その153 罪

「――くそっ。……なんなんだ……何故効かない……ッ!?」


 と、両馬さん。

 どうやら、手持ちの弾丸を全て撃ち尽くしてしまったようで。

 ギャルA,B,Cも魔力切れを起こしたらしく、膝を折っています。

 どっちかっていうとむしろ、一方的に攻撃を受け続けた私たちの方が平然としている始末なんですけども。


「一つ、よろしいですか?」


 彼らが戦意を失ったことを確認してから、私は声をかけました。


「……なんだ?」

「あの、大阪弁でしゃべる女性が見当たらないようですが」

「彼女は『冒険者の宿』で控えている。……僕たちに賛同してもらえなくてね」


 なるほど。

 彼らも一枚岩ではなかった訳ですか。


「それでは……」


 私たちは、この場で反抗する力を有している唯一の存在、――イッチくんに向き直ります。


「君は、どうします?」


 それは、「私たちに着いてくるか」という意味も込めた言葉でした。


「お、……俺は……」


 苦悩するその様は、――どこか、はぐれてしまった友人、羽喰彩葉ちゃんのようでもあり。


「俺は、……みんなを裏切れない」


 残念。

 イッチくんの手元にあるのは、さっき私が手渡した”むらまさ”。

 そーいや貸したままでしたね。


「おいおい。オメーがさっさと取り返さねえから、面倒なことになっちまったぞ」


 ”むらまさ”には、単なる切れ味の良い刀、――というだけではない、人智を超えた力が宿っていることがわかっています。

 加えて、イッチくん自身もなかなかの使い手。

 《攻撃力》スキル持ちでもある彼の剣撃を受けては、致命傷は免れないでしょう。


 ……なーんて考えていると、私の足元に”むらまさ”が投げられました。


「おや?」

「その刀はおねーさんのだからな。交換だ」


 なんたる騎士道精神。

 私は苦笑しました。


「まだ返してもらえるかもわかってないのに、自分から武器を投げちゃダメじゃないですか。私が剣を返さなかったら、どうするつもりなんです?」

「…………えっ」


 初めて赤ちゃんの作り方を教えられた小学生のように、イッチ君の表情が困惑に染まります。


「まさかおねーさん、……返してくれないつもりか?」

「殺し合いは、スポーツマンシップに則ったものではありません。相手の善意に頼って勝負を挑むのは馬鹿げてますよ。特に、……守るべき人がいる時は」


 少年のすぐそばで、無念そうに後退っている四人をチラ見。

 その後、ぽいっと”はがねのつるぎ”を投げました。


「……お、おわっ」


 慌ててそれを受け取るイッチくん。


「ここから外に出た時は、それを心に刻んでおいて下さい」

「……外に?」


 イッチくんはどこか、ぼんやりとした空想上の空間について話しているようでした。


「おねーさんたちは、……外に、出たいのか?」

「イッチくんは出たくないのですか?」

「……ああ。出たくない」


 有無を言わさぬ断定口調。


「ここは安全だし、食べ物もあるし、みんなもいるし。――それにもう、俺は、……歩く死人を斬りたくない」


 私は微笑みました。

 それは、この”地下一階”に留まっている人たちの総意でもある気がしたからです。


「それなら、意地でも私たちを止めなければ」


 きっと私たちは、この”マスターダンジョン”というシステムそのものをぶち壊しにしてしまいますからねえ。


「わかった。……やるよ」


 ふうっと。

 彼の瞳から、およそ感情と呼べるものが消失します。

 それが、戦闘開始の合図だと気づいて、


「――ッ!」


 瞬間。

 ぴょんと踏み込むイッチくんの右足を見てから、”むらまさ”を掲げます。

 頭の上で刃物同士が交差して、ぎぃんという嫌な音が耳朶を打ちました。


 少年の連撃が、続けざまに六度。


 その一撃一撃に、渾身の力が込められていることがわかります。

 真剣勝負をするとき、人は反射的に腰が引けてしまうと聞きますが、彼の場合はそんなこともなく。

 完全に私を殺すつもりでいることは明白でした。


 私はというと、


「うわっ、何気にこれ、――我が人生における初チャンバラでは?」


 と、一人で感心しています。


「クラスの男子が箒でやってるのを見てて、実はこっそり混ざりたいなって思ってたんですよねー」

「しゃべってる暇が、――あるのかよッ!」


 イッチくんの剣が、”むらまさ”の刀身を弾きました。


「ありゃまッ」


 刀が宙を舞い、


「もらッた――!」


 空いた私の左手を、横薙ぎに。

 なるほど、ここまで仲間を護ってきたという腕前は伊達ではありません。

 止めの一撃には、一切の躊躇が見られませんでした。


「まさかおい、“戦士”ッ」


 ”賭博師”さんが声を上げます。

 少しだけ冷や冷やさせてしまったようで。

 が。


「――お見事」


 倒れたのは、


「……っした。おねーさん」


 イッチくんの方。

 剣を受けた私の左手には、青い、半透明の盾が顕現していました。

 ――《イージスの盾》。

 少し前に取得した、魔法の盾を生み出すスキルです。


 そして、弾かれたはずの右手には、懐から取り出した”スタン・ナイフ”が握られていました。

 一度(春菜さんにやられた時)紛失したものを、改めて買い直したものです。


「ぷふぃー……」


 安堵のため息を吐き、私は刀を鞘に戻しました。


「肝が冷えたぞ」


 ”賭博師”さんが唇をへの字にして言います。

 そーいや、彼女にはまだ《イージスの盾》を見せてませんでしたっけ。

 まあ、こっちも“賭博師”さんのスキルを全て把握している訳ではないので、お互い様ですけども。



 気を失ったイッチくんを床に横たえると、


「一つだけ、いいかい」


 両馬さんが声をかけてきます。


「おっ、まだやりますかい?」


 すると彼は、「とんでもない」と言って両手を上げました。


「こっちは手詰まりだ。君たちが何をしようと、妨げる気はない」

「なら、いいんですけど」

「ただ……もし、君たちが外に出て、”ダンジョンマスター”に会っても、僕たちのことは放っておいて欲しくて。僕たちは、ここで静かに暮らしていたいだけなんだから……」


 ああ。

 そういうやつかー。

 私は一瞬だけ”賭博師”さんに視線を送ります。

 すると彼女は、無言で首を横に振りました。

 やれやれ。

 いい男の憎まれ役は私のようで。


「残念ながら、それはできません」

「……! なぜだ?」

「予告しておきます。近々、この“マスターダンジョン”は消滅するでしょう。そしてあなたたちみんな、元いた世界で生きていくことになります」


 ちょっとしゃべりすぎかな。


「なんでっ」


 叫ぶ声は、ギャル三人組の一人。黒髪ロングストレートさん(仮名)。


「外出るのはそっちの勝手だけどさ、こっちのことは放っといてよ!」


 残念ながら、そういうわけには行かないでしょうねぇ。

 期待させておいて、あとで裏切るくらいなら、と。

 私はあえて、厳しい言葉を選びます。


「あなたたちは、負けてしまったのです。私たちは完全に油断していたというのに、それでも負けてしまったのです」

「……そっ。それがどうしたっていうのよっ」

「少し前の世の中では、弱いことは罪ではありませんでした。でも、今は違います。違うように


 言いながら、私は悲しくなっていました。

 いずれ私も、彼らのように敗北する日がくるかも知れません。

 大切な場所と、大切な人を傷つけられて、自分の無力さを思い知らされて。


「わかるでしょう? もう、無償で与えられる安全地帯など、この世のどこにだって存在しないのです。居場所を守りたければ、強くなければ」

「………………………………」


 返答はありませんでした。

 ただ、反論も産まれませんでした。


 私は、心の底から強く想います。


 一秒でも早く、――こんなことは終わらせなければ。

 と。

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