その136 苦手な人

「はぁーい☆ それじゃー、ルールを説明するわねー!」


 その前に一つ気になることがあったので、手を挙げます。


「あっ、質問いいですか」

「うるせえ黙れ、腐れマ○コが。こちとらアホみたいに待たされて、かなり苛立ってんだよ。……なので、黙って聞いてね♪」


 満面の笑みによる却下。


「あたしのスキルは、見ての通り”ダンジョンマスター”のふにゃちんヤローのお陰で、必要最小限度のものしかありませーん☆ そこでお二人には、あたしに負けを認めさせる必要がありまーす♪ ここまでおーけー?」

「ええと……」

「ダメでも続けるよー♪」


 うう。

 この人、苦手です。


「んで、あたしに負けを認めさせる条件はー♪ 『火、水、雷系、いずれかの魔法をあたしの身体に当てること』でーす☆」

「なんだ、それだけか? ずいぶん簡単だな」

「もちろん、あたしも簡単には負けられないのでー♪ 《魔法バリア》で、あなたたちの魔法攻撃を防ぎますけどねー♪」

「《魔法バリア》か。それなら知ってるぜ。魔法攻撃全般を防ぐ防御スキルだろ? たしか、物理攻撃は素通りのはずだ」

「あらあら☆ お詳しいんですねー♪」

「仲間に、”魔法使い”がいたことがある。もう死んじまったが」

「へー。あっそう」


 春菜さんは、あからさまに興味なさげ。


「……ってことは」


 ”賭博師”さんが不敵に笑って、”スタンナイフ”を抜きました。

 バチィ! と、金色の光がナイフを包みます。


「こいつで眠らせた後、ゆっくり《火系魔法Ⅱ》をブチ込めば済む話。……だろ?」

「手段は問いませんので、やりたいようにどうぞー☆」


 表情一つ変えない春菜さんに向かって、


「じゃあ、お言葉に甘えて……ッ!」


 ”賭博師”さんが跳ねました。

 ”ホビット族”である彼女の身体能力の高さは、この二週間でよく知っています。

 その動作の素早さは、――動物に例えるなら、さながら猫のよう。

 不規則な動きでフェイントをかけながら、春菜さんの懐に潜り込み、


「もらった――!」


 ”スタンナイフ”を突き立てようとする”賭博師”さん。

 その姿を客観的に観察しながら、私は、


「……あっ」


 彼女が致命的なミスを犯していることに気づきました。

 いつの間にか、春菜さんの周囲を漂うように、数十個の雷球が出現していたためです。

 

 《雷系魔法Ⅱ》。……しかし、あれだけの数を、一瞬で出せるなんて。


 至近距離にいる”賭博師”さんは、それに気づいていません。

 雷球の集まりは、ナイフの何倍も早く、彼女の背に襲いかかりました。


 金色の光が、彼女を貫いた瞬間、――

 ”賭博師”さんは、悲鳴一つ上げることなく、その場から消失しました。


 へー。

 《雷系魔法Ⅱ》ってこーいう使い方もあるんですか。


 にこにこ笑いながら、“魔法使い”さんが一言。


「はい、いっちょーあがり☆」

「……”賭博師”さんは?」

「”リスボーンポイント”で寝てるよー☆ 復活まで、丸一日ほどぐーすか寝る羽目になるけど♪」

「なるほど」


 それだけ言って、私は春菜さんに背を向けます。


「あれれぇー☆ あなたは戦わないのかな? それとも、お股がむずむずするから今日はやめとく感じ?」


 さすがに、ここまでわかりやすい挑発には乗りません。


「……まあ、抜け駆けするのもアレですし」

「ふーん」


 春菜さんは、少しつまらなそうに私を見て、


「いちおう言っとくけど、あなたなら、わりと簡単にあたしをやっつけられると思うんだよなー。……違う?」


 私は、一瞬だけ視線を”むらまさ”に向けて、


「あー。……そうかも知れませんね」


 私の剣技なら、《雷系魔法》よりも疾く、彼女を無力化できるかもしれません。


「でも、やりませんよ」

「えー? なんでぇー?」

「あなた、私たちにさっさと次のフロアに進んで欲しいみたいなので」


 それまで、不愉快一辺倒だった彼女の表情が、一点、興味深げな笑みに変わります。


「……ええと、それはどういう意味かな?」

「もし、あなたの言うとおり、ここを超える手段が『なんでもあり』ならば、いくらなんでも条件が簡単すぎます」

「そうかな?」

「ええ。……だってあなたは今、普段の十分の一も力を引き出せていないはず。そんな相手を叩きのめしたとして、何も得るものがないじゃないですか」

「得るもの……ねえ?」


 彼女は、まるで興味深い着眼点に気づいた生徒を褒めるように、


「面白い考え方だわ☆」

「あなたは《魔法バリア》を使う。私たちはそれを、真っ向勝負で打ち破る。……それくらいできるようにならないと、とてもではありませんが”ダンジョンマスター”を打ち破ることはできない。――違いますか?」


 これに対し、どういう類の罵詈雑言が返ってくるかと思っていたら、……意外にも春菜さんは、しばらく黙った後、


「……………………………まーねー」


 と、素直に首肯しました。


「それじゃ、ある程度ここのやり方は理解できてるってとこかな☆」

「いいえ。慎重なだけですよ」


 ゲームと同じです。

 一面のボスを完封できないようじゃ、二面のボスにだって勝てないに決まってますからね。

 私、ちゃんとレベル上げしてからボス敵に挑むタイプのゲーマーなんです。


「へんなやつ。はやくここを出たいなら、こんなとこでグズグズしてる暇はないんじゃない?」

「短期的に考えると、そうかもしれません。……ただ、ここを作った人は、私たちを簡単には出してくれないみたいですし」


 そこで春菜さんは、一瞬だけ視線を地に落としました。

 何か、自分にとって気まずい秘密を押し隠すように。


なんでしょう? “ダンジョンマスター”は」


 魔法攻撃でしか倒せない”魔物”。

 ”ボス部屋”の出現条件。

 それらを総合して考えた上で出した結論です。

 半ば以上、カマをかけたつもりですが、


「うふふ☆ よくわかってんじゃん♪」


 どうやら、私の勘は当たっているようでした。

 やれやれ、と、深い溜息を吐きます。

 それにどういう意図があるかはわかりませんけども。

 こうなったら、とことん付き合う必要がありそうですね。


「まあそーいう訳なので。顔を洗って出直してきます」


 背を向ける私に、


「ちょいまち」


 春菜さんが、道化師のような笑みを浮かべたまま、言いました。


「そーいうことなら、何度も相手するのも面倒だし、教えてあげる」


 そして、「――《火の二番》」と、手のひらの上に火球を出現させます。


「最低でも、この程度はデキるようになったら、また来なさい。それが最低条件よ」


 その《火系魔法Ⅱ》は、――。


「うげ」


 明らかに、直径三十センチを超えていて。

 さっき”賭博師”さんが言っていた、私たちの火球の直径は……だいたい十六センチぐらいだから……およそ倍ですか。


「安易な道を選ばなかった。――そこだけは評価してあげる☆」

「はあ」

「あたしにはそれができなかったわ。だから次のフロアで詰む羽目になったんだな♪」

「へえ、……ってことは」

「そう☆ あたしも、あなたたちと同じく、”マスターダンジョン”に囚われた“プレイヤー”の一人だったってこと♪」


 まあ、それについては『”フロアボス”は”プレイヤー”が務める。』って情報が出た時点で、なんとなーく予想がついてましたが。


「どうする? せっかくなら、こっち側の待遇とか教えてあげよっか?」

「結構です。教えてもらったところで、それを信用する気にはなりませんし……それに私たちは、あなたのようになるつもりはありませんので」


 春菜さんは、コンクリートで塗り固めたように笑みを崩さないまま、


「うーん。……やっぱりわたし、あなたのことが大嫌い☆」


 私の方も、満面の笑みで応えます。


「ええ。私も、あなたみたいな人は苦手です」

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