佐々木先生の手記:前編

二〇一五年 二月二十二日

 地獄の釜のふたが開いてから、今日で二日目。

 ずいぶんひどい目にも遭ったが、何とか安全な場所に逃げ込むことができている。

 今は職員室に即席のバリケードを構築して、身体を休めているところだ。

 部屋の外では、今もあの歩く死人どものうなり声が聞こえている。


 何もしていないと落ち着かないため、手記をつけることにした。

 正直、あまり文章を書くのは得意ではないのだが……まあ、あくまで個人的な記録用だ。そこまで肩肘張る必要もあるまい。


 願わくはこれが、佐々木葉介の生きた証とならんことを。

 なんてな。



二〇一五年 二月二十三日

 生徒たちの命がけの助力もあって、雅ヶ丘高校の敷地内はほぼ安全が保証されている。

 現在、避難民の人数は43名。

 大人が17名。子供が26名。

 うち、お年寄りは6名。要介護者が2名。

 話し合いの末、リーダーは警察官である麻田剛三氏が勤めることに。

 私はなるべく俯瞰ふかんした立場でコミュニティを見守ることにする。



二〇一五年 二月二十四日

 件の”ゾンビ”化現象により、避難民が二名変異。

 二名はとある勇敢な女生徒により処刑された。


 当然のことながら、皆に不安が広がっている。

 全員に夜間の戸締まりの徹底を通達。



二〇一五年 二月二十五日

 雅ヶ丘高校一年、日比谷康介くんより、「ゾンビ狩りの訓練をしたい」との要望。

 勇敢と無謀をはき違えているように思う。

 私は当然反対したが、麻田氏の口添えもあって、無理をせぬ程度であれば、と、許可が出る。

 我々のリーダーは責任感のある有能な男だが、娘の説得に弱いのが玉にきずだ。

 もちろん、しばらくは見張りの大人をつけることにする。



二〇一五年 二月二十七日

 バリケード構築のための人手が足りず、子供たちの”ゾンビ狩り”はある程度彼らの自主性に任せることに。

 とはいえ、やはり不安はある……が、彼らは思ったよりも賢く、慎重だ。

 我々大人もしっかりせねばなるまい。



二〇一五年 二月二十八日

 食糧は数ヶ月分、たっぷりある。暖かい寝床もある。

 問題は、夜間うっすらと聴こえてくる”ゾンビ”どものうなり声だ。

 すでに何人かノイローゼの兆候を示している。



二〇一五年 三月一日

 校舎屋上から見えるスーパー、”キャプテン”に要救助者が出現。

 苦肉の策として、希望者を”キャプテン”へと送り込むことに。

 結果、要救助者三名の救出に成功。

 しかしその代償として、とある勇敢な女生徒を一名、それと自衛隊員を一名、安全地帯の外へと置き去りにすることに。

 皆、二人の帰還を信じて疑わないが、私はそうは思わない。

 いかに訓練を積もうとも、人間である限り、必ず隙が生ずる。

 そしてあの歩く死人どもはどんな隙も見逃さず……喉元に食らいつくのだ。



二〇十五年 三月二日

 件の自衛隊員は殉職。

 例の勇敢な女生徒は無事、帰還を果たした。

 どうやら自衛隊員が命を賭して彼女を救ったらしい。

 彼の魂が極楽に向かわれることを切に願う。



二〇一五年 三月三日

 夜、鈴木先生にたたき起こされる。

 どうやら安全地帯外へと脱走した生徒がいるらしい。


 その後の顛末は、あまりにも馬鹿馬鹿しくて手記に書くのもはばかれる。

 結論から言うと、時として食欲は死に対する恐怖をも上回ることもある……ということだ。



二〇一五年 三月四日

 日比谷紀夫氏が話してくれた、”怪獣”の襲撃。

 皆の尽力によりこれの撃退に成功する。

 しかしその結果、男子生徒一名、避難民の女性が一名死亡。


 すべてが終わったとき、私は皆を家族のように感じ始めていることに気がつく。



二〇一五年 三月五日

 とある女生徒から人生相談を受ける。

 大した内容ではないので、詳細は省かせてもらう。



二〇一五年 三月七日

 とある事情により、件の女生徒が一名、所沢方面へと旅立つことに。

 なお、彼女の詳細については、……本人の希望により、記録を最小限度に留めておく。

 

 なんにせよ、彼女の旅路に幸あらんことを。



二〇一五年 三月八日

 三匹の飛竜を伴った、奇妙な出で立ちの少女が来校。

 麻田氏、日比谷氏、鈴木先生、私の四人で彼女と話したところ、我々の想像を超えた事情説明がなされる。

 なんでも彼女は”転生者”で、この終末的状況を一度経験しているらしい。

 もう何が起こっても不思議とすら感じていない自分がいる。



二〇一五年 三月九日

 ”転生者”の好意により、付近の”ゾンビ”を制圧。

 乗り捨てられた車や廃材を利用し、徹夜でバリケードが築かれる。

 また、付近にある商店街の物資を運び込むことにも成功。

 今夜は安心して眠れそうだ。



二〇一五年 三月十日

 鈴木先生の提案により、防音に優れた音楽室にて映画が上映されることに。

 全会一致で、アクション控えめの喜劇的な作品が選ばれた。


 上映会には私も参加したが、なんでもないような日常シーンに目頭が熱くなる。

 我々は、なんとしてでもかつての日々を取り戻さなければならぬ。



二〇一五年 三月十一日

 例の女生徒が帰還。

 また一回り、戦士として成長しているように見えた。

 それが良いことなのかはわからないが。



二〇一五年 三月十三日

 周辺地域における生き残りの救出作戦が実行中。

 日毎コミュニティの人数が増えており、避難民はすでに当初の倍以上になっている。

 人が増えるとその分、トラブルが発生する確率も跳ね上がる。今後は”ゾンビ”だけでなく隣人の動向をもよくよく注意しておかなければ。

 それこそ、ロメロの映画のように、――裏切り者が原因でコミュニティが全滅するような真似だけは避けなければならない。



二〇一五年 三月十四日

 鈴木朝香先生主導による「エコノミークラス症候群に対する予防策」が実行されている。

 よほど身体的な問題を抱えている場合を除いて、避難民全員になんらかの仕事を割り振ることが決まったのだ。

 避難生活が長期化した場合に備えて、運動場を掘り返して農業を始めたり、ほつれた布を繕って新しく使えるようにしたり、飽きないよう日々の食事の献立を考えたり……。

 まあ、悪くない傾向だとは思う。



二〇一五年 三月十七日

 避難民同士での争いが発生。

 どうやら酔っぱらいの戯言が発端らしい。だが、下手をすれば死者が出かねない事件だった。

 絶望した人間ほど何をしでかすかわからないものだ。

 今後はアルコールの管理を厳しくする必要がある。


 それともう一つ。

 コミュニティ内で傷害や盗難事件が発生した場合、我々はその犯人に私刑を加えて良いものかどうか。

 その辺の道徳的な判断も含めて、今後は難しい問題も発生してくるだろう。



二〇一五年 三月十八日

 無理もない話だが、昨日の喧嘩の加害者側の男がコミュニティ内でかなり浮いてしまっている。

 まずい兆候だ。

 原因は彼自身にあるとはいえ、閉鎖的状況下における孤立は新たな悲劇を生み出しかねぬ。

 なんとかせねば。



二〇一五年 三月十九日

 先日、おもちゃ屋から物資を運び込んだ結果、大量のプラモデルが手に入っている。

 結果、子供たちの間でプラモデル製作が流行っているらしい。

 夢中になれる気晴らしがあるのは決して悪い兆候ではない、が……少し校内がシンナー臭くなっている、との苦情が。

 協議の結果、屋上にプラモデル製作用のスペースを作って、そこで思う存分創作活動に花を咲かせてもらうことに決定。



二〇一五年 三月二十日

 鈴木先生の考えは間違っていなかった。

 日中にやるべき作業を与えられた結果、”ゾンビ”におびえて震えているしかなかった避難民の顔に少しずつ笑顔が戻りつつある。

 何かにつけて明るい鈴木先生の性格にも助けられている。


 件の喧嘩を引き起こした加害者側の男も、仕事に対するひたむきな姿勢が功を奏してか、少しずつ仲間に受け入れられつつあるようだ。

 あるいは彼自身、わかっているのかもしれない。

 もしこの場所を追い出されてしまったら……おそらく数刻とたたず、あの歩く死人どもの仲間入りを果たすであろう、と。



二〇一五年 三月二十五日

 道中、いくらかのトラブルに見舞われたようだが、先ほど無事に沖田隆史たかし氏を中心とするコミュニティと合流。

 お年寄りや女子供が多い。

 彼らにもできる仕事を考えなければ。



二〇一五年 三月二十八日

 深夜、子供たちの泣き声がうるさくて眠れないとの報告があがる。

 沖田氏のコミュニティの人々の心的ストレスが思ったよりも深刻らしい。

 どうやら彼らは、我々のように暖かい寝床があったわけではなく、寒空の下、狭い空間に押し込められるようにして生活していたようだ。

 親に見捨てられた子供も多いと聞く。


 こういう時、我々教師が力を尽くさずしてどうする。



二〇一五年 四月二日

 鈴木先生、浅見先生、香坂先生たちの提案で、午前の数時間を子供たちのために使うことに決まる。

 まだどのような授業内容になるかは決まっていないが、できるかぎり生徒の要望を受け入れて、彼らが学びたいことを学ばせたいと思う。

 もちろん、英語を学びたい子がいるなら私自ら教鞭を執るつもりだ。

 だが、授業のカリキュラムは大幅に見直さなければならぬ。

 おそらく、彼らが大学受験を受けられる確率は限りなく低いだろうから。



二〇一五年 四月三日

 例の女生徒の仲介により、所沢にある壱本芸大学のコミュニティ、航空公園のコミュニティ、練馬周辺にあるコミュニティと物資・人員のやりとりを行うことに。

 まず手始めに、明日は代表者の一人である織田氏との会合がある。



二〇一五年 四月四日

 織田氏との初顔合わせ。

 二、三十年前の俳優、といった感じの濃い顔つきの男だ。

 正直言うと、少し苦手なタイプである。

 が、なんとなく日比谷紀夫氏と馬が合いそうな雰囲気だと思った。



二〇一五年 四月八日

 西武池袋線上を交易路とすべく、”ゾンビ”掃討作戦が始まる。

 対”ゾンビ”に優れた才能を発揮する者を前線に配備し、後続の者がバリケードを強化していく。

 すでにある程度“ゾンビ”が片付けられていたこと(恐らく、先にあの女生徒が通ったためだろう)も手伝ってか、順調に作業が進んでいるらしい。

 とはいえ、交易路の安全が保証されるまでは一週間はかかるだろう。



二〇一五年 四月十九日

 ほぼ交易路が完成。今後は定期的にトラックが行き来し、必要な物資と人員のやりとりを行うことに。

 最近では、学校周辺はほとんど”ゾンビ”が見られなくなっている。家財を取りに戻れた避難民も多くいるようだ。

 そんな彼らですら、――結局は雅ヶ丘高校に戻ってきている。

 おそらく皆、わかっているのだ。

 住み慣れた我が家に閉じこもっているよりも、信頼できる隣人といる方が、よほど自身の安全につながるのだ、と。



二〇一五年 四月二十日

 あちこちから物資を集めた結果、かなり食糧が潤沢に揃ってきている。

 そうなってくると問題は、それをどのように皆に仕分けるか、だが。


 これまでは、すべての避難民に平等に行き渡るように物資を配ってきたつもりだが、個々人が請け負う仕事とその量によって手に入れられる物資を区別すべきだという意見が出始めている。

 私としては、皆が一丸となってこの危機を乗り越えてほしいと願ってやまないのだが……、他人の子よりも自分の子供に贅沢をさせたいと願う親がいるのも無理からぬ話か。


 聞くところによると、壱本芸大学のコミュニティでは簡単な階級制度を導入しており、それぞれの働きに応じて配給チケットが手渡されるシステムらしい。

 気が進まないが、我々も彼らの真似をすべきだろうか?



二〇一五年 四月二十一日

 日が落ちる頃、全長十メートルほどのカマキリに似た”怪獣”が出現。

 が、発生後まもなく”転生者”の飛竜により殲滅される。

 飛竜はもはや、我々の間では守護者の象徴となりつつある。



二〇一五年 四月二十二日

 私を名指しして共産主義者呼ばわりするビラが出回っているらしい。やれやれ。

 ちなみに私は、大学時代からずっとノンポリだ。



二〇一五年 四月二十三日

 昼過ぎ、数名の怒り狂った男女が職員室に乗り込んできた。

 「不平等な避難民の扱いに関する抗議のため」とのこと。

 要するに彼らは、私や麻田氏のような「責任の重い仕事」に就きたいようだ。

 実に都合が良い。

 今でこそ、このコミュニティの相談役のような立場を任されているが、もともとそんなのは私の柄じゃないのだ。


 できれば本来の、――教職員としての役目に集中したい。



二〇一五年 四月二十四日

 残念なことに、昨日の連中に仕事を引き継ぐわけにはいかなくなった。

 よくよく彼らの評判を確かめた結果、あの勇敢なる、――物資調達・人命救助班の子供たちをバケモノ呼ばわりしていることがわかったためである。

 彼らは絶えずあちこちに出向いているため、コミュニティ内のメンバーにとって得体の知れない異邦人のように思えてしまっているのかもしれない。


 彼らがごくごく平凡な少年少女であったことを知る人間が少なくなりつつある。

 彼らが孤立するような展開だけは絶対に避けなければ。

 私がまだこのポジションに固執する理由があるとすれば、それだけだ。

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