その179 休日

 次の日。

 部屋から出ると、目の前に”賭博師”さんの姿がありました。


「……よう」


 どうやら、私が起きてくるのを待っていたようです。


「ども」


 一瞬にして、気まずい雰囲気が形成されました。

 彼女と話さなくなったのは、”王”との戦いの後からでしょうか。

 お互い忙しかった、というのもありますが。

 なんとなく、……話すのを後回しにしていて。

 その結果、軽く気まずい感じになっていたり。


 関係が壊れてしまった……とは思いたくありません。

 ただ少なくとも、それまでどおりにいかないことは間違いありませんでした。

 ”賭博師”さんが、彩葉ちゃんの一件を「借り」だと考えている限り。


「……昼前にはここを出て行くよ。だから挨拶をと思って」

「出て行く、って……」

「約束しただろ。例の”死者を蘇生する”プレイヤーがいるってとこへ」

「……ですか」


 私の中に相反する考えが生まれました。

 死者を蘇生するプレイヤー。

 そんな都合のいい人が実在するとは思えない、という考え。

 しかしあるいは、ひょっとして……という考え。


 彼女と共に行く。

 もちろん、そういう選択肢もありました。


 ですが、……私の力を、多くの人が頼りにしていて。

 そう簡単に自分の縄張りから離れてはいけないという想いもあります。


「私は……」

「お前は来なくていい。……たぶん危険な道のりになるからな。命を賭けるのは、独りでいいんだ」

「しかし、」

「もし、避難民がプレイヤーに襲われた場合、頼りになるのはオメーだからな」


 ……フムー。

 ニントモカントモ。

 でも、”賭博師”さんの言うことももっともでした。

 ただでさえ今は、フェイズ3がいつ来るかもわからないような、危険な状況です。

 強敵の出現に備えて守りを固める必要がありました。


「それじゃーな」


 ”賭博師”さんは、私の手を掴んで、ぶんぶんと乱暴に上下させたあと、背を向けます。


「“賭博師”さんっ」


 そんな彼女に、声をかけずにはいられませんでした。

 こんな手短な別れとなるのなら、もっと早く、ちゃんと話す時間を作るべきだった、と悔やみながら。


「……なんだ?」

「いろいろありますけども。とにかく、無理をしないことです」

「心配してくれるのかい?」

「いえ、別に」


 私はあえて、冷たい言い回しを使いました。

 皮肉屋の彼女のこと。――単純に優しいだけの言葉は逆効果に思えたからです。


「――ただ、あなたは、ここにいるたくさんの人にとって存在だということを忘れないで下さい」


 “賭博師”さんが、口元をニヤリと歪めて、


「たしかに」

「あなたはまだ、自分勝手にくたばる自由だってないんです。わかっていますね?」

「……だな」


 こんな、説教臭い話がしたかったわけではなかったのですが。

 寝起きだからかな。なんだか言葉が上滑りしているように思えて。

 それでも、伝えたい言葉の本質は受け取ってもらえたと信じておきましょう。

 “賭博師”さんはそっと私の腰に手を回して、


「じゃ、いってくる」


 ぎゅっ、とハグ。

 そうしている彼女は、見た目相応、小さな子供のように見えます。


「いってらっしゃい」


 これが、今生の別れとならないことを祈りつつ。



 いやはや。

 朝っぱらからびみょーな気分になるイベントだったなぁ、とか思いつつ。

 秋葉原地下の避難所の出入り口、――でっかい銀行の金庫みたいな扉をうんとこしょと開けて、地上に出ます。

 目的は、これまで挨拶を先送りにしていたみんなと話すため。

 ここんとこ、バリケード外の”ゾンビ”を一掃する仕事に忙しくて、まともに話ができていない人ばっかりですからねぇ。


 多くの人が行き交う街をとことこ歩いていると、


「おや。ハクじゃん」


 さっそく懐かしい顔が。


「どうも、凛音りんねさん」


 凛音さんは今、泥にまみれて三十年、といった風貌でした。

 綺麗な顔を泥と油で汚しながら、大人が数人がかりでようやく運べるってくらいの大きさの鉄骨を、たった独りで運んでいるところのようです。


「……十代の女子とは思えない格好ですねえ」

「いいんだよ。この方が楽だから」

「聞きましたよ。――わざわざ危険な仕事に志願した、と」

「どうにも内職仕事は気詰まりでね。ちょうど”奴隷”の枠が空いてるって聞いたから。都合が良かったのさ」

「しかし……」


 私は微妙な気分になっています。

 なぜ、知り合いから順番に死地に飛び込んでいくのだろう、と。


「言っとくけど、あたしに言わせりゃ、まだこっちの方が安全なんだよ。あたしってほら、やたら美人だから。――静かにしてると、妙な男が寄ってくるのさ。蝿みたいに」


 凛音さんはまるで、自分が美しいことが世界の最も基本的なルールであるかのような口ぶり。まあ否定はしませんけども。


「女王様でいるのには、もううんざりなんだ。あたしはずっと、自分の身は自分で守れる女になりたかった。……あんたみたいに」


 ……戦う覚悟があるなら、それで構わないのですが。


「ところで。この鉄骨、このまんまじゃバリケードに使いにくいからさ。……テキトーにぶつ切りにできたりしない?」

「お安いご用……と、言いたいところですが。今日はお休みの予定なんです」

「あら、そうだったかい。悪かったね。じゃあまた」


 言いながら、凛音さんは軽く手を振って、秋葉原の外郭部に向かってのしのしと歩いていきます。

 ……結局、会話してる間、一度も鉄骨下ろしませんでしたね、彼女。ハンドバッグみたいに鉄骨持ったまま立ち話するんですもの。

 見た目は華奢な美少女なのに、力はゴリラみたいなんだから。

 そりゃ、男も寄り付かないっすわ。

 まあ、そういうのが好みな人、いずれ現れるかもわかりませんが。



 その後、私は懐かしい顔がちょうど集まっているところに出くわします。

 日比谷康介くん、今野林太郎くん、多田理津子さん、君野明日香さん。


「センパイ!」「よっす!」「……お久しぶりです」「あらら、どうも」


 私の顔を見ると、四人はそれぞれ、華が開いたみたいにぱっと笑ってくれました。

 ……悪くないものですねえ、こういうのって。


「やあやあ、しょくん。ちょうしはどうかね?」


 重役気分で片手を上げると、康介くんが苦い表情で応えました。


「それが、……ちょっとこれ、見てくださいよ」


 そう言って指差したのは、一本の掘り井戸(貞子とか出てきそうなタイプのアレ)。

 そこを覗き込むと、


「うげぇ」


 中にいたのは白いワンピースを着た幽霊……ではなく、大量の”ゾンビ”たちです。


『おおおおおお、……おお……おおお…………』


 井戸は今、死人に塞がれて、ぎっちぎちになっているようでした。


「なにこのゾンビホイホイ」

「井戸に”ゾンビ”が入り込む→中で”ゾンビ”が唸り声をあげる→”ゾンビ”が集まってくる→その繰り返し……って感じみたいです」


 なるほど。

 天然の”ゾンビ”トラップができあがっていた、と。


『おお、…………おおおおお……おおお……』


 可哀想に、長いこと井戸の中に閉じ込められていたためでしょう。

 中の”ゾンビ”は、すっかり元気をなくしているようでした。


「この仕組み、何かに利用できませんかね?」

「……それは後々考えるとして。できればこの井戸を利用できるようにしておきたいんです。飲み水に使うのは難しいけど、農作物とか育てるためには使えるかも知れませんし」


 ふむ。

 “ゾンビ”がたっぷり浸かった井戸水を誰が使うんだって話は置いといて。

 水源を確保しておくに越したことはないですからねえ。


 紀夫さんとは今日一日お休みすると約束しましたが、ちょっと手伝うくらいなら問題ないでしょう。さすがに、私以外にはどうしようもない案件ですし。


「一匹一匹、引っ張りあげて始末しようかとも思いましたが。……そうなると、万一ってことにもなりかねないんすよね」


 必要かどうか微妙な水源のために命を賭けるのも馬鹿らしい、と。


「じゃ、中の”ゾンビ”、《火系魔法》で燃やしちゃいましょうか。灰と骨はあとで汲み出すってことで」

「ですね。お願いします」


 後輩のお許しもでたところで。

 とりあえず、適当に「――《エンチャント》」した石ころやらなにやらを井戸の中に放り込みます。

 そして、一応、手を合わせて、


「なむなむ」


 とつぶやいた後、「――《フレイムスロワー》」を放ちます。

 ごお、と、右掌から強烈な炎が生まれて、井戸の内部を明るく照らしました。


『おおおおお………ぉぉ……』


 ぱちぱちと火が弾ける音と、哀しげな”ゾンビ”の鳴き声。

 ドス黒い煙。

 あと、すごい臭い。

 腐ってぐしゃぐしゃにふやけた人肉を焼いた臭い。


「しばらく誰も使わないように、使用禁止の札を貼ったほうがいいかも」

「――ですね。……わざわざ注意されなくても、誰も使わないでしょうけど」


 康介くんが苦笑いします。

 たしかに、この臭い。……ひょっとすると、一日二日で消えるものじゃあなさそう。

 と、そのタイミングで、私のお腹が、くぅと鳴りました。


「それよりみなさん、朝ごはん食べました?」

「……あっ、まだです」

「じゃ、ご一緒しません?」

「よろこんでっ」


 私たちは、もうもうと黒煙を上げる丸井戸に背を向けて、朝食の算段をします。

 なんか……通りがかった人みんな、すごぉく嫌そうな顔でこっちを見てる気がするのは……うん。

 気づかないふりしときましょう。

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