その170 ”勇者”の仲間
取引がある、と持ちかけた少年は、続けてこう言いました。
「まず、メリットから話すと、――おねーさんは救世主の仲間になれる」
「きゅーせいしゅ?」
自称救世主さんなら、知り合いにいますけども。
「”勇者”のコトさ。……“贋作使い”は、“勇者”の協力者なんだ」
”ポチ”くんの口ぶりは、どこか最新のテレビゲーム機を自慢するようで。
「確かな情報筋だと、おねーさんと”勇者”は顔見知りなんだよね?」
「ええ、まあ」
忘れもしません。――私は、
「なら、わかるでしょ? ”勇者”は基本的に、普通のプレイヤーよりも遥かに強いからね。仲間になれば頼もしいし、いろいろイイコトもあるぜ」
「ふーん。それで?」
「……もし、おねーさんが望むなら、”魔王”との戦いに参加することだってできる。世界を救う英雄の一人になれるってことさ」
「まおう、ですか」
私は、あえて何も知らないふりをして首を傾げます。
「うん。そーいうジョブがあるんだよ」
「へー」
「ひょっとすると、おねーさんも考えたことあるんじゃないかな。『この世界を滅茶苦茶にしたワルモノがどこかにいて、そいつをやっつければ、世界が救われる』なんてさ」
「考えなかったといえば、嘘になります」
「だよな? んで、そのワルモノが、……“魔王”なのさ」
「……ふむ」
妙に熱っぽくしゃべる“ポチ”くんを、ぼんやり眺めつつ。
……なんだかこの子、見た目だけしか小学生らしくないですね。
「そう思う根拠は?」
「かんたんさ。”勇者”が、頭のなかの声に命じられたらしい。『魔王を倒せ』ってね」
「……その、”勇者”は”魔王”の居場所を知っているのですか?」
そこで少年は、少しだけ首を傾げます。
「まだわからない。今んとこ”フェイズ3”のアナウンスと同時に、”魔王討伐”のクエストが申し付けられるんじゃないかってのが定説だけど」
「まだはっきりしている訳ではない、と。なるほど」
彼の持っている情報は大まかに把握できました。
「魅力的な案じゃないかな? おねーさんならきっと、”勇者”の力強い味方になってくれるって信じてる」
彼らの情報と、――“転生者”百花さんの情報。
もちろん、この二つに致命的なまでの食い違いが存在することはわかっています。
ですが、それを軽々しく彼に伝えることはできませんでした。
あるいはそれが、今後の私たちにとって強力な手札となるかもわかりませんでしたので。
「それで、肝心の取引はなんなんです?」
「単純さ。おねーさんはこれから”王”を始末するつもりだろう?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、その
無邪気な少年の口から、物騒な提案がもたらされます。
「”王”を始末した後、……さっと後ろから刺すだけ。簡単だろ?」
「何を。……そんなこと……」
「できないっていうの?」
気づけば、私はもう一度刀を持ち上げていました。
「仲間を裏切ることはできません」
「あまいなあ! おねーさん、あますぎるよ!」
少年は不敵に笑って、私を指さしました。
「”王”は危険だ! あのジョブは人の心を狂わせる」
「だから、この世から抹消したほうがいい、と?」
「そうとも。――元々”王”は、“勇者”にとって、とあるスキルを使うのに必要不可欠な存在だった。けど、それももう必要ない。用済みってやつさ」
こういうとこ、まだ彼は子供だと思いました。
そういう言い方しちゃうと、無駄な反感を買うって思わないのでしょうか。
「……なるほどぉ。それがあなた方の考えですか」
「うん。――それにこれは、“勇者”の意志でもある」
「ホホーウ」
本当でしょうか?
彼の口ぶりから察するに、いろいろと疑わしい点が見えてきましたけど。
「わかるだろ、……あの”嫌われ者の王”には、最初っから味方なんて、一人もいなかったのさ」
ふと、“王”、――仲道銀河さんの心境に思いを馳せます。
誰からも理解されずに生きていくって、どんな気分なんでしょうね。
欲望を満たしたところで、孤独でいる限り、渇きは癒やされないのではないでしょうか……なんてね。
「それに、あんたらの仲間、――春菜も言ってたぜ。『縁さんも同じことを繰り返すかもしれない』ってさ」
「春菜さんが?」
「ああ」
「信じられません。本人に確認するまでは」
「勝手にそう言っていればいいさ」
「もし、そうだとしても」
私は刀を構え、本格的に目の前の少年を退ける決意をしました。
「ただの一度もチャンスを与えられないのは間違っています」
少年は、一瞬だけ聞き分けのない子供のように歯噛みしていましたが、
「今はまだ、そう思うかもしれないけど。すぐにその考えは改められるぜ」
「……なに?」
「”王”ってスキルの恐ろしさ。今に思い知ることになるからさ」
「どういうことです?」
「――いま、国境近くでは、腹を空かせた”ゾンビ”による虐殺が始まってる」
「……ふむ」
「もちろん“王”のせいさ。……そして、おねーさんのせいでもある」
少年はまるで、邪悪な占い師のように、笑みを浮かべます。
「返事は……犠牲になった人の山を見たあと、改めて聞くよ」
そして少年は、私の剣撃が届く範囲に入らないよう慎重に歩きながら、仲間の”守護騎士”を抱えて、その場を去っていきました。
「ヒーローは間に合わない。いつだって間に合わないものさ。”終末”になってから俺、それを痛いほど理解してきた。おねーさんだってそうだろ? ……だから、後悔するような選択だけは選ばないで」
▼
そこから少し迷路を進んだところで、仲道縁さん(今度こそホンモノ)との合流に成功します。
「いやー、ほんとすいませんっす。いつの間にか連絡用の”羽スライム”が始末されちゃってたみたいで。……あれから、何かありました?」
「ありましたよ」
嘘を吐くのもなんなんで、私は率直に言います。
「あなたも聞いてたんでしょう?」
すると、体重百二十キロほどの巨漢は、額の汗をふきふき、
「……ああ、やっぱりバレてましたか」
「念のためカマをかけただけです。あなたには、いくらでも盗み聞きする手段がありましたし」
しばし、無言の時間が流れました。
その時の私たちは、とにかく”王”の元へたどり着くことを優先させなければならなかったためです。
縁さんは、あれだけ「ダイエットしといて」と言ったのに、前会った時よりも若干太って見えました。
「ふうはあ……ふうはあ……」
ちょっと階段を昇っただけなのに、完全に息を切らせている始末。
やむなく肩を貸してあげる(トテモ オトコクサイ)と、
「もし……”戦士”さんがそうすべきだと思ったら、……俺のこと、斬ってくれても恨まないっす」
息切れの合間に、ぼそぼそした口調で、そう呟きました。
「何を……」
「やっぱり俺、器じゃないかもしれません。みんなと違って根性もないし。意志だって弱いんす」
「それは……そうかも知れませんね」
贅肉でぶにょぶにょのボディを支えつつ。
「王に必要な資質というのは複雑です。ただ、善人であればよいというものでもない。――それは歴史が証明してますから」
「はい……」
「しかしまあ、ご安心あれ。あなたが心歪んだと判断したら、その時は容赦なくぶった斬りに来ますんで」
「はははは。……そりゃ怖い」
「あなたは、――いろいろ迷いながら、正しいと思うことをしていればいいんです」
そこで、縁さんと私は、少しだけビルの窓から外を覗き込みます。
「……みんな。……心配ですね」
ここでいう”みんな”とは、今も”ゾンビ”の群れに襲われているという、秋葉原の人々のことを言っているのでしょう。
「それはきっと、大丈夫でしょう」
私はそう、気軽に言いました。
「私たちには、――頼もしい仲間がいますからね」
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