佐々木先生の手記:後編
二〇一五年 五月二日
麻田氏と相談した結果、我がコミュニティにおける”新しいルール”について広く意見を求めることに決まった。
大人から子供まで政治について考えさせられる良い機会ではないかと思う。
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二〇一五年 五月四日
集計をとったところ、思ったよりも多くの人が壱本芸大学コミュニティのような実力主義・資本主義的な制度の復活を願っておらず、現状のやり方でそこそこ満足してくれていることがわかった。
考えてみれば無理もない。
皆、あの”ゾンビ”どもに人間が引き裂かれるのを目の当たりにして、この場所にいるのだ。
誰もが自分の無力さを熟知している。
誰もが、今以上の努力を課せられることを恐れている。
皆、明日にでも争いに駆り出されるのではないかと、おびえているのだ。
コミュニティの運営はこれまで通り麻田剛三氏に一任されることになった。
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二〇一五年 五月七日
ある種のストレス環境下において、多くの人は短期間における耐性を発揮するという。
問題は、それがどの程度の期間保つか、という点。
いつ怪物どもに襲われるかもわからぬ、この尋常ならざる環境において、我々は平時よりもお互いの幸福と精神状態に気を遣う必要があった。
誰もが、……このコミュニティの安定した存続を願う必要があった。
何よりも、自分自身の安全と保身のために。
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二〇一五年 五月十日
少し気が緩んでいたのかもしれない。
今日は、コミュニティの人間からおよそ一ヶ月ぶりの死者を出す結果となった。
銃火器で武装していたとはいえ、単独行動をさせてしまったのが原因だ。
一瞬油断した結果、足を”ゾンビ”に噛まれてしまった、とのこと。
彼は人命救助班の少年により安楽死されている。
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二〇一五年 五月十二日
明日、”転生者”に連れられて、例の女生徒他一名が池袋方面に旅立つことが決まった。
聞くところによると、新たな力を得るために”ダンジョン”と呼ばれる空間で修練を積む必要があるらしい。
飛竜がいなくなるのは不安だが、今後のためを思うと仕方あるまい。
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二〇一五年 五月十三日
池袋方面から強烈な閃光を目撃。
遅くまでプラモデル製作を行っていた生徒数名によると、数十メートルほどの巨大な蛇が天に向かって昇っていったらしい。
その後、例の女生徒を初めとする三人との連絡手段が消失。行方不明になる。
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二〇一五年 五月十四日
混乱を避けるために三人の失踪を伏せるべきか話し合われたが、あえてここはありのままを皆に伝えることに決まる。
どこから情報が漏れるか不明瞭な以上、ここは誠実さを示した方が賢明だろう。
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二〇一五年 五月十五日
コミュニティの皆に不安が広がっている。
”ゾンビ”はともかく”怪獣”に襲われた場合、果たして我々に対処が可能だろうか?
とはいえ、まだ目にしてもいない脅威に怯えても仕方があるまい。
今後はコミュニティ間の連携を密にし、希望者を募って銃火器類の訓練にも時間を割くようにせねば。
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二〇一五年 五月三十日
半月も手記をサボってしまった。
それだけやるべき仕事が蓄積していたのである。
それにしても、まさか私が銃火器の取り扱いに関して皆に教える羽目になるとは。
私が銃を握ったのなど、たった一度、海外旅行したとき以来だというのに。
織田氏曰く、私はわりと「筋が良い」らしい。勘弁してくれ。
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二〇一五年 六月十日
相変わらずかなり多忙な日々が続いている。
だが、
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二〇一五年 六月十一日
昨日はもうちょっと手記を書くつもりだったが、”怪獣”が来襲したために中断する羽目になった。
今回の”怪獣”は、全長四メートルほどの巨大蟻だった。
やつが職員室の窓からのっそり顔を出したときは肝が冷えたが、人命救助班の少年少女たちの尽力により、なんとか殲滅に成功する。
ただその結果、香坂先生他、数名の同僚を失うことに。
香坂先生とは一昨日の晩、仕事終わりにウイスキーで乾杯したばかりだ。
くそ。
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二〇一五年 六月十二日
先日の襲撃事件以来、明らかに皆の気力が失われている。
何より私自身、うつ病の兆候が出ている気がする。
明日、”怪獣”によって被害を受けた人々を見舞いに航空公園コミュニティの代表者が来る、とのこと。
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二〇一五年 六月十三日
航空公園コミュニティの代表と会見。
アキバ系、とでも言えば良いのか。ずいぶんと可愛らしいメイド姿の少女だ。
彼女の持つ不可思議な力で、多くの怪我人が回復。まこと便利な能力である。
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二〇一五年 六月十四日
昨日のメイド少女、男だったらしい。
まあ、男だろうが女だろうがどちらでもかまわんが。
一応、記録にのこしておく。
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二〇一五年 六月十七日
人命救助班から弱音を聞く。
彼らは、……ここのところずっと、私たちの想像を絶するような地獄を目の当たりにしているらしい。
――首をくくった子供たちだとか。
――自ら火が放たれた一軒家だとか。
――ケダモノのように通行人を襲う悪漢だとか。
――狂気にとらわれてしまった人々だとか。
我々は無力だ。誰も彼もを救うことはできない。
救助班には休暇をとるように言ったが、
「せめてセンパイが帰ってくるまでは……」
そう語る彼らが哀れでならない。
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二〇一五年 六月二十日
とある避難民(女性)より相談あり。
彼女はもともと性的なサービス業に就いていた経験があるため、このコミュニティ内でも「そういう仕事」を請け負いたい、とのこと。
返答は一時保留にする。頭が痛い。
私個人としては決して彼女のような仕事を軽蔑しているわけではない、が……。
腐ってもここは学校だぞ?
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二〇一五年 六月二十九日
表面上、コミュニティは安定しているように思える。
だが……やはりどこか以前とは違う。
いつから? わかりきっている。
例の女生徒が失踪した、あの日からだ。
人命救助班の連中は彼女の生還を信じて疑わないようだが、……私のような立場になると、常に最悪の事態について考えずにはいられない。
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二〇一五年 七月二日
少し疲れた。最近あまり眠れていない。
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二〇一五年 七月八日
政府は東京を放棄したらしいという、確かな情報が。
つまり第三者による救出の可能性はほぼ絶たれた、ということだ。
あるいはこの場所は、最後の理想郷なのかもしれぬ。
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二〇一五年 七月十二日
深夜、例のメイド少年から無線連絡。
どうしても直接会って話したいことがあるらしい。
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二〇一五年 七月十三日
例の、……女生徒の生存が確認された。
どうやら秋葉原を根城にしている謎の勢力によって、しばらくの間閉じ込められていたらしい。
心配ばかりさせおって。まったく、あの間抜け面め。
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二〇一五年 七月十五日
練馬区にあるスーパーにて、麻田氏、織田氏、明智氏、天宮くん、私、鈴木先生というメンバーで会合。
当初こそ私は、”王”とかいう男との全面戦争に乗り気でなかったが、……内通者による確かな情報を聞くうちに意見が変わった。
その男は危険すぎる。生かしておいてはならない。
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二〇一五年 七月十六日
会議についての詳細は、書記の鈴木先生のところに記録があるため省かせてもらうが、結局徹夜になった。
ただ一つだけはっきりしているのは、……皆、あの女生徒が帰ってくることを望んでいる、ということだ。
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二〇一五年 七月二十七日
人命救助班の今野くん、君野さんの二人が謎の敵勢力(今野くん曰く、銀ピカ鎧男)と接触。
銀ピカ鎧男と同行していた車椅子の老人からよくよく話を聞いたところ、とても悪党には思えない、が。
今は状況が状況だ。
念のため物資調達班にも注意を喚起しておく。
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二〇一五年 七月二十八日
例の女生徒の生存を正式に発表。
皆の表情に希望が蘇る。
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二〇一五年 七月二十九日
校内に戦車が四台ほど運び込まれた。
戦争の始まりを、皆が肌で感じている。
だが不思議と不安はない。
あの娘が戻ってくるのだ。
あいつなら、きっとうまくやるだろう。たぶん。
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二〇一五年 七月三十日
厳選されたメンバーによる戦闘班の編成が終了。
進軍が始まる。
ちなみに私は居残りだ。
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二〇一五年 八月一日
戦闘終了報告。
「作戦成功。勝利」とだけ。
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二〇一五年 八月二日
戦闘班の尽力により、かなり多くの人々が救われたようだ。
皆も安堵している。
……というか、昨日からこっち、お祭り騒ぎだ。お陰で仕事にならん。
恐らくみな、良いニュースに飢えていたのだろう。
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二〇一五年 八月八日
あの女生徒が帰ってきた。
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