その152 魔力のコントロール

 その衝撃は、私の想定を少しばかり上回るものでした。


「――ゲホッ!」


 身体をくの字に折って、半歩ほど後ずさります。


 イヤハヤマイッタ。思ってたよりも痛いっす。

 銃撃を受けるのは初めてではありませんから、ぶっちゃけちょっと舐めてましたけども。


「……おい、大丈夫か?」


 ”賭博師”さんの呆れ声が、すぐ隣から聴こえてきました。


「いたぁい。痣になってるかも」

「ってゆーか、躱せよ」


 そうしようとも思ったんですけど。

 ここはあえて、敵の攻撃を真っ向から受け止め、耐えてみせるプロレスラー精神を発揮してみたり。

 その方が、相手が折れてくれる確率が高くなるかな、と。


「なっ……」


 弾丸を受けてなお平然としている私に、両馬さんが驚きの声を発します。


「りょ、リョーマくん、どーすんの?」


 不安げなギャル(茶髪)の言葉に、両馬さんははっと我に返ったように銃を構え直しました。


「……決まってる。もう、引き下がれないッ!」


 両馬さんが手慣れた手つきでショットシェルを装填します。

 瞬間、私は(恐らく、”賭博師”さんも)とある二択を迫られました。


 生かすか、殺すかです。


 どちらを選んだとしても、結果はあまり変わらない気がしました。

 それでも。

 私たちの選択は決まっています。

 ”賭博師”さんに訊ねるまでもなく。


『殺さず、屈服させる』


 で、あれば。

 私たちは、“地下一階”の人々と真っ向から対峙するように立ちます。


「どーせなら、力量差を理解させる。犬みたいに首根っこを押さえつけて、反抗する気力を奪ってやる」

「りょーかい」


 それは決して、サディスティックな提案ではありません。

 純粋な生存戦略でした。

 私たちは、”王”を仕留めた後のことまで計算に入れる必要があったのです。


「……このッ!」


 両馬さんの人さし指が、引き金にかかりました。

 もちろん、後ろに控えた三人のギャルたちも、ぼんやりしていません。それぞれ手のひらに《火系魔法Ⅱ》を出現させています。


 私はというと、頭の隅っこで、人はどういう時に他者に屈服するかを考えていました。

 答えは、単純明快。


 与えられた力は、こういう時にこそ行使するのだ、と。



 時間は、少しだけ遡ります。

 それは、春菜さんから“裏ワザ”について聞いた時のことで。


「もったいぶらずにさっさと教えてくれ。……その、“魔力”を効率的に活用する方法ってのは?」

『なーんつって、“賭博師”はあんがい、心当たりあるんでないの?』


 そこで“賭博師”さんは一瞬、顔をしかめます。

 私は、「へ? そーなん?」と、表情だけで彼女に問いかけていました。


『だってあなた、前に“魔法使い”の仲間がいたらしーじゃん?』

「……ってことは、やっぱか」


 アレ? ドレ?


「――《魔力制御》。……違うか?」

『ざっつらいと☆』


 ふむ。

 そーいや、春菜さん、持ってましたね、そんなスキル。何に使うのかよくわかってなかったし、完全にスルーしてましたけど。


「で、具体的に、どういう効果のスキルなんです、それ?」

「わからん。ただ、麻衣はあのスキルを取得したとき、ずいぶん興奮気味に、妙なことを口走っていた」

「妙?」

「『“神域へ到る一歩”を得た』と」

「シンイキ?」


 どこかでそのワードを聞いた覚えがあるなと考えて、たしか、そういう名前の実績を解除したことがあったことを思い出します。

 確かあれは、“狂気”スキルを持った“精霊使い”さんを倒した時に解除した実績でしたっけ。


 まあ、それとの関係性については、ひとまず置いといて。


「だが、具体的な効果については聞かなかったぞ。……そもそも、お互いの手の内を晒し合うような仲じゃなかったしな」

『誰が裏切るかもわからない世の中だから☆ それが賢明でしょーね♪』

「……それで? どーいうスキルなんだ、それ」

『重要なのは、《魔力制御》の効果そのものじゃない。――スキルを取得する際に得られる情報なの☆ それには、二人も覚えがあるでしょ?』


 ああ。


――《剣技(初級)》は、平均的な日本の剣道場で三年ほど鍛錬した程度の技術が即座に身につくスキルです。


 の、『平均的な~』以降の、スキルに関する説明の部分ですね。


『“魔法使い”になった人は、《魔力制御》の説明文から、とても重要な情報が得られるんだ♪ ――スキルの制御についてのね☆』

「スキルの……制御?」

『うん♪ 私たちプレイヤーはみんな、とあるワードを口にすることで、自身の魔力をコントロールすることができるんだ☆』

「それは、《魔力制御》のスキルを持っていなくてもってことか?」

『もろちん☆』

「……ほんとかよ」


 誤植っぽい台詞に関しては、スルーの方向で。


『さすがに、この状況であっさりバレるような嘘吐くほどのユーモアは持ちあわせてないよぉ♪』

「むう……」


 私たちは、しばらく押し黙って考え込みます。

 にわかには信じられない……という気持ちがありました。

 プレイヤーとしての目覚めてからというもの、私たちは、暇さえあれば頭の中で響く声に、あらゆる質問をぶつけたものです。

 「この力はなんなのか?」「なぜ、自分なのか?」「スキルの力の根源は何か?」

 答えはいつも、白々しい沈黙だけで。


 数少ない、レスポンスのある質問はというと、

「次の目的はなんですか?」

 くらいのもので。

 それすらも、


――自由行動。人助けをしたり、敵を倒すことでレベル上げを行うことを推奨。


 という、決まった答えが返ってくるだけでした。


「……オレサマはてっきり、頭の中の声が答えてくれるのは、レベル上げの時と実績を取得する時、あと、クエストに関する質問をした時だけだと思ってたが」

『そんじゃ、二人とも試しに、「魔力の制御コントロールを行います」っつってごらん☆ 口に出しても、頭の中で唱えるだけでもいーよ♪』


 ええっと。

 そんじゃ、魔力制御コントロールたのんまーす。

 ……と、こんな感じでいいのかな?


 するとどうでしょう。

 私の頭の中に、


――プレイヤー“流浪の戦士”の魔力制御コントロールを行います。

――設定を反映する際、若干のタイムラグが発生することにご注意下さい。


《剣技(上級)》 ON

《パーフェクトメンテナンス》 ON

《必殺剣Ⅰ》 ON

《必殺剣Ⅱ》 ON

《必殺剣Ⅲ》 ON

《必殺剣Ⅳ》 ON

《必殺剣……


 と、これまで取得したスキルの一覧がズラリと流れ込んできます。


「なんぞー、これぇ?」

『……取得したスキルのオン・オフスイッチね。次に、「スキルの名前+オフ」って唱えたら、指定したスキルが使えなくなるわ☆』

「へぇ。……で、そうするメリットは?」

『オフにしたスキルに応じて、あなたたちの基礎的な魔力が上昇する♪ つまり……』

「覚えたはいいが使い勝手の悪いスキルや、しばらく使わない予定のスキルなんかを戦闘時に役立てることができるってことか」

『そーいうこと。オフにしたスキルが多ければ多いほど、オンになってるスキルが強化されるイメージね☆』

「これは、……確かに、ちょっとした“裏ワザ”だな……!」


 “賭博師”さんが、珍しく興奮気味に呟きます。

 無理もありません。

 この情報、知ってるのと知らないのとでは、天と地ほどの力の差が生まれるでしょうからね。


『まあ、”魔法使い”が覚える《魔力制御》の真髄は、オフにしたスキルをこねくり回して、新たなスキルを生み出すことにあるんだけど……』


 なにそれ、しゅごい。

 ひょっとしてそれ、極めたらかなり使い勝手のいいスキルになるんじゃないでしょうか。


 と、なると、ううむ。

 ……やっぱなー。

 ”魔法使い”になりたかったなぁとか、改めて思ったり。

 いや、“戦士”も悪くないんですけどね?

 あんまり難しいこと考えずにぶん殴るだけで物事に片がつくので、気楽ですし。


『私の経験上、”プレイヤー”同士の勝負は、スキルの数じゃなく、魔力の差で決着がつくことが多いわ♪ だから今の情報、有効に活用してね☆』

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