その118 エンカウント
「そういや“ダンジョン”って、具体的にどういう感じの敵がいるんです?」
「前世では、……たしか、”魔法生物”だとか呼ばれてたな。ボクは単純に、”魔物”って呼んでるけどね」
当然のように応える百花さん。
「まもの?」
「ああ。……”ダンジョン”には、そうした生き物を発生させる不思議な力場が働いていて、“魔法生物”は、それを養分にして活動しているらしい。故に、連中はものを食べる必要がないし、眠る必要もない。やつらの目的は、ただひたすら”ダンジョン”内に侵入したものを殺すこと。それだけなんだ」
「ふうむ。……なんか、それだと……」
「ああ。”ダンジョン”そのものが、一個の生命体のようなものだね。“魔物”は、体内に入った異物であるボクたちを撃退するために生み出された”抗体”ってところかな」
ってことは私たち、眠れる獅子を起こしに来ているようなものじゃないですか。
そう考えると、ちょっと怖い気持ちも。
「”ダンジョン”内ではとにかく、食べ物を切らさないように気をつけよう。おおよそ口に入れられるものが存在しない空間だから」
「むぅ~」
そこで、不機嫌顔の彩葉ちゃんがほっぺを膨らまします。
「あーし、荷物持ちかよー!」
彼女の背中には、山のような荷物がありました。
「ボクらの中じゃ、彩葉ちゃんが一番の力持ちだからね。適材適所さ」
「ぐぬぬ」
ただ、彩葉ちゃんも、”ダンジョン”探索が自分の能力ありきだとわかっていくれているのでしょう。
それ以上はごねませんでした。
「でも、あとでちゃんと交代してよー!」
「もちろん」
実際、私的には、訳のわからん”魔物”と戦うより、荷物持ちでもやっていた方がよほど気楽でいいんですけども。
私の《攻撃力》スキルって、あくまで”攻撃”を強化するスキルであって、筋力そのものが強くなる”格闘家”のスキルとは似て非なるものなんですよねぇ。
まあお陰で、勢い余ってドアノブを引きちぎったりしなくて済むのは助かりますけども(ちなみに彩葉ちゃんは、既に何度かやらかしてます)。
「じゃ、行こう」
百花さんが呟き、”飛竜”たちを四方に散らばらせます。
彼らを連れて”ダンジョン”内に入るのは難しそうですからね。
”ダンジョン”の内部では、ペンキでも塗ったかのような闇が広がっていました。
「――《照明》」
そこで百花さんが、《光魔法Ⅰ》を詠唱。
彼女の頭の上に光の玉が生まれて、当たりを昼のように照らします。
中に入ると、
「ほへぇぇぇぇ……」
思わず、間抜けた声が出ました。
“ダンジョン”内部は、明らかに人為的に手を入れられているとしか思えない空間が広がっていたのです。
建てられてから数百年経った、太古の遺跡、といいますか。
話を聞いていた限りでは、ただの洞穴のイメージでいただけに、これはちょっとした驚きです。
壁を見ると、得体のしれない紋様まで刻まれていました。
こういうの、どっかで見たなぁ。
……ああ、あれか。
ピクシブとかでときどき、やたら背景を凝る絵描きさんいるじゃないですか。
ああいう感じ。
「ってかこれ、絶対、どっかの誰かが造ったやつですよね?」
「だね。……でも、人間によるものとは限らないぜ。ひょっとすると、”神様”手製の一品かもしれない。……もし、そんなヤツが実在したらだろうけども」
そのまま、明かりを頼りに少し進むと、
かち、かち、かちかち、……
と、何やら不穏な音と気配が、あちこちから。
「なんです?」
「ここらへんって、そこら中に髑髏が落っこちててね。かちかち歯を鳴らして自己主張してくるんだよ。たぶん、犠牲になった人の成れの果てじゃないかと思う」
「……危険は?」
「あまりない。多分、元人間のよしみで警告してくれているんじゃないかな? ”こっから先は危ないぞ”って」
わー、親切だなー(棒)。
「なんか、いまさらですけど、……ちょっと怖い気がしてきました」
「そうかい?」
そこで一瞬、当たりが暗闇に包まれました。
同時に、足元さえも見えなくなります。
つまづきそうになりながら、
「うわうわうわ! ちょ、ちょっと! 何が!」
「あっはっはっは」
笑いながら、百花さんは、
「……いまの、わざとですね?」
「うん」
「止めてくださいよ、もう……!」
「そうは言うけどねぇ。先にやったのは”先生”なんだぜ」
「私?」
「うん。前世でね」
うわっ…私の前世、性格悪すぎ…?
「貴女の知っている私と、いまここにいる私は、別人みたいなものなんでしょう。混同しないで下さい」
「そうだね。わかってる。……特に”先生”は、まるで人が違って見えるよ……」
その言い方に、何か引っかかるものを感じます。
「さっき、前世の私は”魔法使い”だったと言ってましたよね。他にも違うところが?」
「結構あるよ。例えば、ボクが合流した時点で、”先生”には恋人がいた」
「……えっ」
なにそれ。
「竹中
ふいに、後頭部をハンマーでぶっ叩かれたみたいな気がしました。
彼の死に顔が、脳裏に蘇ります。
「そんな。……竹中くんが?」
「他にも、色々と違いがある。”雅ヶ丘高校”にいた、日比谷康介って男の子。彼は前世では見かけなかったな。たぶん、早々に命を落としてしまったんじゃないかと思う」
逆に、……命が助かった人もいる、と。
「それともう一つ。前世の”先生”は、”奴隷使い”を殺していたよ。どういう経緯かは知らないけれど、結果的に”殺すしかなかった”らしい」
…………。
”ダンジョン”という、得体のしれない空間にいて、私は立ち止まりました。
「どうかした?」
「百花さん。あなたとは、しっかりお話をする時間を作らなくてはいけませんね」
……”転生者”。
これまで、話半分に聞いていたのかもしれません。
あるいは、前世と今世は別々のものだと割りきっていたか。
ですがここに来て、少し考えが変わりました。
彼女のもたらす情報によって、あるいは、誰かが救われるかもしれないのですから。
「いいね。……ボク、”先生”と話すの、けっこう好きだから」
金髪碧眼のエルフが、くすくすと笑みを浮かべます。
「でも……その前に」
「――?」
「かるく仕事を済ませようか。……お客さんだぜ」
その時でした。
彼女の背後から、おびただしい数の鼠の群れが飛び出してきたのは。
「ふ、ふんぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!」
全身を泡立たせながら、刀を構えます。
「落ち着こう。こいつらは”魔物”じゃない。ただのドブネズミだ」
「ひえええええええええええええええええええええええええええええええええ! どっちにしろ嫌ああああああああああああああああああああああああああああ!」
ぶんぶんと得物を振り回します。
鼠共は、私のことなど取るに足らぬとばかりに、足元を走り抜けて行きました。
その際、ふくらはぎの当たりを、クニャっとしてベタっとした汚い何かが幾度も触れて。
「お風呂はいりたぁい!」
「……後で、《水系魔法》を使ってあげるから。少し我慢しよう」
百花さんが苦笑します。
「さあ。……本番だよ」
鼠の群れが去って。
その奥から現れた影はどこか、着ぐるみを身にまとった人のようでした。
のし、のし、と、歩くシルエットは楕円形。
「…………――!」
半泣きで、“それ”の動きを追います。
悪い夢でも、見ているかのようでした。
『ぶしゃああああああああああああああああああああ!』
私たちの目の前にいたのは、これまで通り過ぎていったものとは比較にもならないほど巨大な、二本足で歩く鼠さんだったのです。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ」
『ぶしゅううううううううううううううううううううううううううううううう』
その数、八匹。
鼠さんは皆、その手に、鉄パイプやらなにやら、「あれでぶん殴られたら痛いだろーなー」って感じのアイテムを携えていました。
「じゃ、ボクは見てるから。……”先生”、頼むよ」
百花さんが笑みを浮かべながら、一歩下がります。
「がんばれねーちゃん!」
ちょっと離れて着いてきていた彩葉ちゃんも、応援してくれていました。
「うう……」
しくしく泣きながら、私は切っ先を鼠さんたちへと向けます。
嫌だな。
帰りたいなあ。
私、鼠が苦手なんですよねー。
鉄パイプでぶん殴ってくる鼠は特に嫌いです。
正直、早くも帰りたい気持ちになっていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます