その168 少年と取引と

 ボロっちいビルの入り口で。

 私の目の前に立ちふさがったのは、二人の偉丈夫。

 彼らには見覚えがあります。


 ”マスターダンジョン”で”フロアボス”を務めていた……流爪りゅうそうさんと流牙りゅうがさんでした。

 二人の格好を一言で表現するならば、――ええ。

 ぶっちゃけ、ストⅡのリュウのコスプレそのものです。

 白い道着に赤いハチマキ。

 ご丁寧に靴も履かずに。


「グワーッハッハッハ! よく来たな、侵入者め!」

「あっ、どーも」

「はい、どーも」


 気軽に手を挙げる流爪さん。


「”王”の命により、ここから先は我ら兄弟が一歩も通さん! だが残念なことに、我々は一昨日から一睡もしてない上、先ほど42.195キロのフルマラソンを経験してきたところだ! ……なので、ちょっと小突かれただけで気を失うぞォー!」


 と、極めてわかりやすいアドバイスを頂いたところで、とりあえず流牙さんの方をワンパン。


「もげらぁー!」


 流牙さんは、ずでーんとその場に崩折れたきり、再び立ち上がってくることはありませんでした。


「お見事! では次っ! 私が相手だあ!」

「……あの、その前に一つ、質問してもよろしい?」

「かまわん! かまわんぞお! だが現状、私は”王”に命ぜられた身! 身体は自由にならぬ故、殴り合いながらで良ければ、説明仕る!」


 ああ、そういう感じになるんだ。別に構いませんけども。


「では、――いざァ!」


 同時に流爪さんは、素手による打撃で私に襲いかかります。

 私は、その一撃一撃をさっさっと躱しながら、


「……なんつーか、ご不便おかけします」

「ふわーはっはっは! 何をいう、不便をかけているのはこっちじゃないか! ……ってか、君、びっくりするほど攻撃があたらんねえ! 私、わりと本気なんだけども!」


 それはまあ、いいんですが。


「一応確認しておきますけど、私が”王”に負けちゃったら、お二人はどういう感じになるんでしょう?」

「そりゃあ、ここまで大っぴらに裏切ってるんだから、もうおしまいだろうなあ! ふはははは!」

「じゃあ、ここは”王”の監視下にあるんですね?」

「そうとも! さっきから、なんだか『見られてる』感じがしないか? つまり、そういうことだ!」


 あー、そういえば。

 なんか首の後ろのところがチクチクする気がしてましたよ。

 ってことは、これまでみんな、こんな風に四六時中監視されてたってことですか。

 それは難儀ですなぁ。トイレにも行けない。


「ところで。仲間たちが命がけで君に教えた情報の数々、――よもや失念していることはあるまいな?」

「ええ」


 ”王”。

 不平等な交換を生み出すスキル、でしたっけ。


 それ意外にもまだ、いろいろと謎が多いようですが、少なくとも”なんでもあり”とは程遠いことは、笹枝さんを通してわかっていました(まあ、実際に”なんでもあり”なら、私たちとっくに殺られているはずなので、当然といえば当然なんですけどね)。


 ”従属”しているプレイヤーであっても自殺の強要はできなかったり、一部の力は直に触れないと発動しなかったり。私たちと同じく、スキルの使用には魔力を消耗したり……。


 ちなみに、そんな物思いに耽ってる合間も、流爪さんの攻撃、かわし続けてます。


「はっはっは。…………ハァハァハァ。あのぉー、質問はそれだけかい。だったらそろそろ、楽にしてもらいたいんだけども……」

「いえ、まだ本題が残ってます」

「じゃ、なるべく早く」

「鮎川春菜さんのことなんですけど」

「ん? 春菜くんが、どうかしたかね?」

「少し前から、連絡が取れなくなっているんです」


 ”賭博師”さんによると、秘密のメッセージはあったそうですが。


「彼女のことは、――ふむ。よくわからんな。少なくとも、私は見かけていないぞ」

「へえ」

「……質問はそれだけかね?」

「はい」


 まったく。

 やっぱりこの人、嘘が吐けないなぁ。


 というのも、春菜さんの名前を出した途端、明らかに彼の動きが精彩を欠き始めたためです。動揺しているのがまるわかり。

 彼なりに気を使ってくれているのかも知れませんが……。


 ただ、今の私は、”王”と決着をつけるのが最優先事項、というのも事実。


「ありがとうございます。参考になりました」

「そうか……フウハア……ハァ、ハァ」

「じゃ、いま楽にしてあげますね」

「うん、その件なんだが……もう結構だ」


 そう言って、流爪さんはその場で大の字になってぶっ倒れます。


「ありゃ」


 土と泥と汗にまみれたその男性が、高らかにいびきをかきはじめたのは、それから間もなくのこと。


「では、……おやすみなさい」


 そう彼に声をかけると、私は”王”が待つという、暗いビルの中へと入って行きました。



 建物に足を踏み入れて、第一声。


「うげぇ」


 その内部構造には、明らかに人の手が加えられていました。

 ……いや。”人”の手というと少し違うかな。”人智を超えた者”の手、というのが、より正確な表現でしょうか。


 これに似た空間をよく知っています。


――”マスターダンジョン”。


 薄暗いビルの一階はどうやら、ちょっとした迷路に改造されているようでした。


「…………むう」


 ”王”が私の邪魔をしている、……ようにも見えますが、


『”領地の改善”とか、他にもいろいろ。――特に”ダンジョン”作りに関することは、基本的に俺の分担なんで。アドリブで迷路作って時間稼ぎとか、そういう手は使えないはずっす』


 という、縁さんの言葉を思い出します。

 そうなると、この迷路は縁さんが作ったってことですよね。


「これって、――」


 どういうこと?

 と、訊ねようと思ったのですが、そばに“羽スライム”の姿はなく。


「あれ?」


 いつの間にか、はぐれちゃったかな。

 さっきも戦いになったらスタコラサッサとどっか行っちゃってたので、見失っててもおかしくありませんけども。


「あっ! “戦士”さん!」


 と、そのタイミングで、迷路の奥から、ひょっこり縁さんが顔を出します。


「良かった、うまく合流できましたねえ!」

「この迷路は?」

「それが、俺が敵だとわかった途端に、”ポチ”のやつが居場所を嗅ぎつけてきまして。そのための時間稼ぎですよ」

「……そう」


 呟き、――私は躊躇なく、彼の額を峰打ちでぶん殴りました。


「う、げぇー!」


 縁さん、……いいえ、縁さんの格好をした誰かは、額から血を吹き出し、あっさりと気を失います。

 そして私は、物陰に隠れている少年に刀を向け、


「アホみたいな芝居をしている暇があったら、さっさとかかってきなさい」


 すると、曲がり角の向こうから、一人の少年が現れました。


「うわぁ。すごいな、おねーさん。よく見破ったねえ!」

「これ、――”バケネコのつえ”でしょう? 姿を変えても、その人のスキルは変えられないので、《スキル鑑定》したら一発でバレちゃうんですよ」


 ふっふっふ。

 人に会ったらとりあえず《スキル鑑定》する癖が役に立ちましたな。

 ちなみに、今やっつけた名も知れぬ”プレイヤー”は、レベル32の”守護騎士”さんでした。


「あちゃー、残念。まさかあの杖を使ったことあるとは」


 少年は、悪びれもせずにこちらに歩み寄ります。


「この後、”戦士”さんに信用してもらうために一芝居打つシナリオまであったのに。残念だなぁ」


 それは、くせっ毛が特徴的な、少し大人びた男の子でした。

 その容姿を一言で表すならば、……ふむ。


――愛玩動物系?


 女装させれば、余裕で女の子に見えるタイプのやつ。

 ショタ属性の人が見れば、もうそれだけでテンション振りきれちゃってもおかしくない感じのアレ。

 もっとも、ここ最近の私はその手の感覚がすっかり麻痺してしまっているので、どのような美形を前にしても、特別な感情を抱くことはありませんけども。たぶん。


「あなたが、――”ポチ”ですね?」

「まーね♪」

「縁さんはどちらに? ……まさか、」

「安心しなよ。俺も探してるとこ。たぶん無事だ。流爪のおっさんが思いの外あっさりやられちゃったモンだから、慌ててこっちに来たって訳」


 ……ふむ。

 どうやら、嘘は吐いてない感じ。

 と、そのタイミングで《スキル鑑定》を。


ジョブ:格闘家

レベル:56

スキル:《ひ》《み》《つ》


 ありゃまあ。

 これって……。


「あっ、ちなみに、俺のスキルを見ようとしても無駄だよ。”タマ”に《経歴詐称》してもらってるからねー」


 へー。”タマ”くんのあれって、そういう感じのスキルだったんですか。


「そうですか。では……」


 相手のスキルがわからない状態で戦うってのも、ちょっと不気味な感じがしますが。


「あなたを倒して、先に進ませてもらいます」


 刀を構え。

 とりあえず、――《スタン・モード》を……。


 と、その時でした。


「ストップ、ストップ! タイム! ちょっと待って!」

「……なんです? いまさら……」

「ぶっちゃけ、おねーさんに本気で掛かってこられたら、俺、ぜんぜん歯がたたないんだって!」

「そうですか? 何事も試してみなくてはわからないのでは?」

「いやいやいや。わかるよ。俺、相手との力量差を見抜けないほど間抜けじゃないから。”あの人”にも、おねーさんとだけは戦うなって言われてるし……」


 私は刀の切っ先を床につけて、首を傾げます。


「では、どうしたい、と?」


 すると少年は、神経質そうにあちこちを見回した後、


「……うん。いまなら、”王”に見られてないっぽいな」


 と、呟きました。


「聞いてくれ、おねーさん。俺は、……”商人”っていう、ちょっと変わったジョブのプレイヤーの使いなんだ。ちなみに”バケネコのつえ”も、その人からもらったもので……」

「”商人”というと、”贋作使い”って呼ばれてる人?」

「知ってるなら話は早いよ。俺、――と、そこで寝転んでる雑魚は――、その”贋作使い”って人に頼まれてここにいる」

「ふむ」

「それで、おねーさんにはちょっとした取引があるんだ。できれば話だけでも聞いてほしい」

「……まあ、聞きましょう。話だけなら」


 一応、私は頷きます。

 もちろんそれが何かの時間稼ぎであれば、即座に斬り捨てる腹づもりでいましたが。

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