その101 夢の中

「麻婆豆腐とカレーを混ぜた『マーボーカレー』っす! どうぞ!」


 うっ、うまい!


 でも、カレーアレンジ系もそろそろ飽きてきたというか。

 もう五皿目ですからねー。


 みんなの表情と発想力にも、だんだん疲れと限界が見え始めています。


「あと、……どれくらいだ?」


 日比谷紀夫さんが、深いため息を吐きました。


「材料がない訳じゃないが、さすがにウマそうな組み合わせが思いつかなくなってきた」

「ご安心を、もうそろそろ……」


 そこで、ひょっこり彩葉ちゃんが顔を出して、


「次でおわると思うー」


 という、嬉しいお知らせ。


「そうか……!」


 紀夫さんの表情に希望が見えます。


「まあ、倒した”ゾンビ”を焼く仕事が残っているので、もう何度か往復かする必要があるでしょうけどね」

「それくらいなら、我々も手伝おう」

「助かります」


 あたりはもう、完全に暗くなっていました。

 《心眼》スキルをもつ彩葉ちゃんは問題にもならないようですが、私などは危ないことこの上なく。

 ま、噛みつかれたところでほとんどダメージないですけど、やっぱ精神的にクるものがありますからね。服を破られたりするのも嫌ですし。


「――《エンチャント》。――《ファイア》」


 松明代わりの《火系魔法》で、生き残っている”ゾンビ”をずばずばーっとやっていきます。

 すでに、コミュニティを取り囲む”ゾンビ”はほとんど一掃されていました。


「ふんふーん♪ るるるるるー♪」


 鼻歌を歌いつつ、恐らくこれで最後と思しき群れへと斬りかかります。

 ぷちぷちと虫を潰していくような作業の後、最後の一匹を始末すると、


――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!

――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!

――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!


――おめでとうございます! 実績”ゾンビがみる悪夢”を獲得しました!

――おめでとうございます! 実績”救世主”を獲得しました!


 レベルアップのファンファーレと共に、実績が二つ。

 何気に実績解除ってわりと久しぶりですねー。


 っていうか、上がったレベル、3つだけですか。しかもこれ、人助け判定も含めた結果ですよね。

 結構”ゾンビ”ぶった斬ったつもりなんですけど。

 ”ゾンビ”の経験値って、ほとんどスライムレベルなんでしょうねー。


 百花さんは『あの“歩く死者”どもは、魂の器だけ残ったほとんど空っぽの存在だから』とかなんとか言ってましたが。

 厄介なくせに、レベル上げの足しにもならないって。

 困った連中ですよ、まったく。



「はーいみなさん。もう安全ですよー」


 バリケードを乗り越えつつ、中のみんなに声をかけます。

 怯えたような、何かを期待するような……、そんな視線が私を見上げていました。


「あ、……ありがとうございます」


 彼らを代表するように、いがぐり頭の小学生が口を開きます。

 周囲を見回すと、このコミュニティにいるのが、女性と子供、そしてお年寄りばかりだとわかりました。


「大人の……ええと、男の方は?」

「みんな、どっか行っちゃいました」


 はあはあ、なるほど。

 どういうアレかわかりませんが、悲劇が起こった、と。


 そこで、


「どーいうかんじー?」


 彩葉ちゃんが登場。

 レベルアップのファンファーレで”ゾンビ”を始末し終えたことがわかったのでしょう。


「この中で、リーダーっぽい方とかいらっしゃる?」


 訊ねると、子供たちがお互いの顔を合わせました。


「……リーダーっていうと……、やっぱ姐さんかな?」


 ほう。姐さん。


「その方は?」

「ええっと、さっき、そこの自転車屋に」


 見ると、高架下の安全地帯に通じる形で、一件の自転車屋がバリケードに囲われていることに気づきます。


「ではでは、ちょいと挨拶を……」


 その時でした。


「だ、誰かァ!」


 その自転車屋さんの中から、金切り声が上がったのは。


「姐さんの声です!」


 いち早く、私と彩葉ちゃんが自転車屋に向かいます。


 がらんとした店内を抜け、声がした場所、……二階の居住スペースに向かうと、一人の女の子がうなだれていました。


「どうしました?」

「じ、ジイちゃんが……」


 見ると、ベッドの上でご老人が一人、泡を吹いています。

 そのすぐ横には、睡眠薬が一瓶と、ヨーグルト。

 この組み合わせで、コーンフレークでも食べるみたいにムシャムシャっとやったのでしょう。


 なんとまあ。

 睡眠薬による自殺って、失敗することが多いと聞きましたが。


「彩葉ちゃん。《治癒魔法Ⅱ》を」

「がってん」


 腕まくりしつつ、彩葉ちゃんが柔らかい光をご老人の身体に当てました。


「い、いったい何を……」

「お任せあれ」


 一流のお医者さんのように、自信を持って言います。

 もちろん、私の方も黙ってみていることはしませんでした。


 綴里さんと連絡を取り、一時的にスキルを譲り受けた私は、彩葉ちゃんと二人がかりで《治癒魔法》をかけることに。


「……………………………………………………………………………ぐ、ぐぬぅ」


 彼が息を吹き返したのは、それから間もなくしてのことでした。


「う、うそ……」


 そのお爺さんの親族と思しき娘が、感嘆の声をあげます。


 いやー。

 やっぱり、良いことするって気分がいいですね。


――おめでとうございます! 実績”解毒と救命”を獲得しました!


 ついでに実績もゲット。


「うむ…………ここは、…………?」


 すっかり顔色が良くなったお爺さん。

 治癒魔法をたっぷりかけたので、死にかける前より健康になったはずです。


「ジイちゃん!」

「なんてこった。……まだ生きてるとは……」

「もう大丈夫なんだよ! 大丈夫。……助けが来たんだ……」

「おお……そうだったか……すまんかった……」


 娘さんが、ぎゅっとご老人を抱きしめます。

 感動の場面でありました。


 私と彩葉ちゃんは、空気を読んでその場から退出します。


 居住スペースを抜け、自転車屋に出たあたりで、


「ちょっと待って! ”ハク”!」


 さっきの女の子が、追いついてきました。


「……はい?」


 首を傾げます。

 吐く? 少なくとも、何かを吐き出したい気分じゃありませんけど。


「失礼ですが、人違いでは?」

「あ、……ああ……。あんた、自分がどう呼ばれてたかも知らないのか」


 ? ? ?


 頭にクエスチョンマークを並べる私を、その娘は狂人でも見るような眼で、


「ひょっとして、あたしにも見覚えがない、とか?」


 そこでようやく、彼女の顔を見ます。まじまじと。


 ……?

 …………。


 あ、あー。


「あなた、沖田凛音さん?」

「そうだよ。……ってか、まさかとは思ってたけど、今気づいたのかい?」


 言われてみれば、間の抜けた話で。

 こんなところでクラスメイトに会うとは思っていなかったというか。

 あと、私服姿なんでわかりませんでした。


「傷つくね。あたし、クラスの中じゃ目立つ方だと思ってたんだけど」


 苦笑いする凛音さん。


「……話したいことは山程ある。……けど、……とりあえず頭を下げとく。ありがとね。みんなを救ってくれたんだろ」


 私はというと、いつだったか、明日香さんが言っていた言葉を反芻していました。


『当時起こったことは……なんていうかな。遠い、夢のなかの出来事のような。そんな感じですから』


 まさしくその通りで。


 夢の中の登場人物が、現実に登場したような。

 なんだか、そんな気分でいました。

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