その181 ”ギルド”

 私たちは、万世橋の上にドッカリ築かれたバリケードまで歩いて、適当な鉄柵に腰掛けます。

 道中のコンビニから拝借したブラックの缶コーヒーをゴクリと飲み干し、タバコを一服する両馬さん。


「…………ふーっ。……”マスターダンジョン”を出て良かったのは、再びこれ・・にありつけたってことだな」

「そーいやありませんでしたね。タバコ」


 私も”賭博師”さんも吸わないので、まったく意識しませんでしたが。


「あれだけなんでも揃えてくれてるんだから、タバコの一つや二つ、用意してくれても良かったのに」


 両馬さんは実にうまそうにヤニを吸い、……地面に投げ捨てます。


「『ポイ捨て禁止』」


 私は、近くの看板を指さして言いました。


「真面目だな、君」

「冗談ですよ」


 そうでなくても、あたりはゴミやらなんやらで散らかっています。

 今更ポイ捨てを気にする人はいないでしょう。


「さて、どこから話すべきかな」

「他の皆さん、……イッチくんはお元気で?」


 私の頭に、あの”はがねのつるぎ”を手にした小生意気な少年の顔が浮かびました。


「元気だ。君に会いたいと言っていた。ありゃ、君に惚れたな」

「ハッハッハ」


 ご冗談が過ぎますな。


「他のみなさんも、やっぱり”ギルド”に?」

「まあね。……素っ裸で現実世界に戻された時はどうなるかと思ったけど……」

「みんなそろって元の世界に放り出されたんですか? ……あの、ギャル三人組も一緒に?」

「そうだね」

「では、さぞかし眼福だったことでしょう」

「……はは。まあね」


 両馬さんは力なく笑います。

 どうやら彼、おしゃべりを楽しめるテンションではないようで。


「あのときはめちゃくちゃだった。……状況がわからなかったから、とにかく急いでその場を離れる必要があったんだ。みんな、適当にその辺のカーテンや新聞紙とかで身体を隠して走り出してね。……ソフトクリーム型の看板で“ゾンビ”を撃退したりもした」

「ほうほう」


 どう絵面を想像してもギャグ漫画みたいに思えてしまうのは、私の性格が歪んでいるためでしょうか。


「しばらく走った後、なんとか見つけたブティックで服を手に入れて……ちょうど一息ついたところで、“ギルド”のメンバーが現れたのさ」

「そりゃまた、タイミングの良いことですねえ」

「うん。僕もそう思った。どうやら連中、秋葉原でのごたごたをずっと観察していたらしい。で、脱出したプレイヤーにそれぞれ使者を送った。『我々の仲間にならないか?』ってね」


 ………………。

 ふーむ。

 そうなると、どういうことになるのかな?

 まあ、いまは深く追求しますまい。


「ちなみに、接触した”ギルド”の人はどういう方でした? ジョブは?」


 すると両馬さんは少しだけ油断ならない表情を作って、


「悪いが、僕はもう”ギルド”の一員だ。仲間の情報は話せないよ」


 あら、残念。


「もちろん、最初は我々も警戒した。……けど、彼らは実に興味深い情報を持っていてね。信頼に値することがわかったんだ」

「へー」


 そして両馬さんは、たっぷりと間を持たせて、……世界の真理について語るような口ぶりで、こう言います。


「どうやら、――“ギルド”の仲間に、”転生者”と呼ばれる者がいるらしい」

「………………………。”テンセーシャ”?」

「そう。一度この”終末”を経験した者。ゲーム的に言うなら”強くてニューゲーム”な”プレイヤー”、ということだ」


 私は一瞬だけ迷いました。

 ドヤ顔さらして、


 ――その”転生者”さんのことなら知ってまーす。


 と応えることもできたでしょう。

 でもまー、その辺の情報はまだ、伏せときます。

 わざわざ言う必要もないでしょうし。


「ホホーっ。マサカ、ソンナ方ガ、イラッシャルトハ」

「……なんだか棒読みだな。信じられないかい?」

「いいえ、信じてますよ。いまさら何が起こっても不思議じゃないですし」

「だよな。……とはいえ、最初は僕たちも半信半疑だった。けど、いくつか僕たちでないと知り得ない情報があったからね。信じることにしたんだ」

「と、いうと?」

「仲間の……おなかに、子が宿ってる。僕の子だ。”転生者”は、前の人生で僕と知り合っていたらしくてね。そういう事情をよく知っていたんだ」

「……へえ」


 っていうかこの人、あの状況でやることやっとったんかい。

 タバコだけじゃなく、ゴムも用意すべきでしたね。縁さん。


「こんな世の中だ。できるだけ情報の多いチームに所属するのが生き残る術だからね」

「ですな」

「……で、だ。……“ギルド”上層部の連中はどうやら、今は西に機能を移している日本政府と連絡を取り合っているらしい。政府はどうにかして国土を”ゾンビ”と”怪獣”どもの手から取り戻そうとしてる」

「ええっ」


 私は目を丸くします。


「この国の政府って、まだ機能してたんですか?」

「まあね。今は”ゾンビ”対策のための長大な防壁を作っている最中なんだと」

「マジか」

「マジだとも」


 てっきり私、世界中どこへ行ってもゾンビアイランドなんだとばかり。


「”マスターダンジョン”に長くいた弊害だな。この手の情報はある程度ラジオ放送で出回っていたらしい。知らなかったのは我々だけさ」

「じゃ、一刻も早く避難民を西に移住させるすべきでは? ヘリコプターとかで、なんとか少人数ずつでも移動できれば……」

「ところが、政府にそのつもりはないらしい」

「……と、いうと?」

「理由は二つある。……彼らは基本的に、ぼくたち東側の人間を信用していないようなんだ。何かの……奇妙な術によって汚染された生命体……アメコミ風に言うなら、“ミュータント”のように感じている」

「なんですって?」


 目を丸くします。


「それって、どういう……」

「どうやらこの、――《発火》」


 両馬さんの人差し指に、ライターほどの火が点ります。

 彼はそれを使って、追加のたばこに火をつけました。


「……”プレイヤー”としての力が目覚めた人間は、あまり関西圏には見られないらしくてね」

「それって……」


 ズキズキしてきたこめかみを揉みつつ、何ごとか口にしようとします。

 ですが、結局なにも言えませんでした。


「もう一つ。……いま、東で生き残っている人々には、いずれ行われる予定の国土奪還作戦の足がかりになってもらいたいらしい」

「……ええええ…………」


 いつ”怪獣”に襲われるかわからない状況の人々を放っておいて、あまつさえみんなの力を借りようなんて。

 ……さすがに、あまりにも図々しすぎやしませんか?


「言いたいことはわかる。ぼくもまったく同じ文句を”ギルド”メンバーに投げかけたからね。『それだけ連中にも余裕がないってことだ』、だそうだよ」

「ふむ…………」


 まあ、……自衛隊は壊滅したという話も聞きますし、残された戦力ではそれが限界なのかもしれません。

 でもなー。

 なんていうかなー。

 もっとこう、うまいやり方、あるんでないのー?

 これって、現場の人間特有のわがままなんでしょうか?


「とにかく、政府が望んでいるのは避難民コミュニティの安定と強化だ。”ギルド”もそれを全力で支援するつもりでいる」


 なんか、明智さん織田さんあたりが反乱起こしそう。

 困ったなあ。

 ……この情報、しばらくみんなには黙っておこうっと。


「“ギルド”の当面の目的は、あちこちに点在しているコミュニティにプレイヤーを派遣し、避難民とともに治安を取り戻していくこと。その後、関西圏から派遣されてくる自衛隊と協力して”ゾンビ”と”怪獣”を一掃する手はずになってる」

「でもそれ、いつになるかわからないんですよね?」

「ああ。……一ヶ月後か、半年後か。あるいは一年後かも知れない。それでも、国土の半分を“ゾンビ”どもの巣窟にしておくわけにはいかないだろ」


 そりゃまあ、そうですけど。


「もし君が“ギルド”に入ってくれるなら、これほど心強い味方はいない。君くらいの実力があるなら“怪獣”だって怖くないだろうし、……避難民とのトラブルにも対応できるだろう。もちろん、“ギルド”も全力で君をサポートする。雅ヶ丘を初めとするコミュニティにも、腕利きの”プレイヤー”を派遣することを約束しよう」

「ふーむ」


 私は腕を組み、考えます。


 ――そろそろお前、……楽をしてもいいんじゃないか?


 それは、日比谷紀夫さんの言葉とは真っ向から対立する提案でした。

 私は少し考えて、


「今は少しやりたいことがあるので、返答を保留しても?」

「まったく構わない。……というよりそもそも、我々は君に何かを強制する力はないんだ。だからこれは、単純なお願いだよ。『助けてくれ』っていう、ね」


 そして両馬さんは立ち上がり、


「三日後、雅ヶ丘高校に行く。そのときまでに心を決めておいてくれると助かる」

「おいっす」


 バリケードの前まで歩いていきます。


 そこで私は、テレビで学んだ”刑事コロンボ式交渉術”を発動。

 別れ際は気が緩んでいるので、ついうっかり重要な情報を漏らしてしまいがち……というアレ。


「あ、そうそう。一つ聞いてもよろしくて?」

「なに?」

「両馬さんは”転生者”さんと……ええと。直接会ったんですか?」

「いや、会ってはいない。僕たちは”ギルド”のメンバーから間接的に話を聞いただけだ」


 まーそうでしょうね。

 両馬さん、さっき”転生者”の名前を出しても、あんまり深く知らない感じでしたし。

 きっと彼に与えられている情報は極めて限定的なのでしょう。


「じゃ、その人がどういう感じの”プレイヤー”かは聞いていない、と?」

「そうだね。ただ、鬼のように強いという話は聞いたけど」

「その人は……その。お元気で?」


 すると両馬さんは少し顔をしかめます。


「……そうだね。たぶん、そのうち君も知ることになるだろうから、先に言っておこう」

「なんです?」

「”転生者”は今、死にかけているらしい。どこぞの”プレイヤー”と戦った末、魔力切れを起こして”ゾンビ”に噛まれたんだと」

「えっ。……それってつまり、余命幾ばくもないってことじゃ」

「それが、ギリギリのところで”ギルド”メンバーに救われたらしくてね。いまは魔法で”ゾンビ”化の進行を抑えていて、話すのがやっとらしい」

「……大丈夫なんですか?」

「わからない。ただ一つだけ言えるのは、”ゾンビ”毒を中和するアイテムが手元にあるなら、”ギルド”と“転生者”に恩を売るチャンスだということだ」


 それだけ言って、彼はぴょんとバリケードを飛び越えていきました。


 一人、万世橋の上に残されて。


 ――百花さん……。


 眉を潜めて、彼女の顔を思い浮かべます。

 このご時世、なかなか“楽”はさせてもらえないご様子で。


 でも。

 友達を裏切るくらいなら、ちょっとくらい困難が待ち受ける道を選んでも、……いい、かな。

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