その109 ヒーロー

 暗闇の中を進みつつ、俺はヘルメットの暗視機能に感謝していた。

 陽の光一つ差し込まない地下世界において、この機能はとにかく役に立つ。

 俺は、夜目がきかない”ゾンビ”を完全に手玉に取ることに成功していた。


 “ゾンビ”を迂回しながら闇の中を行き、地下鉄のトンネル方面へと歩みを進めていく。


――ねーねーねー。そろそろ戦ってみたらどない?


 光音が、焦れたように文句を言う。


「しっ、黙ってろ。聞こえたらどうする」

――だいじょーぶ。キミ以外に声は通じないことになってるから。


 ならいいんだが。


「君がどう考えているか知らんが、少なくとも俺は、”ゾンビ”を殺すのが嫌いでね」

――あらそう? でも君、さっきあたしを助けに来た時は、うまいことやってくれたじゃない。

「あの時は必死だったんだ」


 そこで、小さくため息をつく。


「いちおう聞いておくけど、君って、なんか、孤独な俺の魂が生み出した、哀しい幻聴、……みたいなオチじゃないよな?」

――なわけないじゃん。

「幻聴なら、どんなふうに応えてもおかしくない」

――ま、そのへんはおいおい、理解を深めていけばいいんじゃない? 今は、この状況を切り抜けることに集中して……ほら、目の前!


 一瞬、気を逸らした隙だった。


『グルァッ』


 死体だと思い込んでいたものの一つ起き上がり、跳びかかってきたのだ。


「――くッ!」


 車に轢かれる直前のような。

 回避不可能の悲劇が、眼前に迫る。

 思わず差し出した右腕に、奴の牙が。

 その光景を見まいと反射的に目をつぶっていると、


「?」


 眉をひそめる。

 予想された、右腕の痛みはなかった。

 見ると、目の前の”ゾンビ”の頭部を、”ゆうしゃのつるぎ”が貫いている。


――やったね! ”シカンダ”!


 テンション高めで叫ぶ光音。

 ”ゾンビ”の死骸から”つるぎ”を引き抜きながら、


「”シカンダ”?」

――”ゆうしゃのつるぎ”じゃ呼びにくいからね。ニックネームをつけたの。ちなみにそれ、自動で戦ってくれるから。そこんとこよろしく。

「ほーう……」


 呟きながら、俺は柄にもなく感心していた。


「すごいな。”魔法の力”って、やつか」

――そんなとこ。

「ってか、”魔法”って実在したんだなぁ……」


 しみじみ言うと、


――今更、何言ってんの。あたしが魔法使ってるとこ、見たでしょ。

「そりゃそうだが……」


 端から見ているのと、それを実感するのとでは少し感覚が違う。


――あっ、ちなみに、今のでレベルアップしたみたい。

「レベル? ……そこまでゲーム的なのか?」

――まーね。一応、上がったステータスを表示するね。


 すると、例によって、俺の眼前にあるモニターにステータスが表示される。



ステータス

レベル:2(+1)

HP:38(+2)

MP:13

こうげき:30(+1)

ぼうぎょ:29(+1)

まりょく:6(+2)

すばやさ:21(+1)

こううん:6



――ちなみにこのステータス、だいたい20ポイントで“戦士”ジョブでいうところの《攻撃力Ⅰ》くらいの目安で……って、キミに言ってもわかんないか。

「ってかこのパラメータ、わかりにくいぞ。他に比べるモンがない」

――……あ、そっか。確かにそう感じてもおかしくないか……。


 そこで光音は、何やら考えこんだあと、


――そんじゃ、いま、視線の先にいる、サラリーマンっぽい格好した”ゾンビ”いるじゃない。試しに、あれのステータスを表示してみるわね。

「――ん?」


 返答を待たずに、光音はモニターに情報を表示させた。



なまえ:ゾンビA

ジョブ:なし

ぶき:なし

あたま:なし

からだ:ボロいスーツ

うで:なし

あし:ふるいかわぐつ

そうしょく:しゃれたネクタイ


ステータス

レベル:1

HP:9

MP:1

こうげき:12

ぼうぎょ:3

まりょく:1

すばやさ:2

こううん:0



「へえ」


 なるほどわかりやすい。

 確かに、俺のステータスに比べれば、その戦闘力の差は歴然としている。


――ね? ちょっと戦ったくらいじゃ、負けっこないって。

「だが、連中には必殺の噛みつきがあるからな。この鎧がどれほど硬いか知らんが、万一”ゾンビ病”に感染しちまえば、いくらなんでも死んじまうだろ?」

――まあ、……そうだけど。

「だから、な? ここは慎重に行かせてくれ」


 すると、光音はふてくされたような口調で、


――ふぉーい……。


 と、応えるのだった。



 地下の移動は、スムーズにことが進んだ。

 地下鉄の線路の上を歩き、道を塞ぐ”ゾンビ”だけを排除し、先へと進んでいく。


 進めば進むほど、光音から渡された不思議なアイテムが、凶悪な性能だと気づき始めていった。

 特に”シカンダ”が強い。

 こっちは、何も難しいことを考えず、ただ剣の柄を握るだけでいいのだ。それだけで、”ゾンビ”はことごとく瞬殺されていく。

 ついでに、その間、レベルはもう一つ上昇した。



ステータス

レベル:3(+1)

HP:39(+1)

MP:14(+1)

こうげき:31(+1)

ぼうぎょ:30(+1)

まりょく:7(+1)

すばやさ:21

こううん:6



 今のとこ、まだその効果は実感できていないが、いずれ”ゾンビ”を指先ひとつでダウンさせることも不可能でなくなるかもしれない。


「君の言うとおり、確かにもう、”ゾンビ”程度にはやられる気がしないな」

――でしょー?


 それが当然、世の摂理……とばかりに光音が言う。


 そのまま、およそ一時間弱の歩行。

 そこまで来て、ようやく心に余裕が生まれ始めたのか。……俺は、腹が減っていることに気づいた。


「飯にするか」


 呟き、適当な段差に腰掛け、持ってきたリュックサックを開く。


――ちょっとまって!


 そこで、光音が叫んだ。


「どうした?」

――リュックの中に、賞味期限切れの食べ物があるわ。

「別にいいさ。もう慣れたよ」

――ええーっ。お腹壊さない?

「飢えるよりマシだ」


 ってか、そんなことまでわかるのか。


「ちなみに、飯を食う時は、ヘルメットを外すしかないのか?」


 周囲は暗闇だ。ちょっとの間でも、暗視機能のあるヘルメットを外すのは不安だった。


――ああ、大丈夫。ちょっとまって……。


 そこで、しゃきん、と、俺の口元にあるマスク部分が開かれる。


「おお、便利だな……」

――一応、マスクには病原菌とかを防ぐ役割もあるから、ご飯食べたらすぐ閉じるわよ。

「さんきゅ」


 言って、もそもそとカロリーメイトを口に運ぶ。好物のチーズ味だ。

 一息ついたところで。


「……っていうか」


 そこで、ようやく、いまさらながら。

 俺は、根本的な疑問に行き着く。


「このヘルメット、いったいなんなんだ?」

――あ? それ、気にしちゃうタイプ?

「そりゃな」

――ちょっとドラえもんと知り合いでね。ひみつ道具を融通してもらったの。

「ああ、そうなんだ」


 完全に納得しかけると、


――えっ。いまの、マジで信じた?

「嘘なのか?」

――うん。冗談。


 ため息をつく。


「こっちは、何がなんやらって状況なんだ。何を言われても、頭から信じるしかないんだよ」

――あははっ。ごめんごめん。


 可愛らしく謝られても、こちらとしては困惑が深まるばかりだ。


――ほんとのこと言うと、あたしにもよくわからないんだ。色々とまー、紆余曲折ありまして。

「なんだそれ」

――強いて言うなら……神様のプレゼント? 的な?

「神様。プレゼント……」


 正直、ドラえもんのひみつ道具って説明の方がよっぽど納得しやすかったよ。


――なんかあたし、この世界を救うべく遣わされた“勇者”的な存在らしくってね。その、“勇者”にだけ渡される、特別なアイテムなんだって、それ。


 ”それ”というのは、今俺が装備している、不思議なヘルメットのことだろう。


――《不死》スキルと対応していて、”勇者”の魂を定着させられる……とか。普通の人でも、”プレイヤー”と同等の力を手に入れられる……とか。なんか、そんな感じのアイテムみたい。

「なるほど」


 よくわからないことがよくわかった。

 まあ、このヘルメットについては、もういい。元々“魔法アイテム”ってことで雑に納得していたんだから。

 それより肝心なことがあった。


「それで? ……あんたの目的は?」

――よくわかんないけど、“魔王”って悪者をやっつけなきゃいけないんだって。それで、世界に平和を取り戻さなきゃいけないんだって。

「へえ……」

――……で、キミも知っての通り、結局は力及ばず、”勇者”は悪の手先にやられてしまった! ……ってわけよ。

「そりゃ、困るじゃないか」

――しかぁし! まだ世界が闇に包まれたわけじゃありません! “勇者”には、なんと! “決して死ぬことがない”という、スーパー無敵な力があるのです!

「ほほう……」

――でもね、この力には制限があって。……ちゃんとした形で生き返るには、もう一度、最初から“善”のカルマを積み立てる、……よーするに、いっぱい人助けする必要があるのよ。

「ええと……」


 これまで読んできた漫画やラノベ、遊んできたゲーム、見てきたアニメの知識を組み合わせて、どうにかこの話の内容を呑み込もうとする。


「つまり……このヘルメットは、光音が肉体を取り戻すまでの、仮の姿?」

――うん。

「で、光音が肉体を取り戻すためにはその、……正しいことをいっぱいする必要がある……と」

――そうそう。

「その上、君が肉体を取り戻さない限り、”魔王”とかいうのがこの世界を滅茶苦茶にし続ける……そうだな?」

――ざっつらいと!


 ふうむ……。

 腕を組み、あぐらをかきながら、考える。


――そこで、ちょっとした相談があるんだけど……。


 光音は、ここに来て初めて、少し言い淀んだ口調になる。

 俺は機先を制して、応えた。


「『手伝って欲しい』、だろ?」

――ええ、まあ……、

「ああ、別に良いよ」

――そうよね。……やっぱ難しいわよね。……って、え?

「要するに、この無敵の剣と鎧を利用して、あちこちで人助けして回ればいいんだろ」

――ま、まあ、そうだけど……。でも、大丈夫?

「なんだ? 俺じゃあ不満か?」

――あー、いやいや。そんなことはぜんぜんないけど。……いろいろと、危険な目にも遭うと思うよ?


 光音は少し心配そうな口調だった。

 舐められたものだ。その程度の想像力も欠如していると思われているらしい。


「危険は百も承知だ。いつ、さっきの君みたいに凄惨な死に方をするかわからないってことだろ」

――だったら……。

「知らんのか。男の子って生き物は、いつだって正義の味方に憧れるものなんだ」


 そこで、十分に休息が取れたと判断した俺は、立ち上がった。


「行こう」


 あるいは、今度こそヒーローになるチャンスかもしれない……とか思いつつ。

 俺も、たいがいお人好しだな。

 今日、初めて知ったよ。

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