その183 あのバカは荒野を目指す
約束の日。早朝。
雅ヶ丘高校屋上にて。
私は、ここ数日の出来事をアニメの総集編的に思い返しています。
鈴木朝香先生に飼育小屋の鶏を見せてもらったり。
君野明日香さんが作ったおからのクッキーをご馳走になったり。
今野林太郎くんと車の下とかに隠れてる”ゾンビ”を始末して回ったり。
多田理津子さんと人気のない商店街をデートしたり。
日比谷康介くんにリックドムのプラモを見せてもらったり。
麻田梨花ちゃんと女子トークしたり。
自室だった場所を綺麗に清掃したり。
お隣の、――田中さんの腐り果てたご遺体をちゃんと埋葬したり。
ここでの暮らしは、とても幸せでした。
奇妙な話ですが、――私は人類が滅びて初めて、人との繋がりの中で幸せを見いだせているのかもしれません。
すでにお話ししたとおり、私には家族と呼べるものがありません。
だからこそ、ここの皆さんとの繋がりを特別大切に思っているのです。
自分が死にたくないのと同じように、私はここの誰にも死んでほしくありません。
だから。
私は独り、ボンヤリ体育座りをしながら迷っていました。
「………………むむむむむ」
情けないことに私は、――ある程度心を決めた今でも、まだ悩んでいます。
気分はまるで、親友セリヌンティウスの元へ駆けつけなければならない……んだけど、ぶっちゃけ気が進まなくって故郷でグズグズしているメロスの如し。
そもそも、私が他者の幸福に尽力せねばならぬ理由とはなんでしょう?
私の幸福はこの場所にあります。
自分の居場所を放り出してまで、よそへ行かなければならないのはなぜでしょう?
”ギルド”はとても優秀な”プレイヤー”をこの場所に派遣してくれると保証してくれていますが、その”プレイヤー”がみんなとうまくやっていけるかどうかも不安ですし。
「フーム…………」
頬杖しつつ、雅ヶ丘を眺めて。
なんか、節目節目でこんな風に迷っている気がしますな。
ちなみに私、”ギルド”に入る件、誰にも話していません。
きっと反対されちゃいますからねぇ。みんな優しいから。
……いや。
佐々木先生あたりは「行け」って言うかな? あの人そーいうとこあるし。
きっと私は、これから不幸な出来事をたくさん目の当たりにすることでしょう。
――首をくくった子供たち。
――愛する人を見捨てる家族。
――人肉を喰らうコミュニティ。
――まともだった人の気が触れてしまう瞬間。
でも、……私の中の何かが叫ぶのです。
立ち止まってはいけない。
この場で立ち止まってしまっては、私はきっと、二度と走れなくなってしまう。
誰かを守り続けるためには、暖かい布団を出て荒野へ進み出なければならぬ、と。
金属質の扉が開く音。
「やあ」
両馬さんが片手を上げて、現れます。
「おはようございます。探しました?」
「いや。……通りすがりの人に聞いたら、すぐに教えてもらえたよ」
「ですか」
「良い場所だ、ここは。……今時、他人を見たら泥棒と思うのが普通だ。なのに誰も僕を疑わなかったから」
「どうでしょ。あなたAPP高めだから悪人だと思われなかっただけじゃないです?」
「えーぴーぴー?」
「Appearance(外見)の略で……あー、いや。やっぱり知らないならいいっす」
ざんねん、TRPG勢ではなかったか。
「……まあ、いい。さっそくで悪いんだけど、結論から先に聞かせてもらえるかな」
「前向きに考えてます」
「そりゃありがたい」
「でもその前に、私が去った後、コミュニティに派遣されるという”プレイヤー”について詳しくお聞かせ願いたいのですが」
「当然の要求だね」
言いながら、両馬さんは手帳を取り出し、
「一応、”ギルド”に加入してくれた場合は、君と関係が深いとされるコミュニティ、……雅ヶ丘高校を中心とするもの、練馬駅を中心とするもの、航空公園を中心とするもの、壱本芸大学を中心とするものに”プレイヤー”を各二名ずつ派遣することが決まってる」
私にその内容を見せます。
「ここに各”プレイヤー”の名前とジョブをまとめておいた。確認してくれ」
「まだ仲間になるとは言ってませんよ? 仲間の情報の扱いには慎重になるべきでは?」
「もちろん許可は取ってる。リスクは承知の上さ。それだけ”ギルド”上層部は君の能力を高く買っていると思ってもらいたい」
「ふむ……」
「一応僕も、これだけの情報を揃えるのに苦労したんだぜ。おかげでこの三日間、あっちこっち走り回る羽目になった」
「ご苦労様です」
私はざっと手帳の中身を確認しました。
▼
【雅ヶ丘高校コミュニティ】
坂本ルツ:”格闘家” レベル57
”ギルド”古参のメンバーの一人。年は25くらい? いつも笑顔を絶やさない美人。女だてらに少林寺流空手の師範代を務めていて、”終末”後もしばらく”プレイヤー”の力の補助なしで人助けして回っていたっていうから、根っからの武闘派だ。
もともとは埼玉の方で活躍していたが、ギルドマスターの呼びかけに応じて、いまはこっちまで来ているらしい。
浅井
僕とほぼ同時期に加入した”ギルド”の新人。落ち着いた感じの男の子。年は高校生くらいかな? ソーシャルゲームが大好きだったらしくて、世界を元に戻してふたたびガチャを引きまくるのが目標だそうだ。
【練馬駅コミュニティ】
松村
見た目は少しゴツいが、他人に親切にすることが生きがいみたいな優しい男だ。年はおそらく四十手前だと思う。
彼は”ギルド”で最も信頼されている“プレイヤー”だと言っても過言じゃない。
ジョブの”伝承使い”というのは要するに、”精霊使い”の上位互換のようだ。
聞くところによると彼は、精霊を使役するスキルを利用して拠点を強化するのがかなり得意らしい。どうにも練馬駅は防御力に欠けるコミュニティのようだから、彼に行ってもらうのが良いだろう、というのが”ギルド”上層部の判断だ。
河野
絆ちゃんに関しては……あんまりよくわからない。照れ屋なのか、僕とはあまりしゃべってくれなくてね。年は十四、五くらいかな?
知ってるかもしれないが、”魔法使い”は何らかの悪事を働かなければ取得することができないタイプのジョブだ。だから僕は、彼女にこそ話をよく聞きたかったのだが……。
とはいえ、練馬駅コミュニティには松村さんが付いてる。問題は起こらないと確信しているよ。
【航空公園コミュニティ】
琴城両馬:”射手” レベル35
僕だ。
一応、”ギルド”の許可を取って仲間の女性”プレイヤー”を四人、連れて行くつもりでいる。
覚えてるかい? “マスターダンジョン”で顔合わせしたあの四人さ。
ただ、彼女たちを戦闘員としては数えないでほしい。知っての通り、荒事が得意なタイプじゃないんだ。
梅田
”ギルド”古参メンバーの一人。百万年生きた仙人みたいな風貌の老人。正直ちょっと話しづらい雰囲気の人だけど、きっとうまくやれるさ。僕はお年寄りが大好きだからね。
【壱本芸大学コミュニティ】
小林一貴:”戦士” レベル39
イッチのことは君も知ってるよな?
あいつ、あれから君に追いつこうとかなり頑張ってて、いろんなところで自主的にレベル上げ……もとい人助けに励んでるらしい。
一応、僕とイッチは常に連絡を取り合っていて、”ギルド”に加入した今も、何かトラブルが起こったらお互いすぐ助け合えるようにしてる。
トール・ブラディミール:”パラディン” レベル78
トールはフィンランドの留学生で、年は20。
日本が大好きなアニメオタクで、日本語による会話もほとんど問題ない。
ジョブは”パラディン”らしい。
詳しくは僕も教えてもらえなかったが、仲間を守るのに特化したスキルが多いらしい。カルマも”善”だし、ちょっと話しただけでわかるくらい良いやつだ。
▼
「ふむ…………」
ぱたん、と、両馬さんの丁寧な文字が並んだ手帳を閉じます。
「言いたいことが一つ」
「なんだい?」
「”壱本芸大学”コミュニティは一癖も二癖もある人が多いので、誰かもう一人、しっかりした大人の方が付いてくれると助かります」
「わかった。ではその通りに手配しよう」
……へえ。即答かぁ。
私は少し顔をしかめました。
というのも、”ギルド”メンバーの層が思ったよりも厚かったもので。
私のレベルが85なので、思ったより追いつかれてる”プレイヤー”もいるみたい。
やっぱ、数ヶ月間レベル上げできなかったのが響いてるかな?
とはいえ、私には”マスターダンジョン”で鍛えた経験があります。
決して戦闘力で負けているとは思っていません。
ですが、万一”ギルド”と敵対するようなことになってしまった場合、かなり慎重に動かなければならなくなったのは間違いありませんでした。
もちろん、今のところそのつもりはありませんけども……。
善意が出発点の行動により悲劇が生まれるということも、よくある話です。
…………まあ。
未来のことをぐじぐじ思い悩んでも仕方ありませんけどね。
「わかりました」
これが、禁断の果実でないことを祈りつつ。
「……あなたたちの”ギルド”に加入しましょう。それで、――」
――”終わらせるもの”によるギルド『名称未設定』加入の申請が行われました。
その数秒後、
――ギルド『名称未設定』のマスターにより”終わらせるもの”の加入が許可されました。
――”終わらせるもの”は今後、ギルドが請け負ったクエストを受理することが可能になります。
――また、ギルドメンバー同士であれば念話が可能になります。
「ねんわ?」
頭に?マークを浮かべていると、それに応えるように、数人の声が聞こえてきます。
――最強メンバーの加入きたあああああああああああああああああああああああ!
――ひゃっっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!
――ヨーコソ! 終わらせる人! ヨーコソ!
――我々は君を歓迎しますよ。
――チョットミナサン、朝カラオオキイ声、出サナイデ……。
――わた、私、き、き、キズナです、よ、よろしく!
――私は坂本ルツだよ! よろしくお願いしますね!
など、など。
「…………うわ、いきなり頭の中が騒がしい」
たった数秒でげっそり痩せ衰えた気分。
両馬さんはイケメン笑顔で「ハハハ」と笑って、
「安心しろ。今だけさ」
「なら良いんですけど……ミュート機能ありますよね、これ?」
「残念だが、そういうのはないなぁ。声がうるさい場合は上の連中に言ってくれれば、ギルドマスターから注意してもらうことになってる」
「ゲゲェ―」
やべぇタイプのSNSに入会した気分ゾ~。
私は、思いっきり唇の端を引きつらせながら、
「あ、えーっと……」
感覚的には、“奴隷”の人と話すのと同じ感じですよね。
(あー、テステス。みなさん初めましてどうも。しがない“戦士”ですが以後よろしゅう)
すると、怒濤の勢いで「初めまして」と自己紹介のラッシュが。
……そんな、声と名前だけ順番に言われても、さすがに覚えてられませんよ。
部活とか入ったことないんでわからないんですけど、こんな感じなのかな。
ちょっと苦手だなぁ、こういうの。
頭の中の声を聞き流しながら、私は立ち上がります。
雅ヶ丘のみんなには、書き置き一枚だけ残してこの場を去ることになって……少し申し訳ない気持ちがあります、が、――。
これも世のため人のため。
人類の文明を立て直すため。
「行きましょう」
「ああ、――同志よ」
▼
その日の昼頃でしょうか。
全ての“プレイヤー”に、“フェイズ3”開始が宣言されたのは。
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