その97 群れ

「参ったな。こりゃ、工具なしに修理できそうにないぞ」


 下敷きになった私より、むしろ軽トラックの方が心配されているという状況。

 な、なんか悔しい……。


「ガソリンだけ抜いて、引き返すかい?」

「いや。さっきの男の話だと、この近くにコミュニティがあるそうじゃないか。そこまで行って、工具を借りてくるというのは?」

「うん、それがいいな。……あ、ところで、君」


 麻田剛三さんが、こちらに振り返ります。


「悪いが、私にもその《隷属》というのをかけてもらっていいか?」

「……いいんですか?」


 これまで、麻田さんは「グループのリーダーだから」という理由で《隷属》候補から外れてもらっていました。

 ”リーダー”が誰かの言いなりになっているという状況は、コミュニティを運営していく上で危険だと考えられたためです。


「とりあえず一時的な措置として、ね。どうやら、我々が思っていた以上に治安が良くないらしい。みんなの脚を引っ張る真似はしたくない」

「了解です」


 言いながら、《隷属》を発動。

 右手を彼の頭に乗せると、


「やれやれ。日本人は、どういう危機的状況下でも道徳を重んじると信じていたが。……まあ、さすがにこんな時にそれを求めるのも酷か」


 苦い表情で、麻田さんが呟きます。

 という訳で、“奴隷”にできる仲間は上限いっぱいになりました。


「この先の高架下に、大きめのグループがあると言っていたな」


 五十人というと、最初に”雅ヶ丘高校”に集まっていた人数と同じくらいです。比較的、大きなグループであるはずでした。


 人が集まるところに助けを求める声あり。

 人助けを行えば、それだけ我々の経験値になる訳で。


 無事だった方の軽トラックに物資を載せた我々は、徐行する車の周囲を歩きつつ、そのコミュニティまでの道のりを急ぐことになりました。


 ……と。


「おーい、みんなー!」


 先を行っていた林太郎くんが、ぴょんぴょん跳ねながら戻って来ます。


「やべー感じ! 連中、”ゾンビ”どもに囲まれてる!」


 その声を聞いて、まず飛び出していったのは彩葉ちゃん。

 猿のように器用に電柱を登って、


「ありゃま。こりゃ大変だぞ」


 少し遅れて、私も先が見渡せる位置に移動します。

 そこで見たものは……、


「うわぁ……」


 ちょっとドン引きするレベルの”ゾンビ”の群れでした。


 数は、……うーん、ちょっと数えきれません。数千匹くらい?


 今まで相手にしてきた群れとは、規模が違いますね。


「なんだってこんなことに……」

「見ろ。あそこに、人間のコミュニティがある」


 目を凝らすと、襲撃者の男が言ったとおり、高架下に強固なバリケードで守られた地帯がありました。


「”学校”と違って、不死者の目を遮るものがないからな。人間に惹かれてどんどん集まった結果、不死者が不死者を呼び……ああいう感じになったんじゃないだろうか」


 なるほど。


「で、どうする?」


 うーん。と、腕を組みます。

 さすがにあの数を相手にするのは、骨が折れそう。

 連中、次から次へと襲いかかってきますからねー。


「あーし、真っ向勝負はやめたほうがいいとおもう」


 意外なことに、猪突猛進ガールの彩葉ちゃんから冷静な意見が。


「あの数相手だと、ぜったい途中で魔力切れ起こすだろ? そうなったらどうしようもない」


 なるほど。

 彩葉ちゃんって、何気にこれまで二度も魔力切れで敗北してますからね。

 そのへん慎重になるのも無理はない、というか。


 かといって、あまりのんびりしてもいられませんでした。

 高架下にいるあのグループが、”ゾンビ”に囲まれてからどれくらい時間が経過しているかわかりません。

 そうなると、いつ彼らの食糧が尽きてしまうかわかりませんし。


 遅くとも……今日中には、さくさくっと片をつけてしまいたいところ。


「どういう作戦でいく?」


 紀夫さんが意見を求めます。

 たぶん、率先して命を賭けるのは私だとわかっているのでしょう。


「うーん、少しカッコ悪い戦い方になりますが」

「問題の対処法に美醜を求めたことなどない」


 なるほど。では。


「まず、戦闘に適した立地の近所のコンビニを探します。防衛に適していて、”ゾンビ”が侵入する経路を限定し、……かつ、食糧がたくさん残っている場所を」

「ふむ。それで?」

「後は単純です。まず、私が”ゾンビ”どもを片っ端から始末します。で、お腹が空いてきたら彩葉ちゃんとバトンタッチ。私はみんなのところに戻ってご飯をたらふく食べます。魔力の補給が済んだら、また彩葉ちゃんとバトンタッチ。”ゾンビ”どもと戦います。……その繰り返しです」

「ふむ。……と、なると、我々は……」

「私と彩葉ちゃんが食べる分の食事を用意する係です」

「なるほど」


 紀夫さんが苦笑しました。


「たしかに、格好は良くないな」


 ですよねー。


「ただ、他に手段もなさそうだ。……早速とりかかろう」

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