さんのコミュニティを助けたときのやつ。

 ”救世主”……同上。

 ”解毒と救命”……凜音さんのお父さんを助けたときのやつ。

 ”鼠の王の討伐”……ダンジョンでゲットしたやつ。

 ”猿の王の討伐”……ダンジョンでゲットしたやつ。

 ”動く鎧の討伐”……ダンジョンでゲットしたやつ。

 ”革命”……仲道銀河さんを倒した時のやつ。


 ちなみに補足させていただきますと、ダンジョン内で取得した“実績”に歯抜けがあるのは、そのボス敵に対して最も有効な打撃を与えた”プレイヤー”に”実績”解除の権利があるためです。

 つまり、いくつかのボス敵討伐の”実績”は、羽喰彩羽ちゃんが取得していることになり……。


 ――うおおおおおおおおお! これで六体目だぁ!!

 ――あーしの勝ちだな!

 ――えへへ~。


 ふと、あのときの彼女の声が脳裏によみがえりました。


 …………うーむ。へこむ。

 ちょっと泣きそう。

 ……あとでお風呂、入ろう。


「では、”ゾンビのみる悪夢”からー」


 ――実績”ゾンビのみる悪夢”の報酬を選んで下さい。

 ――1、試作型対ゾンビ用ロボット

 ――2、試作型対人用ロボット

 ――3、試作型対獣用ロボット


 ――“試作型対ゾンビ用ロボット”は、半径五メートル以内に接近した”ゾンビ”に対し、自動的に発砲する機能を備えた自動操縦の機械です。

 ――“試作型対人用ロボット”は、半径五メートル以内に接近した人間に対し、自動的に発砲する機能を備えた自動操縦の機械です。

 ――“試作型対獣用ロボット”は、半径五メートル以内に接近した人型でない動物に対し、自動的に発砲する機能を備えた自動操縦の機械です。


 ええっと。

 たしか、このへんの“実績”の報酬に関しては一度、百花さんの助言があったような……。

 ま、これについてはあんまり考える必要、ありませんけどね。


「対ゾンビのやつで」


 がしゃんと音を立てて現れたのは、バッティングセンターにあるピッチングマシンの小型版にしかみえない、玩具じみた機械。

 ……うん。明日、麻田さんに言って適当な場所に設置してもらおうっと。


「次」


 ――実績”救世主”の報酬を選んで下さい。

 ――1、智恵者の眼球

 ――2、渡り鳥の羽根

 ――3、凶戦士の魂魄こんばく


 ――“智恵者の眼球”は、自分の眼孔に挿入することで脳に影響を与え、新たな知識の扉を啓きます。

 ――”渡り鳥の羽根”は、使うことで半径5キロ圏内であれば一瞬にして移動できる羽根です。一度使うとなくなります。

 ――”凶戦士の魂魄”は、使うことで周囲を見境なく攻撃するレベル50相当の”プレイヤー”の魂を召喚します。一度使うとなくなります。


 これもひどい。

 ほとんど羽根一択じゃない、これ?


 ……と、思いましたが、一応これは保留にすることに。

 案外、“凶戦士の魂魄”あたりは使い道があるかもわかりませんし。

 どっちにしろ、ほしい時にはいつでもとれるのです。焦る必要はありません。


「次ー」


 ――実績”解毒と救命”の報酬を選んで下さい。

 ――1、魔法の鍵

 ――2、空飛ぶ靴

 ――3、時の砂


 ――”魔法の鍵”は、使うことで施錠された扉を開けることが可能な鍵です。鍵穴がない扉には使えません。

 ――”空飛ぶ靴”は、履くことで十メートルほど飛翔することが可能な靴です。一度使うとなくなります。

 ――”時の砂”は、ふりかけることで時間を十秒ほど巻き戻すことが可能な砂です。一度使うとなくなります。


 あー。

 これもやばい、わかんない。

 百花さんのオススメは”魔法の鍵”でしたけど、これも保留にした方が無難ですよね?

 ”時の砂”とか、場合によってはすごく役に立つかもわかりませんし……。

 うん。後悔したくないし、これも保留で。


 ――実績”鼠の王の討伐”の報酬を選んで下さい。

 ――1、友情を主題とした短編漫画

 ――2、努力を主題とした短編漫画

 ――3、勝利を主題とした短編漫画


 ――“友情を主題とした短編漫画”は、読むことで精神に影響を与え、他罰的な思考を抑制します。

 ――“努力を主題とした短編漫画”は、読むことで精神に影響を与え、消極的な思考を抑制します。

 ――“勝利を主題とした短編漫画”は、読むことで精神に影響を与え、敗北主義的な思想を抑制します。


 うわ、なにこれ。

 勘弁してほしいなあ。

 ”精神に影響を与え”る系ってなんか怖いんですって。自分が自分じゃなくなりそうで。


「いらん。……けど一応、友情のやつで」


 ぱさ、っと、『ワン○ース』じみた絵柄の薄い本がロボの頭に落下します。

 なんだかいやな予感がするので中身は見ないようにしていますが、表紙だけ見たところ、実に作画の荒いコピー本でした。誰が描いたやつだよ、これ。


「じゃ、次。猿の王で」


 ――実績”猿の王の討伐”の報酬を選んで下さい。

 ――1、ちくわにチーズ入れたやつ 五本

 ――2、ちくわにきゅうり入れたやつ 五本

 ――3、自家製オーロラソース 一パック


「…………ん?」


 首をかしげつつ。


「……”動く鎧”は?」


 ――実績”動く鎧の討伐”の報酬を選んで下さい。

 ――1、大長編ドラえもん全集セット

 ――2、悟空×ブルマの激レア同人誌

 ――3、チーズおかき 五袋


「まて。まてまてまてまて」


 ベッドから身を起こし、立ち上がります。

 なんとなーく、ですが。

 こういう報酬を用意しそうな人には心当たりがあって。


 とりあえず足早に階下へ向かい、”放送室”と看板が掲げられた扉をノック。


「おや、珍しいお客さんだな」


 中にいたのは、麻田剛三さんでした。

 どうやら、別のコミュニティと連絡をとっていたところみたい。


「忙しいとこすいませんけど、仲道縁さんに連絡できます?」

「ん、問題ないよ。こっちはちょうど終わったところだ」

「お手数おかけします」

「ええっと。秋葉原コミュニティの周波数は……うん。これだな。……よし」


 麻田さんがなにやらゴチャっとした機材のゴチャゴチャっとしたボタンを操作すると……、


「あー、もしもーし」

『あ、あ、あーっ。(どたばた物が倒れる音)はいはい』


 あの太っちょさんの声が、無線機越しに聞こえてきました。


「こちら、雅ヶ丘ですが」

『その声は……ええっと、あ、”戦士”さんっすか! おつかれっす』

「一つ聞きたいことがあるのですが、よろしい?」

『もちろんっすよー』

「あのぉ……いま、”ダンジョン”で取得した”実績”の報酬を確認してるんですけども」

『じっせき……? あっ。あーっ。わかりますわかります。それが何か?』

「なんか、どれも報酬がショボいんですけども」

『ショボ……ひどいなぁ。あれで精一杯なんすよ』


 ああ、……やっぱり。

 そういうことか。


「あれ、あなたが個人的に用意したんですか?」

『もちろんそっすよ? 報酬アイテムはこっちで決められるんす』

「あの漫画も?」

『あっ、あれ手に入れたんすか? 自分が大学の漫研時代に描いたやつっす。ぶっちゃけどれ選んでも同じ漫画のコピーなんすけどね。あれ、個人的にアクションシーンにはかなり気合い入れてて……』

「……でもでも、“精神に影響を与える”とか、なんかそんな怖いこと言われたような」

『漫画って、大なり小なり読者に影響を与えるもんっしょ?』

「………………………ソーカモネ」


 よし。あれ焚き火の材料にしよう。


「他の”実績”については、どうなんです?」

『えっ? ……えーっと。……さあ?』


 縁さんが目をぱちくりしている様子が目に浮かぶようでした。


『ぶっちゃけ”王”って、”実績”要素とかないんすよ。うまく言えませんが、みんなが遊んでるのとは別ゲーの感覚っていうか、……一人だけストラテジーやらされてる感じっつーか』

「じゃ、縁さんが全部決めてるワケじゃない、と?」

『ですです。”王”に決める権利がある”実績”は、あくまで自分の”領地”で起こった出来事に限られてるんですよ』

「そう……だったんですか」


 これ、できれば無線機越しじゃなく直接伺うべき話でしたね。

 ここ数日、お互いバタバタしていたせいで聞き逃してしまってました。


『親父、……仲道銀河の方針で、魔力のリソースはほとんど”ダンジョン”と”マスターダンジョン”関係の仕組みに注ぐことにしたんです。だから俺の”領地”の”実績”はやっつけ感あるっつーか、……基本的にどれもショボいかも。……なんかすいませんね』

「なるほど。……ちなみに、“王”が作れるアイテムには制限がないのですか?」

『さすがに何でもありってほどじゃないっすけど、自由度はかなり広いっすね。たぶん、みなさんが言う“スキル”の能力がベースにあって、それをこねくり回すことでアイテムを作り出す……ってイメージ?』

「ふむ」


 ――全てのスキルは、“魔力”っていう不定形のエネルギーを、何らかの形でこの世に顕現するための設計図みたいなものなんだな。


 そう言っていたのは鮎川あゆかわ春菜はるなさんでしたっけ。

 ってことは、その“設計図”を元に生み出されるのが……“実績”報酬アイテム……ってことなのかな。


 この情報はたぶん、”転生者”である百花さんも想定していなかったはず。

 私は唇をへの字にして、頭をがりがり掻きむしり。


『でも、それがどうかしたんすか?』

「いえ。……ちょっと確認したかっただけです」

『そっすか。……他に何か?』

「大丈夫です」

『じゃ、遅くまでお疲れっす』

「はい。お疲れ様」


 そして通信が切れます。

 麻田さんは、今の暗号のようなやりとりを不思議そうに見つめていました。


「もういいのかね?」

「はい。……では、おやすみなさい」

「ああ、……おやすみ」


 ▼


 部屋に戻って。

 私は腕を組み、うむむと考え込みます。


 ええと。

 つまり。


 これまで私たち“プレイヤー”が得てきた”実績”報酬ってたぶん、どこかの”プレイヤー”が作り出していて、それを私たちに配っているってことですよね?

 で、その“プレイヤー”は“王”同様に、かなり変わったジョブなんだと思われます。


 そうなると、その”ジョブ”は……。

 ひょっとすると、あれなのかな。


 ――”魔王”。


 もちろんこれは、あくまで憶測に過ぎません。

 ”王”に近いジョブが他に存在するのかもしれませんし。


 なんにせよ、その”何者か”は、どういう目的でそんな真似をしているのでしょうか?


 考え込みますが、結局答えは出ないまま。

 それでも、なんとなーく世界の真理にまた一歩近づけた気分。


 ”実績”報酬のチーズおかきをガシガシ噛みながら、雅ヶ丘での夜は更けていくのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る