その110 ガンガンいこうぜ

 代わり映えのしない地下空間を歩きながら、


――そんじゃ、好きな食べ物は? あたし、イクラ丼。

「俺は……そうだな、ラーメンかな。もやしがいっぱい載ってるやつ。ええと……好きな色。

――白!

「俺は黒」

――次は……うーん、好きな動物。あたしは、がぜん猫派ね。

「マジか。気が合わんな。俺は犬だ」


 俺たちは「お互いの好きなものを質問し合う」という手段によって話題作りに励んでいた。

 ちなみに、光音の提案である。

 どうやらこいつ、わりとおしゃべりを好むタチらしい。


「ええと。……好きな映画、とか」

――映画かぁ。……アニメでもいい?

「いいよ」

――じゃ、『クレヨンしんちゃん』。

「ちなみに、何作目?」

――『ロボとーちゃん』が一番! あれはマジで泣いたわっ。

「最近のやつか? それ、観てないなぁ」

――人生損してるわね。……ちなみに、キミは?

「『クレヨンしんちゃん』だと、『オトナ帝国の逆襲』が面白かった気がする」

――あれもいいよね。


 ……と、そこで。


――……おんやぁ?


 光音が妙な声を発した。

 反射的に身構えて、”シカンダ”に手を掛ける。


「……”ゾンビ”か?」

――いえ。そういう感じじゃない。……人間だわ。あら! 行き倒れてるみたい。


 さっそく仕事のようだ。

 足早に前へ進む。

 すると、頭から灰を被ったみたいに薄汚い、一人の老人が横になっているのと出くわした。


「あの……」

「う……うぐ……」


 どうやら、脚に軽傷を負っているらしいが、命に別状はなさそうだ。


「みず……」


 どうやら、足りないものはらしい。

 俺はリュックサックを下ろし、新品のペットボトルを取り出して、差し出した。

 爺さんは手渡された水を受け取り、一滴も残さぬよう、慎重に口に運ぶ。


 これで、”人助け”+1ポイントってところか。


「大丈夫か?」

「う、うむ……」


 そこで老人は、俺の顔を妙な表情で見た。


「……あんた、不思議な格好しとるの」


 まあ、そう思うのも無理はないよな。

 変な兜に、全身銀ピカの鎧(しかも背中には燃えるような赤色のマント)なんて、コスプレ衣装以外のなにものでもない。


「なんにせよ助かった。わしがこれまで飲んだ中でも、一番うまい水じゃったよ」

「大げさだな」


 苦笑混じりに、俺はその場に腰を下ろす。

 爺さんは、いわゆるホームレスの人に見えた。

 今どき珍しくもないが、この人はたぶん、この世に”ゾンビ”が現れる前からの古株だろう。

 そう思える程度には、爺さんは年季の入ったボロい格好だった。


「どこかへ行くところだったのか?」

「ああ。……この先の赤坂見附にそこそこ大きめのグループがあると聞いてな。仲間に入れてもらおうと思ったんじゃが。……見たところ既に、かなりの”ゾンビ”がバリケードに張り付いとった」

「バリケードがあるなら、中から安全に“ゾンビ”を処理できるんじゃないのか?」

「わしもそう思って、しばらく様子を見てるところだったんじゃが……あいにく、手持ちの食料が尽きてな」

「それで、進退窮まった、って訳か」

「うむ」


 爺さんは、渋い表情に凝り固まった顔つきだ。


――ちょうど困ってる人がいるなんて、幸先がいいわね。


 などと、不謹慎な台詞を言う光音は置いといて。


「なら、俺は先を急がなきゃ」

「なに? しかし、まだあそこには……」

「ってことは、かっこ良く登場できるチャンスってわけだ」


 皮肉交じりに言う。

 もちろん冗談のつもりだが、――半分くらい、本気だった。


「元気が出たら追ってきてくれ。先に行って、”ゾンビ”をやっつけておくよ」



 さすがに、そこから先は光音と無駄話をしている余裕はなく。

 無言のまま暗い地下鉄の線路を進むこと、十分弱。


『うぉおおおお……おおお……』


 ”ゾンビ”が一匹、道の真ん中でぽつりと立ち尽くしているのが見えた。


―ーお爺さんが言ってた通りね。

「ああ」


 足を止めることはしなかった。

 歩きながら”シカンダ”に手をかけ、すれ違いざまにその首をぶった切る。


――いいねえ! 慣れたものじゃない。


 光音の褒め言葉に何事か答えようとした時、


「グ、グ、グ、グワー! だ、誰かぁ! 誰かいるなら、お助けをぉー!!」


 誰かの悲鳴が聞こえて、俺は全速で走り始めた。

 駅に近づくにつれ、状況がわりと絶望的な感じだと気づく。

 ”ゾンビ”は基本的に知能が低い。それ故、ある程度の段差になると昇ることができなくなる。その性質を利用して、駅のプラットフォームに上がって来られないよう、寄せ集めの木材やらなんやらでバリケードを作ったようだが……その一部が、今にも破壊されようとしているらしい。

 どう見ても、このままではまずかった。


「しかし、参ったな……」


 マスクの中で、苦い表情を作る。


 ”ゾンビ”を始末するにしても、バリケード越しに、安全地帯から徐々に……というのが理想だったのだが。

 このまま進めば、数十匹の”ゾンビ”を相手に、真っ向勝負を挑む羽目になりそうだ。


「どうする?」

――ガンガンいこうぜ!


 マジかよ。


――でも、”シカンダ”は暴れ回りたくってうずうずしてるみたいよ。


 確かに。

 鞘に納めてある剣が、触れてもいないのにカチカチと震えている。放っておくと、勝手に飛び出してしまいそうだ。


「率直な意見を聞かせてくれ。……あの数を相手に、勝てると思うか?」


 すると光音は、嬉しそうな口調で、


――だから、何度も言ってるじゃない! よゆーだって!


 ふう、と、嘆息する。


(いい年して『クレヨンしんちゃん』で泣くようなヤツの意見って、参考になるものだろうか?)


 ま、いいか。

 俺は気楽に考えた。


 どっちにしろ、逃げ道はないわけで。


 すらりと”シカンダ”を抜く。

 暗闇の中、剣が銀色に煌めいて。


「じゃあ、征こう。――ただし作戦は、”いのちだいじに”でな」

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