その111 旧友

 先制攻撃。

 適当に選んだ”ゾンビ”の頭部をバッサリ。


 それが始まりだった。


『ぐるぉおおおおっ』


 同時に、その場にいるほとんどの”ゾンビ”がこちらを向く。

 数十匹分の、空虚な眼光。

 ちょっと想像してもらえばわかると思うが、ぞっとしない光景だ。


 恐怖に震える足腰を懸命に奮い立たせながら、俺は叫んだ。


「かかってきやがれッ!」


 後々思ったことだが、これは余計な行動だったように思う。

 でかい声を発することで、その時まだそっぽを向いていた”ゾンビ”も含めて、みんな俺の存在に気がつく羽目になったんだからな。

 だが、――結論から言うと、それさえも問題にはならなかった。


 光音の言う「よゆー」という言葉は、決して偽りではなかった訳だ。


『おおお、おおおおおおお…………』

『がぐ、ぐぐぐぐぐぐ………』

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオッ』

『ぁおおおおおおおおおおおおおぁあああああ……』


 唸り声のコーラス。

 それに合わせて、”シカンダ”が踊る。


 剣は、羽毛のように軽かった。

 だが、その扱いにはコツがある。

 リードしてくれる者のいるダンスでも、ステップを踏むのは自分自身だ。

 ”シカンダ”が動きたい方向を読んで、俺の方でも身体を動かす必要がある。


――よし! またレベルアップしたわ! いいペース!


 そこで俺は、自身の筋力も強化されていることに気づく。

 一瞬の隙を突いて、空いた手で”ゾンビ”の顔面をぶん殴ってやった結果、奴の頭部が粉々にぶっ飛んで行くのを見たのだ。


「はははッ!」


 愉しかった。

 この五ヶ月間、ずっと怯えて、恐れて、逃げまわっていた存在。

 そうした恐怖の対象を、自らの手で虫けらのように打ち倒していくのは。


 俺はその瞬間、確かに殺しを愉しんでいた。


 いつまでも、この時間が続いて欲しいと願うほどに。



「はあ、……はあ……はあ……」


 荒れた息を整えながら、俺は”ゾンビ”どもの死骸の山を見下ろしている。

 ”シカンダ”を見る。不思議とまったく血で濡れていなかった。

 剣を鞘に納めて、叫ぶ。


「終わったぞ!」


 しんとして、返答はなかった。

 だが、バリケードの隙間から、数人の怯えたような表情が見える。

 まあ、顔も見えない相手じゃな。


「すまん、少し外すわ」

――ちょ、おま……。


 返答を待たず、かぽっとヘルメットを脱ぐ。

 すると不思議なことに、俺の全身を覆っていた鎧も同時に消失した。

 すげーな。ちょっとした変身ヒーローの気分だ。


「ええと。……ごほん」


 こういう時、正義の味方っぽい台詞は、と……、


「もう安心していい。助けに来たんだ」


 やはり、返答はない。

 ……これ、あのパターンか。

 強すぎるが故に、守るべき対象からも畏怖の感情を抱かれる、的な……。

 そこで、


「……仮面ライダーだ……」


 と、ぼそり。


「うわあああああああああああああ! 仮面ライダーが来てくれたんだ!」


 苦笑いする。

 版権を気にしなければならないような比喩表現、やめてもらえないかなぁ。


 だがまあ、どうやら悲しいムードにはならずに済みそうで。

 せっかくなので、俺はそのネタに乗っかることにした。


「そう。通りすがりの仮面ライダーだ」


 俺、バイク乗れないけどな。


「ええと、つまり、正義の味方なので、そっちに上がってもいいか」

「いいんちょー! はやくはやく! 仮面ライダーとあいさつしないと! あとサインも!」


 甲高い子供の声が、誰かに訊ねている。


「ふうむ。そりゃ構いませぬが、ハシゴを取ってこなければ」


 ……ん?


 そこで俺は、耳を疑った。

 今聞こえた、妙に渋みのある低い声に、聞き覚えがあったためだ。


「ハシゴは必要ない」


 俺は、素早くヘルメットをもう一度被って、


――ンモー。せっかくだし、ずっと装着しといてよ。寂しいじゃん。


 全身に再び、銀色の鎧をまとう。

 そして、強化した筋力を利用して壁を蹴り、ひょいっとバリケードを乗り越えた。


「うおおお! サーカス団の方でありますかぁ?」


 間の抜けた声。間の抜けた顔。バナナマンの日村みてーなマッシュルームカット。


「信じられん。お前、コウか?」


 着地後、もう一度ヘルメットを脱ぐ。

 見慣れた顔が、ぽかんとした表情で俺を見ていた。


「おお、お……」


 その顔に、大粒の涙が浮かんで、


「ぬぅおおおおおおおおおおお! 何者かと思えば、まさかまさかの犬咬どのぉ! お久しぶりぃいいいいいいいいいいいい!」


 感極まったとばかりに、抱きついてきた。


「うわ気色悪い。くっつくな!」


 下手すればキスまでしかねない勢いだ。

 だが実を言うと、俺の目にも、ちょっとだけ涙が浮かんでいる。


 そこにいた男の名前は、高谷興一という。

 小学校時代からの幼なじみだ。


「奇跡ですぞ! 奇跡ですぞ! 我々は運命の二人だったのですぞぉおおおおおおおおお!」


 実際、そう思っても不思議じゃないような確率だった。

 家が近所で、再会の可能性は低くなかったとは言え、ちょっとした宝くじの当たりを引いたようなものだ。

 “終末”が訪れて、五ヶ月経ってからの邂逅である。

 正直、ちょっと鈍臭いところのあるこの友人が、“ゾンビ”たちの攻撃を切り抜けられたとは思っていなかった。


「ってかお前、最初の”ゾンビ”騒動の時、どこいってたんだ? 一応、そっちの家覗いたんだぞ」


 ちなみに、興一と俺の実家は、歩いて数分の位置にある。


「あの時は運悪く外出しておりまして……いや、運良く、と言った方がいいですかな。お陰でこうして生きていられているわけだし」

「……親は?」


 すると興一は、苦い表情になって、


「……離れ離れにて」

「そうか」

「正直、期待してはおりませぬ」

「辛いな」


 気まずい雰囲気が生まれる。

 だが、興一は興一なりに、その一件には心の整理がついているらしい。

 気を取り直すように、


「ささ! とりあえず、こちらへ! 色々話を聞きたく思いまする!」


 と言う。


 こんな状況でも、妙な口調は相変わらずか。

 だが、変わらぬ友人の姿に不思議な歓びを覚えていることも事実だった。

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