その135 地獄の行軍

 地獄の行軍が始まりました。


 宿(竹コース)で寝て、起きて、”ダンジョン”に潜り、二十時間ほど歩いたら”帰還クリスタル”で『冒険者の宿』に戻って……の、繰り返し。

 そんな日々が、一週間ほど続きます。


「……今日も収穫なしかぁ」


 死んだ魚のような目をしながら、”賭博師”さんが呟きました。

 ちなみに彼女は今、ノートに酒場で得た情報を片っ端から書き写してもらっているところです。


「改めて聞くけどさ。……ほとんど意味ないっぽい情報もわざわざ書かなきゃならんのか?」

「もちろん」


 ハズレの情報の中にも、何かのヒントが紛れている可能性もありますから。

 私は書きかけのノートを覗き込み、


「ふーむ」


 ”情報その25”で目を留めました。


「ん?」

「どうかしたか?」


 ノートから目を離して、”賭博師”さんが問いかけます。


「この、『そのフロアに存在する”ボス部屋”へたどり着くための条件は、ある程度決まっている』……っていうの、ちょっと引っかかりません?」

「ん? 単純に『”ボス部屋”の位置はおおよそ決まってますよ』って意味じゃないのか?」

「いやいや。それだったらこんな書き方しませんよ」

「……ふむ。言われてみればそうだな」

「つまりこれ、『“ボス部屋”には何かの”条件”を満たさないかぎり辿りつけない』ってことでしょう?」


 ”賭博師”さんは、まだなんとなくピンと来ていない様子。


「それじゃーつまり、“ボス部屋出現ボタン”みたいなギミックがあるってことかな」

「そうかもしれません」


 今のところ、それを否定するに足る情報は得られていません。

 が。


「あるいは、……こういうのはどうです? これまで倒した”スライム”の中の一匹が、実は何らかのキーアイテムを持っていて、それを取得することで”ボス部屋”が出現する……みたいなの」


 そこで、さっと”賭博師”さんの顔から血の気が引きました。


「うわ、ありうる」


 倒した”スライム”から何が出現するかなんて、ろくに確認してこなかったので、(キーアイテムの形状にもよりますが)見逃していてもおかしくはなく。

 これからは、もっと注意して探索を進める必要がありそうです。


「明日は、少し方針を変えてみましょうか」

「具体的には?」

「とりあえず、これまで通り探索するのは当然として、道中の”スライム”もなるべく倒すようにしましょう」

「そうだな。……何がその”条件”なのかわからんからな」


 「“スライム”を◯○匹殺すことで”ボス部屋”が出現する」とか、そういう条件の可能性もありますからねー。


「私の魔力と食糧が切れたら、“賭博師”さんが《夢幻のダイスロール》を使って、その後、いったん帰還する感じにしましょうか」

「よし。りょーかいだ」



 そして、翌日。

 予定通り、片っ端から“スライム”を狩りながら、先へ先へと進んでいきます。


「――《ファイアーボール》! ――《ファイアーボール》! ――《ファイアーボール》! ――《ファイアーボール》! ――《ファイアーボール》! ――《ファイアーボール》! ――《ファイアーボール》!」


 そこでお腹がぐぅと鳴り。

 もはや何の味もしなくなっているチョコレート菓子を憎々しげに噛みながら、


「虫歯になったら”ダンジョンマスター”に治療費を請求してやる。――《ファイアボール》!」


 《火系魔法Ⅱ》で“赤スライム”を一匹一匹、駆除していきます。

 この調子で、既に十時間ほどが経過していました。


「――ん?」


 最初にその変化に気づいたのは、”賭博師”さん。


「どーしました?」と、訊ねながらも「――《ファイアーボール》!」


 ふいに現れた”赤スライム”を瞬殺しつつ。

 道中の話題は、ずいぶん前から完全にネタ切れを起こしていたため、それが”賭博師”さんの発する数時間ぶりの言葉でした。


「……あ。いや。気のせいかも知れんが……おい、“戦士”。ちょっと《火系魔法Ⅱ》を使ってみてくれ」

「え? いまので、”赤スライム”は全部やっつけましたけど」

「いいからさ」


 言われるがまま、私は「――《ファイアボール》」と唱えます。

 それと同時に、”賭博師”さんも、《火系魔法Ⅱ》を使いました。


「ん。やっぱな。……お前の《火系魔法Ⅱ》、オレのよりすこしデカくないか?」


 私は目を細めて、ぐらぐらと揺らいでいる火の玉を見ます。


「うーん。私には、あんまり変わらないように見えるんですけども」

「いいや。《ペテン》持ちのオレサマの目は誤魔化せんね。明らかにデカい」

「そーかなー?」

「投げてみたら、もっとはっきりするぞ」


 ……とのことで、私たちは、近くの壁にぽいっと《火系魔法Ⅱ》を投擲します。

 白い壁に、二つの丸い焦げ跡が生まれました。


「あっ、たしかに私のお焦げの方が大きいですね」

「だろ?」

「私には《攻撃力》というスキルがあります。その影響では?」

「いーや。最初にオメーの《火系魔法Ⅱ》を見た時、『オレサマのより少し小さいな』って思った記憶がある。……つまり、ここにいる間に、オメーの《火系魔法》は少し強くなったんだよ」

「へー」


 私は、その情報を改めて吟味しつつ、


「つまり……どういうことだってばよ?」

「ずっと気づかなかったが、オレたちの魔法って、使えば使うほど性能が上がっていくものなのかもな」


 ほへー、と、間抜けた顔の私。

 これは盲点でした。


「これは仮定だけども。……オレたちには、”レベル”の他に、隠されたパラメータみたいなのがあるんじゃなかろうか」

「隠された……パラメータ?」

「例えば、ゲームでいう、”まりょく”とか、”マジックポイント”とかさ。そーいうの」

「ああー……それはあるかも知れませんねー」

「オレたち、ここじゃあレベルが上がらないから強くなれないと思い込んでたけど、通常の筋力トレーニングをすれば力はつくだろ。それと同じさ」


 確かに。

 これまで私たちには、”強くなる”=”敵を倒してレベル上げする”という方程式が出来上がっていました。

 ですが、通常の手段でもちゃんと筋肉はつくはずですからね。

 実際、この一週間で私たち、少し健脚になった気がします。


「……なあ。これは”賭博師”としての勘なんだが」

「はい?」

「攻略の鍵は、なんじゃねーかな」

「ふむ」

「オレたちには見えないパラメータがあるとして、さ。それが、ある数値以上にならない限り、”ボス部屋”が出現しない……みたいな」


 私は、これまで幾度と無く繰り返されてきた、「何が”ボス部屋”出現の条件か?」に関する話題の一つとして、それに耳を傾けます。


「でも、どうしてそう思うんですか?」

「いやさ。……これまで、何度も《夢幻のダイスロール》を使ってきただろ」

「そうですね」

「経験上、そろそろ攻略のヒントが見えてきてもおかしくない時期なんだよ。だってのに、その糸口さえ見えない」

「ほう」

「んで、オレサマも考えたわけ。答えが見えずに彷徨さまよっているのは、こっち側にも原因があるんじゃねーかって……」

「ふーむ」

「それに、気づいてたか? これまでオレサマが《夢幻のダイスロール》で引き寄せた”幸運”に、『“スライム”に遭遇しない』類のものがなかったこと」


 え?

 そーでしたっけ。

 そうだったような。そうでもなかったような。


「この閉鎖的な状況下においちゃあ、もっともありえそうな”幸運”だっていうのに、だ。……ってことは、”スライム”を倒すことと、俺たちの目的……”ボス部屋”の出現に、何か関係があるってことになる」

「では、単純に”スライムをたくさん倒すこと”が”ボス部屋”出現の条件では?」

「そうかもしれない。……いや。そうならそうで、『大量の”スライム”の出現』とか、そういう“幸運”を引き寄せる気がする」


 ”賭博師”さんの言葉は断定的でした。

 彼女がそう言うなら、そーかも……、と、つい納得してしまいそうになるほどに。

 まーこの人、いつもこんなしゃべり方なんで、慣れちゃいましたけどね。


「……では、どうします?」

「今後は、オレサマも“スライム”狩りに参加する。その代わり《夢幻のダイスロール》は使えなくなるが」

「まあ、“賭博師”さんがそれでいいなら、それでも構いませんけど」


 二人でスライムを狩るなら、そのぶん私の仕事も楽になりますし。

 ただ正直言って、”賭博師”さんの意見は、前提となる論拠が曖昧過ぎて、それが決定的な答えにはなりえない気がしていました。

 これまで、数多く議論してきた、「◯◯が”ボス部屋”出現の条件ではないか?」という話題の一つ。

 それくらい思ってはいましたが。


 まあ、なんでも試してみるもので。

 結果的にそれが正しかったと知るのは、それから三日後のことです。



 赤、青、黄色の”スライム”を始末して。

 始末して始末して始末しまくって。

 その頃の私たちは、視界を赤か青か黄色の物体が掠めるたびに、阿吽の呼吸で魔法を放つようになっていました。


 そして、――遂に。

 ”それ”が、私たちの目の前に現れます。


「お」

「あ」

「ひょっとして、……あれ?」


 私たちの視線の先にあったもの。

 『冒険者の宿』とは明らかに違う形の扉。

 それを発見した時の気持ちは……なんというか。


 歓喜というには程遠い、ただひたすらに脱力したくなるような。


 それも無理はありません。

 だって、”ボス部屋”の扉が出現したのは、――『冒険者の宿』の、向かい側の壁だったんですから。


 私と”賭博師”さんは、しばらく顔を見合わせた後、


「……《ダンジョンマスター》に会ったら、絶対に顔面をグーで殴る」

「同感です」


 ”賭博師”さんはそこで、糸が切れたように座り込み、


「~~~~~~~~~~~~~~~たくッ。よーやく、かよ……」


 と、ぼやきました。

 私は、『♪ボス部屋だよ♪』と書かれた可愛らしいウサギさん型の看板を叩き割りたい衝動に駆られながら、


「……結局、何が条件だったんでしょう?」


 こんなにわかりやすく”ボス部屋”が出現した、ということは、私たちが何らかの条件を満たした、ということに違いなく。


「“倒したスライムの数”かも知れんけど……多分、オレサマたちの“魔法の力”が強くなったからだと思う」


 もう、”賭博師”さんの中では、隠しパラメータがある、というのは決定事項のようで。


「さっきちょうど、オレたち二人の《火系魔法Ⅱ》のサイズが直径十六センチを超えたからな」

「そうなんですか?」

「間違いない。オレサマの目測は、誤差一ミリ以内で判別できるレベルだから」


 へー。

 便利ですね、《ペテン》って。


 しかし、言われてみれば私の《火系魔法Ⅱ》、出力が上がっている気がします。

 最初に《火系魔法Ⅱ》を使った時は、こぶし大くらいのサイズだった記憶がありますからね。


 ちなみに今、《火系魔法》を例に出しましたが、その他の魔法系スキルも総合して強くなっていることがわかっていました。

 筋力と同じように、私たちの“魔法を使う力”は、使えば使うほど強くなっていくようで。


「じゃ……いくか」

「ええ」


 私たちは、“ボス部屋”の前で最後の補給を行ってから、その扉のドアノブをひねります。

 その先にいたのは、――


「はぁい! いらっしゃいませ!」


 にこやかな笑みを浮かべた女性。

 歳は見たところ、二十かそこらでしょうか。

 たぶん、それ一本で生涯食っていけそうなくらいにおっぱいのでかい人でした。

 服装は、原宿なんかでよく見かけるゴスロリ系ファッション。

 彼女は、朗らかな笑みを私たちに向けて、


「いやぁー。ここに来るまでで、こーんな時間がかかった”プレイヤー”さんは初めてです! どんだけ待たせるんだよ糞が、地獄に堕ちろって気分♪」


 ものすごい毒を吐いてきます。


「あたし、何が嫌いって、愚図が一番嫌いなの☆ ってなわけで、あたしったら、もう既にあなた達のことが大嫌い♪」


 ウワー。

 なんか濃い感じのやつきたー。


「おい、”戦士”。何をボンヤリしてる。――さっさと《スキル鑑定》をしろ」


 あ、そうでした。

 もう、しばらく魔法系のスキルしか使ってないから、存在を忘れてましたよ。


ジョブ:魔法使い

レベル:?

スキル:《火系魔法Ⅰ~Ⅱ》《水系魔法Ⅰ~Ⅱ》《雷系魔法Ⅰ~Ⅱ》《魔力制御Ⅴ》《魔法バリアⅤ》


 ん?

 何この……何?

 ずいぶんちぐはぐなスキル構成に見えますが……。



“情報その26”……一階の”フロアボス”の名前は鮎川春菜あゆかわはるなという。


“情報その27”……一階の”フロアボス“のジョブは”魔法使い“である。


“情報その28”……”フロアボス”の撃破条件は、問い合わせれば本人から教えてもらうことができる。


“情報その29”……一階の”フロアボス”の好物は、いちごのショートケーキである。


“情報その30”……一階の”フロアボス”は、大切に取っておいたショートケーキを友だちに食べられたことがある。その際、友だちは半殺しにされた。

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