その169 貴公の首は

『――取引があるんだ』


 盗聴器に耳を傾けながら、


「……くそ、かっ!」


 ”王”は、虚空に向けて激昂していた。


 信じられない。

 まさか兵隊にまで背かれるとは。

 盤石かと思われた王国の崩壊が、すぐ目の前にまで迫りつつあった。


 神々の住まう国を作り上げたかったのに。

 何もかも、まだ道半ばだというのに。


――わしの王道はここで潰える定めなのか。


「なんだ……? なにがまずかった……?」


 今や、この造反劇の首謀者ははっきりしている。

 いつの間にか、揃って姿を消した二人――


――苦楽道笹枝。

――そして、仲道縁。


 めかけと肉親に裏切られるとは、まるで戦国乱世の説話ではないか。


――まさか、あの役立たずに女を寝取られるとは。


 一匹の雄として、苦々しい気持ちがわき上がってくる。

 もちろん、我が子が笹枝に向ける視線の意味に気づかなかった訳ではない。、笹枝の身体を壊したのだ。


 しかしそのときですら、縁は黙って受け入れるだけだった。

 だからこそ、我が子の忠誠には全幅の信頼を置いていたのだが……。


「……………ぐ。ぐぐぐぐぐ、く…………………」


 ばりぼりと頭皮を掻く。


「……………。っく。くくくくく。…………くっくっくっく…………」


 乾いた笑い声が、がらんどうになったビルの一室にこだまする。

 相反する感情が“王”の中に生まれつつあった。


――むろん、裏切り者は許しておけぬ。

――だが、……そうか。


 四十年前、出産と同時に妻を亡くしたあの日から、とんでもない不良債権を背負わされたとばかり思っていたが。


「あれも、とうとう巣立つ時がきたか…………」


 それはそれで、喜ばしいことであるのかもしれない。


 ずっと、この土地を行き交う若者と、その文化を憎んでいた。

 この場所に毒されたから。

 この場所の連中と交わったから……我が子は歪んで成長してしまったのだ、と。


 “王”には確固たる信念があった。


――男は男の道を行かねばならぬ。


 決して絵に描いた餅で満足するような人間に終わってはならぬ、と。


 だが、結果はどうだ?

 仲道縁は、仲道銀河の期待に沿わぬ大人に育ってしまった。

 何もかも、この街の住人が悪い。


 こんな街の人間など、自分の好きにしてもまったく構わないのだ。



 結局のところ。

 この仲道銀河という老人は、“プレイヤー”にとって最も安易な考え飛びついた、実に平凡な男に過ぎなかった。

 彼の信仰する考えとは、


――全ての物事は、天命により成り立っている。

――力を与えられたということはつまり、天命により選ばれたということだ。


 と、いうもの。

 故に、彼の行うことすべては「正義」であり、彼を阻む者すべては「悪」となる。


 だからこそ“王”は屈しない。

 自分の望むままにあること。

 自分の快楽を追求すること。

 それらすべてが、世界をよりよくすると信じているから。


――もし、天がそう望むなら、わしは喜んで死を受け入れよう。

――だが、容易なことではないぞ。

――私の望む運命が、貴様たちの望む運命を取り除く程度なら。

――最初からそれは、意味のなかったことなのだ。


 玉座に深く座り込み、一呼吸。

そしてまず、”内政モード”を起動する。


――全ての物事よ。

――成るように成れ。


 “王”が頭の中で合言葉を唱えると、


――ハロー、王様。あなたの望むままに。

――本日の作業を選んで下さい。


 快活な女声で返答があった。


――1、法律の変更(一部の機能を、他の王族と共有しています)

――2、領民ユニットの設定変更

――3、領地内における生命体の設定変更(→一部の機能が使用不可)

――4、領地の改善(→現在は使用不可)

――5、国境の変更

――6、“兵隊”ユニットの設定変更

――7、戦争モード

――8、外交モード

――9、その他、詳細な……、


「5番だ」


――了解。

――現在、あなたが支配している地域は……、


「確認不要。国境を現在位置から十メートルに再設定」


――了解。

――注意。今回の設定変更で、九割以上の領民ユニットが国外に移動します。

――国外にいる領民は、”王”の管轄から離れることをご留意下さい。

――また、国境の外には、数多くの”敵性生命体”が存在しています。

――“敵性生命体”に接触した場合、領民の生存は保障されません。


「知ったことか。どいつもこいつも、あの“歩く死人”どもの餌食にしてしまえ。……それと、七番の戦争モードを」


――現在、攻撃対象に設定しているプレイヤーは、

――1、”終わらせるもの”と、彼女に従属している全てのプレイヤー

――2、”名無の賭博師”

――以上。


「”名無の賭博師”への敵対を解除。“終わらせるもの”の排除に集中する」


――領民が減少したため、“王”の支配地域が失われます。


 そのとき、ふと”王”の頭に浮かんだのは、とある雨の日、汚泥の中へとすっ転んでしまった時のこと。

 こんなにも汚れてしまったのだから。

 ……もう、全身雨にぬれてしまっても構わない。


「問題ない。いま、わしが支配する必要があるのは、このちっぽけな廃ビル。……それだけだ」


 今になって、もっと早くこうすればよかったと勘付いている。

 多くの人間の人生を背負うなどと。

 自分はもっと、……慎ましやかに生きるべきであった。



『……なるほどぉ。それがあなた方の考えですか』

『うん。――それにこれは、“勇者”の意志でもある』

『ホホーウ』

『わかるだろ、……あの”嫌われ者の王”には、最初っから味方なんて、一人もいなかったのさ』


 盗聴器から聴こえる音は、ほとんど耳に入っていない。

 ”王”は、自身の声が届いていないことを承知で、金切り声を上げるのだった。


「奴らの首は、――柱に吊るされるのがお似合いだ!」


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