その151 ブッダの手のひらで

『警告。――いますぐ裏切り者の名前を言え。』


 明らかにそれは、私たちに向けた”王”からのメッセージでした。


「裏切り者って……? ええっと、なんか心当たりあるか?」


 不気味そうに顔をしかめるイッチくん。


「さあな、検討もつかん。大方、お互いを疑心暗鬼にさせるための罠とかじゃねえ?」


 “賭博師”さんは、こっちが惚れ惚れしてしまうほど、すっとぼけた表情を作ります。


「そうかぁ? ……その割にはなんか……うまくいえないけど、なんつーか……」

「言っとくが、今んとこオレたちの中で一番裏切り者っぽいのは、――一貴、オメーだぞ」


 すごい、この人。

 その場しのぎでテキトーなこと言わせたら、右に出るものがないんじゃないでしょうか。


「そんな! お、俺は別に……」


 イッチくんの顔色が蒼くなります。

 そりゃそうでしょう。きっと彼、本当に心当たりがないんですから。


『裏切り者』。


 この場合は、春菜さん、笹枝さん、――そして、縁さん。

 そこに、流爪さんと流牙さんも加えてもいいかもしれません。


 今の時点でわかっているのは、”王”の疑惑はそこまで明確なものではない、ということ。

 そうでなければ、こんな中途半端な圧力をかけてくる理由になりません。


 仲道縁さんによると、

『“王”が創りだしたルール、――便宜上、“法律”って呼ばれてるそれは、“王”自身、そう簡単には破ることができないんす。だから、そうそう“マスターダンジョン”に探りを入れてくることはないはずっす』

 とのこと。


 どうにも、《絶対王政》には厳正なルールがあるらしく。

 ”マスターダンジョン”の存在が”プレイヤー”にとって必ずしも不利益なものでないのと同様に、”命令”と”報酬”の間には一定のバランスが存在するようでした。


 現段階の”王”の思惑を想像するに、


『私たちの動きがおかしいことはわかっているが、その原因まではわからない』


 といったところでしょうか。


 実を言うとこの展開、予測の範囲内です。

 まあ、そりゃねえ。

 こんだけわからん殺しの”ボス部屋”出現条件を、初日から当ててくるなんて、ちょっと考えられないでしょう?


『もし、“王”の警告メッセージらしきものが届いたら……テキトーにすっとぼけといてください。一応、”マスターダンジョン”は、俺の縄張りってことになってるので、下手な手出しはできないはずっす』

「だとしても……私たちはともかく、縁さんたちが疑いをかけられる可能性はあるのでは?」


 この疑問には、笹枝さんが代わりに答えてくれました。


『もちろん、すべて覚悟の上よ。……私たちだって、何のリスクもなしに、“王”を倒せるとは思っていない』



「それじゃあ、この後どうします?」

「当然、“帰還ポイント”の破壊を続ける」


 ですよねー。


「ちょ、ちょ、ちょっと待てよ! 二人は気味悪くないのか? こんな紙切れが出てきちまって、――『警告』だぜ? まずいだろ」

「そんじゃ、お前はどうする? 一貴」

「そりゃあ……いったんリョーマさんのとこに戻って……状況を整理して……」

「だったらお前はそうすればいい。オレたちには関係ないことだ。違うか?」

「ぐぐ……」


 イッチくんは、しばし視線を床に落とします。


「ここに、”帰還クリスタル”ってアイテムがある。使えば『冒険者の宿』に戻れるが。……恵んでやろうか?」

「……いや。そこまで迷惑はかけられない。俺も着いて行くよ」


 少年は頑なでした。

 ”賭博師”さんは、ふんと鼻を鳴らした後、無言で先を進みます。

 その足取りは、それまでよりも若干早く。

 私たちの胸の内には、焦りが生まれていました。

 もはや、残された猶予は少ないことがわかっています。


 ブッダの手のひらでハシャぐマジックモンキーにでもなった気分。


 行けども行けども、何者かに監視されている気味悪さが肌を刺すのでした。



 残り二つの“帰還ポイント”の破壊に成功したのは、それから八時間後。

 特に警告めいたものはなく、平和な道のりでした。


「よし。それじゃ、帰るか」


  “賭博師”さんは“帰還クリスタル”を宙に投げます。

 すると、眩い光とともに、私たちの眼前に”帰還ポイント”が出現しました。

 青い六面体に触れて、数秒。

 ふっと意識が遠のくような感覚の後、気づけば『冒険者の宿』の前に戻っています。

 振り返ると、”ボス部屋”の扉もしっかり出現していました。

 いやー、良かった。仲道縁さんは『大丈夫』って言ってくれましたけど、ちょっとだけ不安だったんですよねー。

 最悪、永遠にここを出られなくなったり、とか。

 そういうのだけは勘弁です。


 ……と。

 まあ、それはともかく。


「ええっと。みなさん、何か御用で?」


 ”ボス部屋”前にいるのは、神妙な表情の四人。

 両馬さんと、……あと、名称不明のギャルたち。


「……イッチ、こっち来い」

「えっ……」

「いいから」


 イッチくんは、不安そうに私と両馬さんを交互に見比べます。

 それもそのはず、両馬さんの手には、以前も見かけたショットガンが握られていました。

 ショットガンの銃口はこちらに向いていませんが、いつでも臨戦態勢を取れるよう、身構えているようです。


「なんだ? どういう挨拶だ?」

「君たちの正体を知りたい」

「はあ? しょーたいだと?」

「さっき突然、僕達の前に、こんな紙が出現してね。……読むかい?」


 両馬さんが取り出したのは、例のA4用紙。

 それに軽く視線を走らせた”賭博師”さんは、


「くだらん」


 と言って、くしゃくしゃに丸めてしまいました。


 あれぇー?

 ……私も読みたかったんですけど、それ。


「書かれていることが本当なら、君の存在は……全ての”プレイヤー”にとっての”敵”となる。……違うかい?」

「……それを真に受けるのか?」

「どうだろう。わからないんだ。だから、落ち着いて話しがしたい」

「嫌だね」


 ”賭博師”さんが、皮肉げな笑みを浮かべます。


「そんな時間はない。そうするメリットもない。……この交渉は、最初から決裂するように仕向けられているのさ」


 え、え、え、えっ。

 ちょっと話が見えてこないんですけど。

 ひょっとしなくても私、蚊帳の外に置かれてます?


「だからオレたちは、さっさと次のフロアに行く。そんじゃーな」


 歩き出そうとした”賭博師”さんの足元が爆ぜました。

 見ると、床に無数の弾痕ができています。

 ショットガンの銃口から、白い煙が上がっていました。


「……短い時間でいい。……ここにとどまってくれ」

「正直に言えよ。『の足止め料に目が眩んだってさ」

「なっ…………!」


 両馬さんの額には、汗が浮かんでいました。傍目にも、図星を突かれたことが明白なほどに。


「もーいいじゃん! やっちゃおう、リョーマ!」

「ぜってーおかしいってこいつら!」

「たかだか一日くらい、なんで待てないのよ?」


 ギャルたちが、口々に騒ぎ立てます。


「その、たった一日の時間が惜しくてな」


 対する”賭博師”さんは、押し殺したような声。


 一瞬、ちらと視線が合いました。


『事情は後で話す。今は信用してくれ』

 と。

 そう言っている気がします。


 もちろん、応えるまでもなく。


「悪いが、押し通るぜ」


 彼女がそう呟くのと、


「くそっ!」


 両馬さんのショットガンが雷のような音を発するのは、ほぼ同時でした。

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