その102 誤解
沖田凛音さんは、クラスの中でも飛び抜けて美しい娘でした。
どの程度美人かっていうと、……うーん、すれ違った人がびっくりして、思わず振り返っちゃうくらい?
よく、パソコンで加工した女の人の写真、あるじゃないですか。
彼女は、なんかそういう、少し現実味のないレベルの美人さんなのです。
しかも、そうした美人さんにしては、性格もサバサバしていて社交的。
ま、要するに、私のような日陰者とは、真逆の立ち位置の女生徒だった訳で。
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「では明日、日が昇り次第、車を修理して、その後”雅ヶ丘高校”へ順番に移送する感じで」
「ああ、すまないね……。……それで頼むよ」
コミュニティを代表して、沖田隆史さんが応えます。
その表情からは、明らかに元気を失っている様子が伺えました。
ま、一時は自殺しようとしていた訳で。
それで元気ハツラツとしてたら、それはそれでおかしな話ですけど。
「ちなみに、我々の寝床は……」
「ここを去った者のテントが余っているはずだ。好きなのを使っていい」
「どもです」
という訳で、私たちはそのコミュニティで一晩過ごすことに。
そこで我々は、ささやかな歓迎を受けることになりました。
今夜かぎりでこのコミュニティを去ることがわかったので、これまで貯め込んでいた食料を大盤振る舞いしてくれたようです。
「本当に、……呑んでも構わんのか?」
「ええ、どうぞ。何かあった場合は、私が対応します」
「しかし……」
「いいですから」
本当は一杯やりたいくせに、形だけ遠慮してみせる紀夫さん。
「では、女神様に感謝!」
なんて、らしくもないお世辞をいう始末。
私の方は、すでに魔力の補給を終えているため、これ以上食べ物を口に入れる必要がありません。
のんびりとバリケードを見まわったりして、夜を過ごすつもりでいました。
「……にしても、やっべーな、あの凛音って人。おっぱいでかいし」
「ああ、テレビの中の人みたいだよな」
ふとそこで、二人の男子の話し声が。
壊れかけたバリケード周辺の見張りに立ってくれている、林太郎くんと康介くんです。
「いっしょうけんめい頼んだら、おっぱい揉ませてくれるかな?」
「バカ言え」
「そうかな? 俺らってさ。なにげにヒーローなわけじゃん? ひともみくらい許される気がするけど」
「気持ちはわからんでもないが。……やっぱダメだろ」
「でもさ、考えてみろよ。なんでおっぱいって、触っちゃいけないんだ?」
「なんで……って。うーん……」
「手とか、肩とかさ、そういうところなら許される風潮あるじゃん。でも、尻とかおっぱいになると途端にダメになるじゃん。なんで?」
「やっぱ、性的なアレを連想するからじゃないか?」
「別に、エッチさせてくれとは言ってないのに?」
「そういう眼で見られること自体、女の人は嫌なのかもしれない」
「そうなの? でも、女子ってアイドルに憧れたりするじゃん。アイドルって、不特定多数の相手から、”そういう眼“で見られる職業だろ?」
「そりゃ、そうかもしれんが」
「……俺っちさ、時々、自分が女だったらって考えるんだけどさ」
「男なら誰しも、必ず一度は想像するって聞くな」
「そうなったらさ、多分さ、ダチに揉みたいってヤツいたら、別に揉ませてやってもいいって応えると思うんだよな」
「ふむ。確かに、胸揉ませるくらいなら、ボランティア精神を発揮してもいい気がする」
「だろ? さすがにエッチとかは嫌だけども」
「ああ。エッチまでいくと、なんか違うな」
「つまるところさ。女子はみんな、おっぱいを出し惜しみしてるんじゃないかって、そう思うわけよ」
「ほう……」
「奴ら、ホントのとこは、揉まれたって別に構やしないんだ」
「かもな」
「じゃ、ちょっとくらい揉んだっていいじゃん」
「せやろか」
「挨拶代わりに女子のおっぱいを揉む。……いつか、そんな世の中になればいいなって、俺っち思うんだ。『どうもこんにちは、おっぱいつんつーん!』って。コースケはどう思う?」
「“どう思う”と言われても、……どうかしてるとしか……」
なんだこの会話。
二人はこちらに背を向けているため、私の存在には気づいていません。
さて、どう話しかけるべきか……。
……と。
その時、月夜に照らされて、誰かが駆けて行くのが見えます。
一瞬だけ見えたその顔には、見覚えがありました。
沖田凛音さんです。
「俺が思うに、おっぱいっていうのは……って、うわっ! せ、センパイ……!」
無視して、私は二人の前を通り過ぎました。
なんだか、凛音さんがちょっと尋常ではない感じに見えたためです。
▼
「うえ、おえぇぇぇぇぇぇぇ……ッ!」
追いつくと、凛音さんが夕食を排水口に流しているところでした。
「こんばんは。ごきげんいかが?」
「うっ、うっ、うっ……」
凛音さんは目に涙を溜めながら、
「良いように見えるってのかい……?」
それでも、軽口を叩きます。
「お水を持ってきました。口をすすいで下さい」
ペットボトル入りの水を差し出すと、凛音さんは首を横に振りました。
「助けは借りない」
「何故です?」
「溺れて掴んだ
首を傾げます。何が言いたいのか、よくわかりません。
「
「そう言われましても……」
「何が目的か。それを教えな」
……ふむ。
なるほど。
そう考えちゃう人がいても、おかしくない話で。
「知っての通り、ここに残ってるのは女子供、それに年寄りだけだ。あんたらが仲間に加えるメリットは限りなく少ない」
「だからどうだと?」
「男どもに抱かせる女が必要なんじゃないか?」
「……は?」
私は耳を疑いました。
「あたしはバカじゃない。あたしの見た目が、男にどういう感情を与えるかくらい、わかってるさ」
その表情は昏く、冗談を言っている様子はありません。
とても、誰にでも別け隔てなく接していたあの凛音さんと同一人物とは思えませんでした。
「……林太郎くんと康介くんの会話を聞いたのですか?」
「それは関係ない」
どうやら聞いちゃったみたいですね。
しかも多分、勘違いするようなところだけ。
彼らも悪気はなかったのでしょうが、極度のストレスを受けた人に聞かせる話題として、あまり相応しいものではなかった気がします。
「あんたらはきっと、神様からその、得体の知れない力を与えられていい気になってる。普通の人間なんて、自分の思い通りにできると思ってる。そうだろ?」
どうやら、色々と解決しなければならない誤解があるようで。
深くため息を吐き。
「……約束します。我々の目的はあくまで人助けです。あなた達を傷つけるような真似はしません」
「信じられるかっ!」
凛音さんは叫びました。
「それに、”ハク”。……あんたは、あたしを憎んでるはずだ」
「へ?」
「
「……んん?」
なんとも返答できず。
凛音さんが何を言っているのか、検討もつかないためでした。
記憶を掘り返しているうちに、凛音さんは私に背を向けます。
「あっ、ちょっと……」
それには応えず、彼女は例の自転車屋さんの中へと立ち去ってしまいました。
「あ、あの、センパイ。何が……?」
そこで、私たちを追ってきた康介くんたちが、気まずい表情で現れます。
私は無言のまま、二人の額にでこぴんを喰らわせておきました。
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